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韓国:江汀村鎖座り込み、民労党済州道党委員長インタビュー
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「済州海軍基地反対、勝利の日は遠くない」

[インタビュー]江汀村鎖座り込み、ヒョン・エジャ民主労働党済州道党委員長

合同取材チーム 2011.09.16 11:31

済州道江汀(カンジョン)村クロムビ海岸に通じる町角中徳三叉路。民主労働党 済州道党のヒョン・エジャ委員長はそこでもう50日以上鎖座り込みをしている。 9月3日、公権力の投入で付近をフェンスで囲まれた時、彼女は鎖をからだに巻 いて座りこみ、涙を流した。

済州島で生まれ育った彼女はしばらく本土にいたが、また家族とこの島に戻っ た。済州島を平和の島として守ろうと思ったが、結局フォーククレーンで島が ずたずたになる姿を見る彼女は最近、涙が多くなったという。

[出処:資料写真]

「江汀村にも第2のキム・ジンスクが必要だと思う」

ヒョン委員長は7月25日から鎖座り込みに突入した。当時警察は、中徳三叉路の 座込場を中心に兵力を続々と配置した。公権力投入が迫っているという世論が 強く流れ、住民と活動家が非常事態になった時期だった。

「当時、中徳三叉路とクロムビ海岸の間の農路を国家所有に移転する行政手続 の最終段階でした。国務総理室の陣頭指揮の下で中央政府の強圧で行われたの です。農路さえ国家に帰属させれば、工事の条件がすべて整う一触即発の状況 でした。当時、野五党は手続き的な違法性の真相調査をした状況で、再検討の 声をあげていましたが、それらはすべて無視され、行政手続きが始まりました。

住民会も氾国民対策委も、当時はとても切迫していました。事実、この問題を どうしても公論化させなければならなかったんです。そして誰かがこの問題を 強くアピールしなければならず、その手段が必要でした。私も一週間以上悩み ました。何をどうすればいいのか。考えたところ、結果は一つしかありません でした。江汀にも第2のキム・ジンスクが必要だ。キム・ジンスクのように闘争 すべきだという悩みです。

しかしここにはクレーンもなく上がる櫓もありません。警察の行き来が多く、 情報が漏れる憂慮も高い。それで議論の末に鎖闘争と結論が出たのです。人々 に訴える事もでき、政治的圧迫にもなるという長所があります」。

ヒョン委員長をはじめ6人の住民が、そうして中徳三叉路に鎖を縛って座った。 もう4年半を続けた戦いであり、座り込みも長い目で見て始めた。そのおかげで 座込場の周辺と中徳三叉路からクロムビに通じる農路周辺に菜園が作られたりもした。

「初めから座り込みは長引くと予想したし、座り込みする人々どうし冬を過ご すことにしようと意見がまとまり、菜園を耕し始めました。毎日警察と対峙す る緊張の連続で、だから道も汚くなり、長い目で見て余裕を持って闘争して、 私たちが闘争する所もきれいに見えて、そんな考えが大きかったですね。ブロッ コリーと白菜とダイコン、ネギ、小大根などを植えました。

カン・ドンギュン会長など住民と活動家が連行された日もここを守り、菜園を 耕しました。いつ公権力が投入されるかわからない状況で、みんなが捕まり戻 らなくても、それでもここを守る人がいなければならないから。その時本当に 大変でした。しかし今では菜園が全部壊されました。仮処分決定文を書いた 公示表示板をたてて菜園をみんな壊し、フェンスで囲まれて菜園に入ることも できない状況です」。

「住民たち、4年半の間にしなかったことはない...政界が問題解決を」

9月2日、公権力投入後に野五党は江汀村公権力事態を糾弾した。道議会議員は 座り込みを始めた。事実上、公権力投入前から野五党は真相調査団を作り、 済州海軍基地全面再検討を要求していた。

だが海軍が工事を強行し始め、住民と活動家が大量に連行された。その間、4年 半の間、彼らが守ってきたクロムビ海岸は掘り返された。事実上、江汀村の人々 はもう進む所がない、絶壁に立っている。

「4年半の間、本当に住民はやらなかったことはありません。村の人々は事実上 暮らしの問題を越え、この村を守らなければならない、戦争の火薬庫になるこ とを防がなければならないという闘いをしてきました。戦いの序盤には社会的 な関心が受けられませんでした。政界でも最近は問題になって関心を傾けています。

今はこの問題を政界が解くべきだと考えます。もちろん野五党といっても、ハ ンナラ党の立場まで共に作り出すのは不可能でしょう。それでも今も野五党が 国政監査にきて、特別委構成を決めたので、ハンナラ党に特別委と予算をめぐっ て圧迫をしていくべきだと思います。野五党の議論が長期化するということは、 事実上、江汀村の問題が国会と政治局面に渡り、その後、政界の長期的な戦い に期待することになりそうです」。

しかし政界の動きは、現場での主導者の要求や活動による。結局、もっと多く の住民と市民社会団体の連帯が、現在の難局を突破する糸口になるという。 これについてヒョン委員長は、現在の全国対策委をさらに強く結集させるという 考えを明らかにした。

「野五党の真相調査団活動で、全国対策委構成の活動も同時に進められました。 平和と統一を開く人々(平統サ)ですでに活動をしていたので、彼らと会って 一緒にできる市民団体を集めようと提案しました。

初めは11団体が国会で記者会見をして始まり、今では全国対策委に117の団体が 参加しています。すでに多くの市民社会団体がこの戦いに結合しているのです。 事実上、住民をはじめ、これらの団体がなければ政界を圧迫できません」。

「痛みの土地済州... これ以上破壊するな」

ヒョン委員長の座込場のそばには野五党が作った『住民支援センター』がある。 野五党の名義だったコンテナが、最近ヒョン委員長名義に変更された。クロムビ 海岸に残っている写真館など野五党の建築物もまたヒョン委員長に名義が移転 された。ヒョン委員長はこれについて『強制撤去を防ぐ戦術』だといった。

「ここにあるコンテナをはじめ、クロムビにある建築物も野五党名義になって います。行政代執行で強制撤去の執行を防ぐために、戦術的に置いています。 もし撤去すれば、私が野五党の代理人として承認を決めることになります。こ の空間もクロムビの写真館、食堂もみんな守らなければならないでしょう。 勝手に撤去できないよう防ぎます。

もし強制的に撤去すれば、野五党は政治活動の弾圧で告訴告発をすることにな るでしょう。それだけ野五党が江汀村問題を責任持って解決するという、最後 まで一緒にするという意志です」。

▲警察兵力が強制鎮圧し、中徳三叉路にフェンスを作り、座込場まで押し入ろうとした日、座込場で涙を流して警察兵力投入を糾弾するヒョン・エジャ道党委員長。

一日中座込場にいるので、ヒョン委員長は多くの江汀住民と会う。彼らから感 じられる残念さと切迫さをヒョン委員長はそっくり感じている。特に村の住民 が体験した痛み、壊される村を直接見るときは、心がひやりとするという。

「済州島は4.3抗争の痛みがあるでしょう。こんな話もありました。江汀村で 4.3抗争の時、ある村の住民が隣人を告発して情報を渡し、それで多くの人々が 犠牲になりました。ところがその人が死んだ後、村の人々が彼の墓に大きな岩 二つを持って行って打ち込んだそうです。そしてそれをどかせないようにして、 今も残っているといいます。その憎しみがいかに大きいでしょう。

それなりに今、またそんなことが行われています。座込場に座っていると、 ある日、服を破かれた住民がきました。賛否住民どうしが争うのです。いつも 国家が悪いのに、村人だけが対立し、憎しみが深まります。ちりぢりに散って 壊れる村を見るのは、とても胸が痛いです。

国家のこうした間違い、村の破壊に今、国民が立ちあがらなければなりません。 幸い江汀村問題に国民の関心も高まり、参加も多くなりました。今そこに希望 を見ます。国民がこうして立ち上がっているのだから、この戦いも今私たちが 勝つだろう、勝利の日は遠くないんだな、そんな確信を感じます」。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2011-09-17 08:15:01 / Last modified on 2011-09-17 08:15:03 Copyright: Default

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