韓国:最高裁で勝っても監獄に行く現代車非正規職二人の試練 | |
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最高裁で勝っても監獄に行く現代車非正規職二人の試練[寄稿]不法派遣正規職化判決を受けたキム・ジュンギュ拘束・チェ・ビョンスン手配
イ・サンウ(金属労組未組織非正規事業室長) 2011.05.12 08:27
二人の若者がいます。現代自動車というゴリアテと戦った小人です。聖書では 小人が勝ちますが、現実はそうではありませんでした。二人の若者はサムスン とともに韓国最大の財閥で、世界自動車5位の現代自動車と鄭夢九会長一家に 「あえて」対抗しました。 二人の青年は、現代車蔚山工場のチェ・ビョンスン(35)と、牙山工場のキム・ ジュンギュ(38)です。彼らは最高裁と高裁で、現代車とキム&チャンと戦って 勝ち、現代車正規職という判決を受けました。しかし現代車が彼らに加えた 弾圧は苛酷でした。チェ・ビョンスンは5月5日の子供の日、愛する娘の所にも 行けずに手配生活をしており、キム・ジュンギュは5月8日の父母の日に、 安東の老いた両親に花一輪付けて上げることもできず、とても冷たい監獄に 閉じ込められています。5月は家庭の月なのに。 ▲現代車蔚山工場非正規職解雇者チェ・ビョンスン組合員が昨年9月現代車蔚山工場で1人デモをしている。[出処:資料写真] 現代車財閥に対抗したという理由で現代車蔚山工場非正規職解雇者チェ・ビョンスン。 彼は釈放された後も現代車非正規職闘争を続け、現代尾浦造船の社内下請の ヨンイン企業の労働者が大法院判決で勝訴し、2009年に地域対策委を構成して 戦いました。彼は現代自動車と現代重工業の告訴告発で、現代車工場の中で 手配生活をして、2009年5月16日に警備隊に工場の外に連れ出され、東部警察の 刑事に引き渡され、二回目の監獄暮しをしました。 彼は1審で1年10か月を宣告され、控訴審では現代車の件で懲役6月、執行猶予1年、 現代尾浦造船の件で懲役1年6か月と執行猶予2年の判決を受けて、2010年1月に 出所しました。彼の執行猶予は2012年10月に終わります。 監獄から解放された後、彼は金属労組非正規局長としてソウルに上京して生活 しました。労働委員会に不当解雇救済申請をしましたが受け入れられず、1審も 2審も彼を無視しました。2010年7月22日、大法院で彼は「社内協力業者に雇用 された後、参加人が事業場に派遣され、参加人から直接労務指揮を受ける勤労者 派遣された」とし、現代車正規職だという判決を受けました。 二回拘束されて、今は果てしない手配生活彼は『金属労組不法派遣正規職化特別対策チーム』を構成して、蔚山と全国を 行き来して非正規職正規職化のために全身を投じました。そして2010年11月15 日に始まった現代車非正規職労働者の25日間のストライキを支援したことを 理由に、工場の外にいたのに逮捕令状が発行され、6か月以上も家に帰れません。 彼は5月5日の子供の日にも愛する娘の顔も見られず、5月8日の父母の日にも両親 と会えませんでした。 彼は2010年7月22日に最高裁、2011年2月10日にソウル高等法院の破棄差戻審でも 現代車正規職という判決を受けましたが、会社は再上告しました。最高裁が 会社の再上告を棄却し、会社が彼に出勤しろと言っても彼は出勤できません。 来年末までが執行猶予期間なので、今入ればいつ出られるか約束できないからです。 結局彼は出勤せず、また解雇されるでしょう。現代車は永遠に彼を職員として 受け入れないでしょう。 ▲2010年11月12日ソウル高等法院勤労者地位確認訴訟で不法派遣判決を受けた後、記者に説明する現代車牙山工場非正規職解雇者キム・ジュンギュ組合員. [出処:資料写真] 父母の日を前に拘束された非正規職現代車牙山工場非正規職解雇者キム・ジュンギュ。 彼は令状実質審査で解放されましたが、1審で特殊公務執行妨害致傷が有罪と認 められて実刑1年6月を受けましたが、判事が控訴審まで拘束を延期し、この日、 高裁でまた実刑が確定しました。現代車資本に押されて、多くの告訴告発の件で 処罰された彼は、多くの前科のある累犯期間なので執行猶予は難しかったのです。 今から10年前の2001年5月26日、キム・ジュンギュは現代車牙山工場テスン企業に 入社してソナタ溶接工程で働き、2003年6月3日に解雇されました。2003年3月に 労働組合ができ、彼は会計監査になりました。会社は彼を告訴・告発して、監獄で 6か月暮らさなければなりませんでした。 監獄から出た後も現代車から追い出された彼に試練は続きました。彼は2006年、 鄭夢九会長が秘密資金事件で裁判を受けた時、「鄭夢九を拘束しろ」と叫び 警備隊と職員に踏みにじられました。現代車は立入禁止仮処分申請、業務妨害、 警備暴行などで数回彼を告訴・告発しました。 初めて現代車に勝った非正規職彼は現場にいた時に集めた資料、写真と正規職幹部からもらった会社の文書など、 すべての資料をかき集めました。正規職労組と会社との合意書、会社が直接 業務を指示した内容など、現代車の不法資料がすべて彼の手にありました。 彼は現代車に「勤労者地位確認訴訟」をして、2007年6月1日ソウル中央地裁で 勝訴しました。初めて非正規職が現代車を相手に勝ちました。そして 2010年7月22日、最高裁は下級審の交錯した判決を整理し、これに続き11月10日 にソウル高裁は再度彼に現代車正規職と判決しました。 現代車はキム・ジュンギュの控訴審で「勤労者派遣関係が成立するといっても、 継続勤労期間の2年に満たない」とし、非正規職だけが働くテスン企業ムービング ラインの6か月と欠勤期間を除けと主張しました。つまり2001年5月23日に入社し、 2003年6月3日に解雇されたキム・ジュンギュは2年と10日働いたのに、 その10日で正規職にしたくない現代車が、恥知らずにも欠勤日まで計算して、 2年に満たないと主張したのです。 これに対してソウル高裁は「原告キム・ジュンギュの代詠棋戦勤務期間中、 被告の主張のような欠勤などの事情が一部あるが、その期間を勤労者派遣期間 から除外できない」とし、キム・ジュンギュは2003年5月25日から現代車勤労者の 地位にあると判決しました。しかし彼は今年、最高裁で現代車正規職だという 判決が下され、会社が出勤しろと言ってもすることができません。 現代車が労働部判定以後に正規職化したら?現代車がこの二人の労働者が、2年過ぎた2003〜2004年に正規職に転換していれば、 彼らは監獄に行かなかったでしょう。 2004年に労働部が不法派遣判定をした時、正規職として採用していれば、遅くとも 2007年6月1日にソウル中央地裁で2年以上の社内下請は現代車勤労者という 初めての判決があった時も、正規職として採用していれば、彼らは今、拘束と 手配生活をしていないでしょう。 百歩譲って、2010年7月22日の大法院の判決以後、労使交渉で正規職化を 約束していれば、こんな苦痛にあわなかったでしょう。 現代車資本は本当に残忍であくらつです。 キム・ジュンギュとチェ・ビョンスンは、安らかに暮らすこともできました。 しかし彼らは当然正規職として採用すべきだった席に非正規職を採用し、不法 派遣と搾取を繰り返した現代車財閥に対して、1万人に達する現代車非正規職、 さらに850万の非正規職のために闘ったのです。その代価として、推し量れない 苦難と苦痛をうけているのです。 この若い労働者が一日もはやく家族の元に帰れるように、各界各層に訴えます。 韓国社会の年配の方たち、目覚めた各界各層の良心に訴えます。韓国社会の最も 底辺にいる、貧困と差別される非正規職労働者のために戦い、収監されてしまった 二人の若者が、愛する人たちの元に一日もはやく帰れるように手助けしてくれることを 切実に呼び掛けます。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2011-05-14 03:31:56 / Last modified on 2011-05-14 03:32:13 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ |