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[7信]希望バス、警察車の壁の前で記者会見

「なぜ毒性化学兵器を市民に噴射するか」

合同取材チーム 2011.07.09 20:05

7時には希望バスを防ぐために停められた警察車の壁の前で、希望バス組織委 主催の「7月10日希望バスに対する警察暴力糾弾記者会見」があった。

記者会見で組織委は、7月9日の夜から10日未明の間に行われた警察の無慈悲な 暴力を糾弾し、希望バスの今後について立場を明らかにした。

この席で組織委は、確認された連行者50人の全員釈放と、平和デモ行進をして 韓進重工業に来た希望バスの参加者が、85号クレーンの前でキム・ジンスク 指導委員と韓進重工業解雇労働者に会えるよう封鎖を解けと要求した。

そしてこれに対する回答を2時までにくれと通知した。

組織委は、警察の回答がなければ1台の希望バスも動かさないと警告した。そし て、今後、また希望バス参加者に公権力の暴力が加えられれば全員が道路に横 になり、全員連行も覚悟すると話した。

また、希望バスの参加者は、キム・ジンスク氏への反人権的行為を今すぐ中断 し、韓進重工業労働者の整理解雇問題をすぐ解決するよう要求した。

記者会見の前に社会団体の代表たちは、警察の暴力事態と韓進重工業整理解雇 問題を糾弾する発言をした。

各団体の代表は、平和なデモ行進に暴力で対応した警察の暴力と、超過利益を 達成しながら労働者を解雇した韓進重工業の利己的な行動などを批判して、 これに対する3次、4次希望バスも組織すると決意した。

「市民に毒性化学兵器を噴射したようなもの」

一方、「民主社会のための弁護士の会(民弁)」は、「昨日の警察の暴力事態で 50余人の市民が連行された」とし「警察が脳病変障害者を連行し、弁護士との 面談を拒否し、ひどく催涙液をかぶった市民を病院に送ることを拒否し、母娘 を共に連行したり、連行者の中ではひどく殴られたケースもあった」と今回の 警察の連行の誤りを批判した。

そして「これらの問題に対して積極的に法的対応をしていく」と明らかにした。

この日確認された連行者50人は、各々海雲台警察署15人、ソハ13人、ササン 9人、金井11人、チルソン5人に分れて、拘禁された。

そして保健医療団体連合のウ・ソッキュン政策室長は、この日の警察暴力で 使われた催涙液の深刻性を暴露した。

ウ・ソッキュン室長は「今まで約100人の負傷者を現場で治療した」とし 「そのうち相当数が水泡ができる化学的火傷をうけた」と明らかにした。

これから推察して、ウ・ソッキュン室長は「症状から見て、09年の双竜自動車 強制鎮圧の時に使われた催涙液と同一だと思われる」と述べた。

09年双竜自動車強制鎮圧の時に使われた催涙液の主成分はメチレンクロライド とCSガスだ。当時警察側は、これを1/100に薄めて使ったと主張したが、当時の 試演過程でスチロフォームが溶けて流れ、その毒性で言論に注目された。

ウ・ソッキュン室長は「メチレンクロライドは国際ガン研究所が発ガン物質と 規定する化学薬品で、CSガスは米国ハーバード大学の論文で毒性化学兵器だと 発表した」と明らかにした。

今日使われた催涙液の成分は、今後詳しい調査が必要だが、ウ・ソッキュン 室長は「警察は発ガン物質と毒性化学兵器を市民に無差別的に噴射した」 と憂慮を表明した。

[6信]韓進重工業正門に通じる道は鉄桶封鎖

影島峰来三叉路に連座、希望乱舞...「私たちがキム・ジンスクだ」

警察は韓進重工業正門に通じるすべての道を封鎖した。希望バス参加者がデモ 行進をしながら正門に行く予定だった車道ばかりか、韓進重工業正門に通じる 路地ごとに刑事を配置し、家に帰る市民も阻止した。

現在、韓進重工業正門は、韓進重工業の労働者と家族対策委の会員、前日正門 を訪問した連帯団体会員が野宿をして希望バスを待っている。

前日の晩、一時警察が警告放送と共に解散を勧めたが、家族対策委と労働者が そのまま席を外さず、野宿は続いている。

▲韓進重工業正門で希望バス参加者が連座している峰来三叉路側

家族対策委関係者は「前日希望バスがくるという知らせにいろいろ準備した。 だが警察が私たちが準備したものをすべて奪っていった」と残念がった。

警察は前日、家族対策委と釜山アゴラ会員が希望バス参加者に配るかまぼこ 300人分と、何日も準備して作った希望ハガキ、横断幕もすべて奪っていった。

一方、韓進重工業正門の前には、竜山遺族と追慕連帯元老、ツイッター本愛好会 会員が警察の監視を突破して訪問し、韓進重工業労働者と家族対策委に力を与えた。

竜山遺族は「ここに来てみると、とても腹が立つ。われわれ労働者が血の汗で 育てた会社が労働者を裏切って解雇することも腹が立つが、そんな悪い会社を かばう警官を見ると、さらに腹が立つ」と残念がった。

竜山遺族は座込場を取り囲む警官にも「国民に非難されるようなことをしてい る」とし「労働者が頑張って作ってきた会社を外国に引き出そうとしているのに 国民側に立つべき警察が保護するのはおかしい」と叱った。

ツイッターの「本を愛する人々」の会員は「ツイッターでキム・ジンスク指導 委員を知り、彼女のために私たちには何かできるかと聞いた。キム・ジンスク 指導委員はいつか童話作家がここに来て、子供たちに子供の本をプレゼント してくれてとてもうれしかったと言ってくれた」とし「それでツイッターを通じ 本の寄付を受け、そうして受けた500冊を韓進重工業労働者の子供たちに配った」 と話した。

本愛好会は今後も韓進重工業労働者の問題に関心を持ち、できることはすると 淡々と話した。本愛好会は寄付された本は韓進重工業以外にも、ユソン企業、 双竜自動車の労働者の子どもたちにも300冊ずつ配った。

峰来三叉路の前で希望バスの弾圧が続いたこの日の明け方まで、労働者と家対委 の会員は、ツイッターと携帯メッセージ、電話などで外の状況を聞きながら、 残念で眠れなかった。特に家対委の会員が連行されたという知らせに忙しい夜 になった。

家対委の関係者は「なぜ未成年者まで連行して行くのか」とくやしがり、 「今回連行された家族は現在クレーンで座り込みをしている労働者の夫人と娘」 とし、さらに胸が痛いといった。

韓進重工業解雇労働者は「私達のために遠くから希望バスがきたのに、正門に も来れずに止められているという知らせを聞いて胸がはり裂けそうだ」とし、 「この頃は外で寝ると蚊のおかげで眠れない。だから話すことさえ大変だ」と 話した。

続いて「現在110人程の労働者が共に戦っている。私も蔚山で解雇され、とても 苦しくて止めようとしたが、同僚が懸命に戦う姿を見て、また気持を入れかえ て懸命に戦っている」と、苦しい状況の中でも戦い抜く意志を見せた。

6月27日の行政代執行以後、韓進重工業の解雇労働者たちは極限状況の中で闘争 を展開している。特にまともな宿舎もなく、衣食住も解決出来ない状況が続い ている。

この日も路地のあちこちに横になり、雨が降ればまた起きて雨を避ける姿がし ばしば見られた。解雇者らは峰来三叉路での知らせに耳を傾け、状況に注目し ていた。

労働者と家族対策委の会員は、解雇は殺人だという言葉が単に言葉で終わ らないことを知っているので、闘争を止めずにいる。

また工場の海外移転、解雇などの危機の責任をすべて労働者に転嫁する資本の 欲が、韓進だけの問題ではないという事実も彼らはよく知っているので、公権力 と韓進重工業使用者側の弾圧とも戦っている。

「私たちがキム・ジンスクだ。私たちが韓進労働者だ。私たちがユソン企業労働者だ」

午前4時20分頃、警官が車の壁から退き、市民は連座してダンス公演と乱舞を続けた。

乱舞の司会者は「私たちがキム・ジンスクだ。私たちが韓進労働者だ。私たち が双竜車労働者だ。私たちがユソン企業労働者だ。私たちがヴァレオ労働者だ。 私たちが才能教育労働者だ。私たちが済州カンジョン村住民だ。我等自らが 労働者と学生だ」とし「それで私たちがここに集まった」と話した。

チョ・ヤッコルとムキムキマンマンスの歌公演と発言が続いた。午前5時40分、 やんでいた雨がまた降り始めたが、集会は続いている。

希望バス企画団は、午前5時30分に希望バス代表者と社会各界代表者の会議で、 午後2時までに連行者全員を釈放し、キム・ジンスク指導委員と会えなければ、 一台の希望バスも帰らないと決めたという。

一方、現在までに確認された連行者は50人で、40人ほどが負傷したという。

[5信]警察は放水銃で鎮圧...連行者続出

座り込み組合員の夫人と娘も連行...市民に染料混じりの催涙液乱射

午前2時30分、警察が催涙液の噴射と共に放水銃をうち始めた。市民は放水銃に ひるむことなく一列に立ってレンガを運び、車壁の前に希望階段を作った。警察 は2時35分、放水銃で青い染料を混ぜた催涙液を噴射、希望階段を積む市民を制止した。

2時45分、警察が放水銃散水と共に市民に打ち込んできた。警察は、逃げる市民 に棒を振りあげて暴力を行使し、この過程で20人ほどの市民が警察に連行され、 負傷者が続出した。希望バスの宣伝カーまできた警官は、宣伝カーの中にいた 市民を外に出し、2人を連行して宣伝カーのケーブルをすべて切り放送を中断した。

一方、韓進重工業家族対策委によれば、クレーンで座り込みをしていた7人の 解雇労働者のひとりチョン某氏の未成年者の娘(高1)が峰来三叉路で連行され、 娘の連行に抗議した母親も共に連行したという。中学校3年の息子が現場に一人 でとり残され、震えていると伝えた。進歩新党のシム・サンジョン顧問も現場で 連行された。

3時現在、警察と市民は対峙しており、連行者が続出している。

[4信]警察催涙液乱射、10人ほどが連行

李正姫、催涙液を受け病院行...「十足前に進み、あの野蛮の車壁を越えよう」

85クレーンへのデモ行進は、影島峰来交差路テギョ小学校の前で、警察の車壁 により止まった。車壁の前には婦人警官がポリスラインを張っていた。一部の デモ行進隊伍は婦人警官に強く抗議して押しあいになった。

11時15分頃、警察が2次解散命令をしたが、希望バスのデモ行進隊伍は逆に車壁 の前で大声で歌い、旗をひるがえし、歌いながら踊った。公権力の解散命令は 滑稽だった。

11時20分頃、警察はまた直ちに解散するよう警告したが、希望バスのデモ行進 隊伍は車壁両側の武装した警官に体当たりして警察バリケードの突破を試み、 全てのデモ行進隊伍は婦人警官のポリスラインを軽く突破して車壁直前まで 進出した。

韓進重工業家族対策委の会員は、車壁の一番前に「花でも殴るな」、「絶望を 越え勝利へ」、「85クレーンに希望を」等のプラカードを持って警察の車壁に 対抗した。

韓進家族対策委のある会員は「とても怖い。私は非解雇者の夫人だ。家対委に は非解雇者の夫人が多い。一緒にすると不利益が怖いが、解雇者と非解雇者は 私たちが決めたことではない。一瞬にして一方的に通知された」とし、「社員 アパートでひとつの家族のように暮らしていたのに知らないとは言えず、車壁 の前に立った。希望バスに感謝している。絶対に整理解雇を撤回して共に笑う 日まで闘争する」と決意を語った。

車壁には「強制鎮圧を中断しろ」、「整理解雇を粉砕しよう」等のステッカー でいっぱいになり、車壁の両側では警察バリケードを突破しようとする体当た りが続いていた。前の隊伍が疲れれば、後の隊伍が補充され、警察との最前線 で体当たりを続けた。丸腰で、武装警察と対抗した。

警察は「今すぐ警察を押す行為を中断しろ」と警告したが、希望バスのデモ行進 隊伍は歌いながら旗をひるがえし、警察の警告に応えた。

警察のバリケードを突破する「戦闘」は続いた。この過程で警察は催涙液を乱 射し、民主労働党の李正姫(イ・ジョンヒ)代表が顔に催涙液を受け、病院に運 ばれた。警察との体当たりの過程で10人ほどが連行されたという。

夜12時頃、ペク・キワン先生が宣伝カーに上がった。ペク・キワン先生は、 「ある優しい女性労働者が銑鉄の塊に上がって、6か月以上座り込みをしている。 これは合法を装った殺人行為だ。李明博政権がキム・ジンスクを殺そうとして いる」とし「李明博政権は、権力を私有化して警察権力を私兵化している。こ のまま行けば、李明博だけでなく、この国がほろびる。韓国を野蛮に陥れて、 韓国の良心を殺して良心の墓を作り、人民の文化を破壊して、灰にしている」 と強い調子で糾弾した。

続いて「この土地のすべての政治家に訴える。今日から選挙対策を議論せずに あの85クレーンのキム・ジンスクを救う運動にすべての政治行為を変えるよう 希望する」として国会の議席をめぐって争う進歩政治家に厳しい言葉を与えた。

ペク先生は、「宗教家に訴える。毎日の祈祷を変えてくれ。キム・ジンスクを 生き返らせろという叫びに祈祷を変えてくださることを切実に望む。また ジャーナリストにお願いする。光と闇について、明るいものは明るい、暗い ものは暗いと明らかにすることを希望する」と訴えた。

続いて「私にはもういくらも残されていない。私は私の死に場を探している。 キム・ジンスクを助ける。キム・ジンスク、頑張れと叫ぼう」と話した。 暴雨が消えた暗い影島の空に、一番壮厳で切迫した叫びが鳴り響いた。

ペク・キワン先生に続いてムン・ジョンヒョン神父と民主労総キム・ヨンフン 委員長が宣伝カーに上がった。キム・ヨンフン委員長は「民主労総の組合員が 先頭に立って、あの車壁を越えよう」と訴えた。

短く発言を終えた希望バス全デモ行進隊伍は、車壁に向かってデモ行進を始め た。ソン・ギョンドン詩人は「十歩前に進み、あの野蛮の車壁を越えよう。あ の車の壁を越え、キム・ジンスクのところに行こう。全デモ行進隊伍は一歩、 二歩、三歩、四歩、五歩、六歩、七歩、八歩、九歩、十歩と叫んで前進した。 「戦って、越えて、突破しよう」とシュプレヒコールをあげた。

希望バスのデモ行進隊伍は午前2時前も車壁を越えるための闘争を続けている。

[3信]影島造船所近隣までデモ行進... 警察の車壁と対峙

「とにかく工場に行く。希望バスに恐れなどはない」

2時間ほどの釜山駅文化祭の後、希望バス参加者はすぐデモ行進を始めた。

デモ行進の前に、開始を知らせる言葉としてソン・ギョンドン詩人は「希望バ スにくる前、本当にあちこちから、特に警官からたくさん電話がきた。彼らは 私たちを止めるために全力をふりしぼっているが、われわれはキム・ジンスク と会いに行く。韓進重工業解雇労働者と会いに行く。いや私たちは、この地の すべての解雇労働者と会いに行く」とし、公権力がデモ行進を妨害しても中断 しないことを知らせた。

続いて「93中隊の警察兵力を韓進重工業正門とここに配置して、用役チンピラ 3000人を雇って集め、公権力と韓進資本はひどいことをしながら私たちと対話 しようと言う」とし「われわれははっきり要求する。警察兵力と用役チンピラ を全てどかして対話しよう」と叫び、希望バスを防ぐ公権力に苦言を呈した。

希望バスの参加者は声を揃えて「キム・ジンスクに会おう。韓進重工業労働者 に会おう」と叫びながら、堂々とデモ行進を始めた。

デモ行進は釜山駅入口のあちこちで始まり、社会団体元老と国会議員は しばらく警察が妨害したため大声が飛んだ。

警察は「命令なので仕方ない。ここで待ってくれ」と言って阻止した。

時間が経ち、社会団体元老は「無線機を出せ。私が一度通話してみる」と強く 要求した。そしてキム・ジンスク指導委員と韓進重工業労働者を殺そうとすれば 一緒に死ぬと強く抗議して、デモ行進を続けることができた。

1万人の希望に満ちた声は力強く雄壮だった。豪雨が打ち付ける釜山の中心部を デモ行進する希望バスの参加者は、「整理解雇反対」、「非正規職撤廃」を叫 び続けた。そして韓進重工業85号クレーンで座り込みをしているキム・ジンスク 指導委員と韓進重工業整理解雇労働者と家族に聞こえるように力強い叫びあげ、 デモ行進を続けた。

あるデモ行進参加労働者は「たくさんの警官が釜山駅を取り囲む姿は予想して いた。だが本当にはがゆい」とし「185日間整理解雇で降りられない1人の女性 労働者に会うことが何か大変なことなのか」と公権力の理解できない措置に 残念がった。

そして「自分の金で自発的にここ釜山まで、全国から多くの人々が韓進重工業 労働者とキム・ジンスクに会いにきた」とし「そんな人を公権力が防いでも、 怖がりはしない。これくらいでは挫けない」と話した。

続いて「キム・ジンスク同志! 頑張れ。あなたが望むようにキム・ジュイク烈士 の遺志が実現し、ぜひまた地面に帰ってほしい」とし「私たちが一緒だという ことを忘れるな」と孤独な闘争をしているキム・ジンスク指導委員を応援した。

デモ行進を参加したある市民も「韓進労働者の家族に力を貸したい。頑張ろう」 と話し「韓進重工業のチョ・ナモ会長は、必ず労働者の解雇の代価を払うこと になる」と話した。

釜山駅から始まったデモ行進は、ロッテデパートを通り、影島橋まで1時間程度 続き、デモ行進の間隔がとても広がったため、しばらく止まった。

その一方で、デモ行進の参加者は「雨が降っても参加者が共にシュプレヒコー ルをあげて進むのでうれしい。キム・ジンスク同志、待っていてくれ」と気持 を合わせてデモ行進をした。

10時40分頃、デモ行進の参加者は釜山大橋の前の峰来三叉路に到着した。峰来 三叉路には「影島高架道路建設絶対反対対策委(高架対策委)」の市民が立ち並 び、デモ行進の参加者を歓迎した。参加者も高架対策委の市民の歓迎に歓呼した。

高架対策委は「この影島に高架産業道路を建設しようとしており、多くの市民 が不便を体験している。2005年から反対闘争をしている」とし「韓進重工業の ような企業をまた誘致しても足りない時に、労働者を解雇するのはおかしい」 と韓進重工業の整理解雇を評価し、「韓進重工業労働者のためにこうして駆け 付けた多くの市民が感謝し、2時間歓迎するために待っていた」と歓迎の理由を 明らかにした。

警察は峰来三叉路から韓進重工業正門までの約100メートルの前で放水車と武装 兵力を待機させ、デモ行進隊伍を防いだ。

そして現在は、警察の強制鎮圧にデモ行進参加者が怒り、抗議の波が強まっている。

一方、1万人が釜山駅からデモ行進をしたため、デモ行進の間隔は長くなり続け た。デモ行進の前の梯団は、20分程度影島橋で待っていたがデモ行進が始まら なかった。そのため数人の参加者が抗議をした。

ある参加者は「私たちが影島大橋を渡る間、釜山駅から出発した多くの警官が すでに釜山大橋を渡った」とし「デモ行進参加者が動かなければ正門に行けず 阻止される」と残念だといった。

すると司会者がマイクを持ち「前がとてもはやかったので、一番後ろに障害者 が車椅子に乗って来ているので、とても間隔が開いた。もう少し待とう」と説明 し、さらに多くの人から抗議を受けた。

ある参加者は「デモ行進の間隔が広がることを障害者のせいにするのか」と話し 「正気か? 参加者の抗議にこんな弁解をするのは問題だ」と惜しみを表わした。

[2信]希望バス1万人、釜山駅で文化祭を進行

9時20分『釜山駅文化祭』を終え影島造船所に、デモ行進開始

9日午後、全国で釜山から出発した『2次希望のバス』が午後7時頃、釜山駅に 集結した。

ソウルをはじめ43地域から来た1万人の人々は、強い雨の中でも午後7時から 釜山駅で『リンゴがリンゴ弾になる前に、バナナがこん棒になる前に』釜山 コンサートを進めた。

7時40分、バンド『ウェイコプ』の公演で始まったコンサートは、『3号線バタ フライ』のソン・ギョンドン、シム・ボソン、キム・ソヌ詩人の詩の朗読、 『歌を探す人々』等の公演で満たされた。出席予定だった歌手パク・ヘギョン 氏は新しいアルバムの作業で出席できなかった。

特に双竜自動車平沢工場から釜山駅まで9日間『塩の花を訪ねる千里の道』徒歩 デモ行進をした双竜自動車組合員も9日午後、釜山駅に集まった。徒歩デモ行進 を終えたイ・チャングン双竜自動車解雇者は「徒歩デモ行進で一番味あったの は涙だった」と所感を明らかにした。

続いて彼は「今回はいつも負ける闘いで、次を約束せずにすめばいい」とし 「至急な問題を解決して、私たちの力を合わせ、整理解雇問題を根元から 揺さぶろう」と強調した。

また詩の朗読をしたシム・ボソン詩人は「とても雨が降るが釜山広場を埋めた 市民を見て、私たちがさらに巨大になった、私たちがさらに多くの連帯をして いると感じる」とし「この現場で多くの人々が一緒にいるということが何より 詩的なことであり、私たちの存在一人一人が詩人ではないか」と所感を明らか にした。

一方ソウルを出発した希望のバスは61台で、部門別、個人別未組織バスまで合 わせればさらに多くの参加者が今回のイベントに参加した。現在までソウルから 釜山駅に到着した人員は2100人で、地域からもバス83台が出発し、195台の車両 と1万人の参加者が今回のイベントに参加した。

希望のバス参加者は午後9時頃、釜山コンサートを終わらせ、午後9時20分頃に 韓進重工業影島造船所にデモ行進を始めた。だが7000人の警察兵力が釜山駅を はじめ、影島橋、韓進重工業影島造船所などを封鎖している。

[1信]希望バス防ぐ警察、影島造船所外郭に幾重にも配置

7月9日午後1時、全国から2次希望バスが出発した。ソウル、安養、水原、平沢、 蔚山、全州など全国から195台の希望バスが釜山に出発した。済州地域からは、 希望の飛行機が出発し、蔚山からは現代自動車社内下請労働者の希望自転車が 出発した。

7月1日「塩の花を訪ねる千里の道、花道を開きます」とし、平沢から釜山までの 徒歩を始めた双竜自動車解雇者も9日午前、釜山に入り、5時に釜山駅から5キロ 離れた釜田洞(釜山地下鉄1号線西面駅)に到着した。

午後5時現在、韓進重工業影島造船所周辺は午前から警察兵力が増強されている。 警察は造船所の外に警察バスで壁を作るなど、希望バス参加者のデモ行進に備え、 各種の措置を取っており、緊張感が漂っている。

影島造船所に通じる影島大橋と釜山大橋は通行できるが、また双方に警察バス が二重に駐車しており、交通が混雑している。

一方、希望バス参加者は午後6時に釜山駅で集まり、午後7時に文化祭を開く。 (釜山=メディア忠清、蔚山労働ニュース、チャムセサン、チャムソリ合同取材チーム)

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2011-07-12 08:34:26 / Last modified on 2011-07-12 08:34:28 Copyright: Default

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