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85号クレーンは今の時代の灯台

[5次希望バス]愛で空に家を建てた彼女が私を救う

リュ・ウェヒャン(詩人) 2011.10.03 09:54

コツ、コツコツ、ツーツー、トン。彼女だ。35メートルの空から打電する彼女。 この夜、この明け方、この朝、この午後。彼女が絶えず打電してくる救助信号 が、ついに私に届く。そして彼女のツイッターフォロー23,339人と23,339人の 別のフォロー数十万人にもその信号が打電される。ツーツーツーツートン、トントン。 私も彼女に打電する。スマートフォンの子音と母音をたたくその音は、19世紀の 電信で使われたモールス信号の音のように思う。見ることも、会うこともできない はるか遠くで、絶えず互いの安否を問い、連帯しにきて、愛を伝える信号だ。

私は今ジャージャー麺を売っている。一時は詩を書き、一時は詩を書きながら、 平沢市大秋里で米軍基地反対活動もした。しかしジャージャー麺を売るように なってから、ただ私の生存にだけしがみついた。自営業の特性で限界でもある。 しかし世間のことに耳をふさぎ目をとじて暮らすことになったのは、単にその ためだけでははない。ハンナラ党が政府与党ではなかった時にも、国家暴力は 恐るべき威力で民衆の人生を踏みにじり、非正規職法も、韓米FTAもその時に始 まった。皆が暮らしにしがみついた。貧困は呪いの別名で、私たちの生をつま らないものにする悪魔だった。そうして暮らしているうち、考えることを止め、 言葉を失っていった。

新自由主義に勝る代案はなさそうに見えた。無力だった。国家はさらに暴力的 に暴れ回り、資本権力は国家の上に君臨して人間性を抹殺していった。想像も 難しい残酷なことが、蟻一匹を殺すように起きて、たちまち忘れられた。果て しもなかった。とても多かった。私が人間だという事実が、恥ずかしかった。 知れば知るほど、息つくことも難しい真実を目撃するのが苦しかった。さらに 苦しいのは、それでも何もできないという事実だった。誰もがばらばらに散っ て、暮らしに自らを幽閉した。私もやはり世の中の片隅で、いるかいないのか わからないように暮らしたかった。私たちの尊厳は、そうしてドブに閉じこめ られて腐っていった。

ある女性がきた。ポータル サイトに載った報道機関のトップ記事を読むことだけが、 私が世の中を垣間見る全てだった時だ。遠く釜山のどこかクレーンの上で、何 か月も暮らしているというある女性が気になった。高空籠城は珍しいことでは ないが、その記事が私を引き込んだのは、一応その人が女だという理由だった。 そして、今でもとても聞けないが、とても世俗的な疑問が津波のように押し寄 せた。どのように半坪のクレーンの上で食べて、寝て、排泄して、体を洗えるの? それも女だなんて! 私は彼女を読みふけった。釜山、影島、韓進重工業、造船所、 パク・チャンス、キム・ジュイク、クァク・ジェギュ、整理解雇、復職、また 整理解雇、塩の花木、85号クレーン、そして彼女キム・ジンスク。彼女の歴史を 読んでいる間、私は一日に一回は涙を流した。

ツイッターを始めた。彼女をフォローして彼女の言葉を待った。一日一日が危 なかった。84号クレーンを修理して85号の横に動かした頃だった。彼女を死な せることはできないという切迫さで、私も話をし始めた。フォローが数万人に なる人気ツイッタラー数人に、お願いだから彼女をそのままにしておいてくれ と頼み、祈り、脅迫した。もちろん、だからというわけではないが、幸い85号 を海辺側に動かすことはなかった。ツイッターそのものへの好奇心で有名人を フォローして、彼女について何も言及しない『社会の有名人』は、一刀のもと に切り捨てた。そして慎重に彼女に話しかけた。何度かの試みの末に、彼女が 私をみた時、私のからだに電流がぴりぴりと流れたようだ。しかもしばらくし て、彼女がフォローを返してきた時、夫に隠れて恋人を作ったように快哉を叫 んだ(実際に夫は私が誰と何をしているのかを皆知っていて、スマートフォン を見ていると、また恋愛かとねたむ)。

希望バスに乗って行った。土、日になると、遠くからのお客さんでかなり忙し いそうで、出かけることが難しい商人の境遇なので、3次の時にやっと行った。 あれこれ小細工をして、とても苦労して代打を探して席を埋め、四歳の娘を連 れてバスに乗った。運良く婚家が釜山にあり(そして今回ほど釜山の人がうらや ましく思ったことがない。85号の下にいつでも行けるということだ)、子供は従 姉妹の家に預けて高い影島を乗り越えて、道端で野宿をした。そうしながらも 85号クレーンがいったいどれなのかがわからず苦しかった。朝になって、85号 の近くにも行けなかったという事実に、とても昔、大邱から抱川まで、軍隊に 行った恋人との面会に行って顔も見られずに帰った時を思い出す程、とても気 に障った。

そのうち、影島から出るために、また山腹の道路に行くと、アパートの間から その威容を見せる85号クレーンに出会った。二つの尾根に立っているように、 われわれはあの高いところで彼女と目の高さを合わせた。彼女と4人の男たちは、 私たちの声を知り、両腕をパッと上げて振った。私たちも振った。もしかして よく見えるように、大きく、力強く振り回した。するととめどなく涙が溢れた。 統制不能だった。落涙がこれほど大きいこともあると初めて知った。そして、 その時、その場で偶然会ったパク・イルファン詩人が「愛してます!」と、とても 大きな声で叫んだ。

彼女は多くの人々に「愛してます」と言わせる。普段は一枚のふとんの中の彼 にも、同じ釜の飯を食べる肉親にも恥ずかしく、忙しく、慣れて、ほとんど言 えなかった言葉を、男も、女も、ああ、お年よりにまで言わせる(私はまだ言っ ていない。決定的な時に使うため、とても大切にしている)。愛! 私たちが暮ら しに没頭し、あの残酷な資本と国家の暴力で私たちの隣人が倒れて死んでいっ ても、見ないふりをしている間、われわれは私たち自身を愛する人も「失った」 のだ。キム・ジンスク、彼女はドブに閉じこめられた人間の尊厳を、あの高い 空近くに押し上げて、私たちにこれからはすぼめた胸を張り、足もとしか見な かった頭を上げて空を見ろと、あなたの尊厳を見ろという。

人間の尊厳は愛から始まる。キム・ジンスク、彼女はこの世で自分を一番愛し ている人だ。その愛が溢れ、溢れて、他人の命も共に救うため、空に家を作ら せる。空を埋める彼女の愛は、また溢れ、溢れて、この国の津々浦々のつらく 悲しい人々を救う。私の涙は私自身を取り戻す意識だった。どんなに生活にし がみついても、いくら死ぬほど働いても金がない。彼女ではなく私たちは皆が 崖っぷちに立っていることを今知る。崖っぷちに立つ人に、自分から落ちろと いう悪魔のささやきを浴びせる、この政権と資本をもう赦せないということを 今理解する。私たち誰もがもう卑屈にならないために、彼女が打電してくる愛 の言葉を引き込んで皆が一緒に進んでいるのだ。

私は一時、マラ島でジャージャー麺を商った。そこには街灯がない。闇がたち こめれば、天地もわからない暗黒の世の中だ。たった一つ、灯台のあかりだけ が一定の間隔で島をひと回り照らす。済州島の南側、西太平洋を通るすべての 船はマラ島の灯台一つに頼って航海をする。世界中の航海士が大韓民国は知ら なくても、マラ島の灯台は誰でも知っている程、重大な役割を果たす。今この 国の多くの人々が、35メートル上の彼女に救助信号を送っている。85号クレーン は、この国のあちこちで幽霊のようにさまよって苦しむ生きた者の苦しい霊魂 のために火を灯す灯台だ。今この時も打電してくる彼女の伝言は、愛だ。279、 280、281......日。想像できるだろうか。この愛がこれ以上寒さに震えないように、 これ以上恐怖に青くならないように、彼女から学んだ愛を見せに行こう。私たちを 救いに行こう。10月8日、希望のバスがまた、出発する。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2011-10-04 06:40:42 / Last modified on 2011-10-04 06:40:44 Copyright: Default

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