本文の先頭へ
韓国:[インタビュー]クロムビに54年、4.3抗争の痛み
Home 検索

クロムビに54年、4.3抗争の痛み...「村を亡ぼすな」

[インタビュー]江汀村の生活の基盤を奪われた住民ホン・ドンピョ氏

メディア忠清、チャムソリ、チャムセサン合同取材チーム2011.09.04 17:34

西帰浦市大川洞江汀村。水が少ない済州島の中では特異なことに水が多い地域 で、「江」と「汀」の字を付けて『江汀の村』と呼ばれる。

水が多く、領土が肥沃で、気候が良く、唯一農作業ができ、手がかからない地 域で、村のあちことは自然の宝庫でもある。生物多様性が豊富で、ユネスコは 江汀海岸を『生物圏保全地域』に選定し、これによって『絶対保全地域』、 『生態系保全地域』、『文化財保護区域』に指定された。

江汀村の住民たちは、一生ここに根をおろして生きてきた。特に、住民は中徳 三叉路の先に広がるクロムビ海岸と共に暮らしてきた。クロムビ海岸は、海辺 に広がっている多くの石が一つの岩で形成されているる不思議な海岸だ。住民 に『気』を与えるというクロムビとその周辺は、生存の根拠地であり、象徴的 な空間だ。

だが2日未明、住民たちのクロムビ海岸はフェンスと鉄条網で囲まれた。警察と 海軍の海軍基地建設強行によるものだった。住民の命であり、訪問客のシェルター だったクロムビ海岸は、そうしてもう近寄れない所にされてしまった。当然、 住民の激しい反発が溢れた。江汀村住民のホン・ドンピョ(54)氏は「クロムビ 海岸とこの村で平和に暮らしたいという人から、村と平和を奪うとはひどい」 とはがゆさを吐露した。

クロムビで送った54年、生活の基盤を失った人々

「海軍基地ができれば地域が発展? そんなものか」

ホン・ドンピョ氏は54年間、ずっと江汀村で暮らしてきた。クロムビ海岸で泳 ぎ、村の清潔な土を踏んだ。ホン氏が故郷で生活の基盤である江汀村に対する 愛情は格別にならざるをえない。だが4年前、ここで済州海軍基地建設事業が進 められるという話を聞いた。クロムビが灰色のコンクリートで覆われるという 知らせだった。

「ここで生まれ、54年間ここで暮らしてきたんだ。小さな時、他に遊びがあるか。 毎日クロムビ海岸の波打ち際に出て行って、泳いで、魚を釣って... 大人に なってもクロムビ海岸は、そのまま日常の根拠地だ。なくなるなんて思いもしなかった。

しかし海軍基地が入ってきて、ここがコンクリートで覆われるんだって。クロ ムビ海岸は絶対保存地域だ。道条例にもそう書いてある。漁場も豊富で貴重種 が生息している所だ。私たちもクロムビでもっと暮らしたくて、子供たちや孫 たちにもそのまま譲りたい。それなのに、コンクリートで覆われればここで終 わりだ。住民が嫌だというのに、なぜ一方的に村を亡ぼそうとするのかわから ないよ。はがゆいね」。

▲ホン・ドンピョ氏は54年間ずっと江汀村で暮らしてきた。

海軍基地建設計画が発表された直後の2007年、18人の住民が海軍基地建設反対 運動に飛び込んだ。ホン氏もその1人だった。そして基地建設反対運動に飛び込 んだ時間は4年半だ。

「2007年の初めに海軍基地ができるといっていた時、済州島も海軍も全く住民 の意思を聞かなかった。この地域の住民も、海軍基地が何かなんてことはよく 知らなかった。世論調査も一度もせず、住民たちがどう思っているのかも知ら なかっただろう。代わりに海軍が、海軍基地のバラ色の未来を住民に説明して まわったのさ。海軍基地ができれば学校もできて、地域も発展するってさ。 何も知らない住民は、そんなものだと思っただろう。

その渦中に村の何人かが『これは違う。ウェミとファスンの後、江汀に基地が 選定されたのに、ウェミとファスン地域の人々も問題意識を感じて戦ってきた のではないのか』、そう意見が集められた。それで、18人の住民が集まって、 海軍基地の問題を調べて人々を説得して回った。そして村総会をしてみんなの 意見を聞いたが、当時の村会長が住民総会をしなかったんだ。法廷まで行った さ。村総会の開催を裁判で判断したのは私たちが初めてだよ。とにかく総会を 開いて村住民投票をしたら、投票結果94%が海軍基地に反対だった。そうして 始まったんだよ。この戦いが」。

4.3抗争のつらい傷を本土の警察がまたかきむしる

「どうして考えないのか。その痛みを」

1948年4月3日。南韓単独政府樹立に反対する済州道民が、民衆抗争を起こした。 米軍政府と警察は彼らを武力で鎮圧し、公式の統計だけで約3万人の島民が 虐殺された。95%が焼かれた村を再建し、済州道民は済州島が『平和の島』として 定着することを祈った。

だが50数年間、痛恨の傷を慰労してきた『平和』の願いは、9月2日、また崩れ 落ちた。4.3抗争以後、初めて本土の警察600人が鎮圧のために済州島の江汀村 に押しかけた。その日の明け方、警察の奇襲的な兵力投入で、海軍基地建設に 反対する住民と活動家など38人が連行された。負傷者も続出し、クロムビ海岸 にはフェンスと鉄条網が作られた。

「4.3抗争の時、江汀村は西帰浦市で一番多く住民が虐殺されたところだ。それ だけ人々の傷は深い。江汀村だけでなく、済州の島民はみんな傷がある。その 傷に本土の警察がまた触ったんだ。済州4.3抗争は流血の歴史だ。何の理由もなく 住民を山に引っ張っていって殺したんだから。

済州島にまた本土の警察が投入されるなんて、済州島民には想像もできないこ とだ。これまで私たちがどんなに苦労してきたか。本土の警官がその時、人を 畑に連れて行って公開処刑し、村の人々は他の村に隠れ住んで、また死んで。 それなのに今度、また本土の警察が入ってきてむちゃくちゃに連行して暴力的 に鎮圧する。村人がどんなに不安に思っているのかわかるか? そのことを人々 はなぜ考えないのか、その痛みを」。

江汀村の住民が望むのはたった一つ、『平和に暮らすこと』だという。済州の 海軍基地建設に反対するのも、平和に暮らすためだという。済州海軍基地が50 年間、済州島民が作りあげた平和の島を壊すかと不安なのだ。

「海軍が海軍基地建設を『観光』と言いくるめる。初め、何も知らなかった時 は、その言葉に誘惑されたかも知れないが、今は違う。何も知らず本当に純粋 だった住民も、この4年半、よく勉強したよ。海軍基地も盧武鉉政権の時に米国 から途方もない圧力を受けて進められた。海軍基地が中国の射程距離に入って いる以上、米国は当然だと。基地が建設されれば米軍はSOFA協定を理由に、 ここを勝手に使うだろう。

その上、江汀村海軍基地建設を始め、済州島のあちこちに連鎖的に軍事基地が 設置されるだろう。島民があれほど望んでいた『平和の島』が軍事基地化され るわけだ。今でもモスルポの方に日本が強制的に土地を奪って作った飛行場が ある。解放の後、それを国防部が持っていったが、国防部は虎視耽々とそこを 空軍の飛行場にしようとしている。海軍基地ができれば、そこも時間の問題さ」。

警察兵力が侵奪して怒る村の住民。西帰浦警察署長が櫓で座り込みをしている コ・グォニル対策委員長が降りれば安全を保障すると放送すると、村の住民は 「嘘をつくな」と反発した。住民はこの4年半、政府にだまされてきたといった。

▲警察兵力の侵奪に怒る村住民。西帰浦警察署長が櫓で座り込みをしているコ・グォニル対策委員長が降りれば安全を保障すると放送すると、村住民が「嘘をつくな」と反発した。住民はこの4年半、政府にだまされてきたといった。

4年でこわれた村共同体...なぜ私たちの村をこんなにしたのか

「一緒に育った親戚と3〜4年前から話をしない」

江汀村に海軍基地建設が進められ、江汀村共同体はバラバラに壊れた。『賛成』 住民と『反対』住民が二つに分れた。村で生まれた住民がほとんどなので、ずっと 一緒に暮らしてきた住民だったが、基地建設問題が続いた4年半で二つに分かれた 村は、なかなか元には戻らない。

クロムビの入口に向い合っているスーパーマーケットも二つに分れた。太極旗 のあるスーパーマーケットは基地賛成の立場の住民が運営する。反対側は反対 の立場の住民が運営する。賛成の立場の住民は、賛成の立場の住民が運営する スーパーの前にいつも集まっていて、反対の立場の住民は中徳三叉路、済州島民 の生活の一部である石垣墓付近に集まっている。

「どのようにしてこれほどまでになったのかわからないよ。私たちの村は、 本来うまく共同体が形成されていた。それなのにこの問題で分かれて戦い始め てから、村の雰囲気がおかしい。反対する住民が多いが、漁村系と海女を中心に 賛成の住民もいる。家族の中にも意見が賛否に分かれて争っている家もある。 そんな家は慶弔事も無関係に暮らしている。

私も幼い時から一緒に育った親戚と3〜4年前から話をしない。親戚は基地建設 に賛成だから。そして農作業も一緒にして、本当に親しくて一番親しい友人を 失ったよ。その友人とも今は知らんふりだ。ひとつの村で暮らしているのに。 村人はみんなそんな状況だから、本当に苦しいよ。食堂やスーパーも賛成反対 で行く所が分かれているし。互いに仲よく暮らしていた村がなぜこんなに傷だ らけになったのか...」

海軍が基地建設を推進し、住民に見せたのは『地域経済発展』だった。これを 押し出して、住民を抱き込み、基地建設による地域経済発展を期待する住民も いる。だが4年半戦ってきた反対住民はこれの虚偽を知っている。

「00リゾートがくるといった時も、村でいろんな話があった。そこがとてもい い土地だから。リゾートが入ってくれば、観光客で消費も増えて雇用もできる と言われて、結局できた。ところが、いざできてみると、何も地域の発展はな かった。初めはリゾートに私たちの村の人々が採用されたりもしたが、2〜3年 たったらリゾートの職員がここに派遣されて、地域住民の雇用はなくなった。 リゾートを清掃するおばさんが何人かいるだけだ。良い景観を奪われただけ みたいなものだよ。

基地建設も、地域経済が発展して、学校もたくさんできると言っていた。みん な嘘だ。私がこの戦いを始めてから、全国で基地ができたところはすべて行っ てみたよ。それなのに、どうしてその地域は発展せず、逆に寂れるのか。鎮海 海軍基地は、馬山や昌原との経済差が7倍になる。そしてそこで働く軍人は子供 たちを馬山や昌原側に送る。学校がたくさんできるなんてことはないってこと だね。むしろ従属的な地域関係が作られただけだ」。

地域経済が発展などしなくても、良い水と気候、土地を根拠地として、ゆった りと平和に暮らせる江汀村。だから住民は『そのまま私たちをこれまでのよう に放っておいてほしい』と要求する。国家によって生活の基盤が壊され、生活 の方式が変わり、共同体が壊れるのを、もう見るのを望まない。

「水がない所で有名なのが済州島だが、唯一江汀村はあちこちに水がある。だ から人々が『第1江汀』と呼んだ。そして済州島は土壌が火山灰で、農業ができ ない。だが江汀は土が良く、畑作もできる。水も良く、土地も良く、気候も良 く、ここでできるすべての農産物は最高だ。共同売場に行っても見つけられな い。これだけでも競争力がある村だ。

この頃、外部勢力がどうこうと言う。本当の外部勢力は、何の問題もない村を このざまにした海軍とサムスン、デリムだ。もう、私たちをただこのままで 暮らせるように放っておいて欲しい」。

▲海軍基地建設予定の湿地には、絶滅危機種をはじめ多様な生物種がある(上)。平和の象徴になったクロムビに入れない住民は胸が詰まると言って、ため息をつくばかりだ。頼むから、そのまま暮らせるように放っておいてほしいと... [メディア忠清資料写真]

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2011-09-05 03:14:31 / Last modified on 2011-09-05 03:14:38 Copyright: Default

関連記事キーワード



世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ
このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について