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龍山惨事から100日、残酷な再開発の記憶[コラム]野蛮の歴史の現場、龍山を忘れない
ペ・ソンイン(編集委員、進歩戦略会議)/
2009年04月28日10時58分
1月20日に発生して、全国民を怒らせた龍山惨事が明日4月29日に100日目になる が、まだ進行中だ。李明博政権は、問題を解決するためのいかなる反応も示さ ず、むしろ遺族と国民を無視して弾圧を続けてきた。遺族は犠牲者の葬儀も行 えず、序盤は熱かった報道機関と国民の関心もますます遠ざかっている。裁判 は始まったが検察の捜査の結果に不信を感じたのはもうずいぶん前の事だ。 4月20日の障害者の日、われわれは言論で『李明博大統領の涙』を見た。障害者 の日の前日の19日、京幾道一山にあるホールト一山療養院を訪れた李明博大統 領が、障害児で構成された合唱団『霊魂の声で』の歌を聞いて涙を流したとい う。新聞、放送などのほとんどのマスコミはいっせいに李大統領の涙の写真や 映像を大きく見せた。ところが大統領の涙は全くうれしくない。彼が「障害者 への偏見をなくさなければならない」と言ったが、本当に障害者への偏見がな くなったのかを訊ねたい。 彼の涙に対して当の障害者たちは『ワニの涙』だと非難している。それはワニ が自分の口よりはるかに大きな餌を飲み込む時に流す涙のように、偽善の涙だ というのだ。同じように、彼が龍山惨事に胸を痛めて涙を流したという話は聞 いたことがない。国民を崇めて国民と対話するという李明博政権に、犠牲になっ た撤去民と遺族、そして多くの国民は、崇める対象ではなく、対話の対象では ないのだ。彼らは『コソヨン強富者』で象徴される少数の既得権だけを崇め、 対話している。 韓国で、土地と居住の空間は、住む目的から抜け出して既に長い。投機と利益 の対象で、皆の欲望が投影された空間だ。金持ちにはさらに多くの富を蓄積さ せ、貧困層には貧困から解放される手段になった。だが現実は資本をはじめと する支配勢力の欲望だけを満たすだけで、貧困層をはじめとする一般庶民には 残酷な歴史の現場になっている。龍山惨事がまさに代表的な野蛮の現場である。 ニュータウン、再開発で象徴される住居地整備事業は、生活環境改善や生活の 質を向上させるより、多くの住宅供給とさらに多くの開発利益を創り出すこと に重点を置いており、問題の深刻性を付加している。 今回の龍山惨事でも現れたように、問題の核心はサムスン、デリム、そして浦 項製鉄などの建設資本がその背後で頑張っていて、これらの資本は国家権力と の強固なコネクションを形成しているということだ。区庁と市庁、そして警察 と撤去用役業者の癒着は、まさに彼らの利益のために動いている。このような 状況で、天文学的な開発利益を狙う建設資本と生存のために櫓に上がった撤去 民の衝突は、最初から予想されたことで、彼ら撤去民の犠牲に関心がないのは 他の見方をすれば当然のことだ。 このように龍山惨事はまさに徹底して階級的な背景の中で発生した。権力と法 と政治は、まさに資本の利益に徹底して奉仕する。誰かが言ったように不動産 階級社会の大韓民国資本主義は、労働市場と共に『不動産市場の食物連鎖』が もう一つ作動して回っていっている。不動産食物連鎖の最高峰には財閥、官僚、 政治家、保守言論をはじめとする代表的な不動産階級があり、一番底辺には無 住宅者がいる。 だからニュータウン、再開発は、彼ら皆の欲望を刺激する空間として作動し、 欲望の共感が簡単に用意される。だが庶民には津波と同じで、全てをはき捨て る。入居者が暮せる安い一戸建て住宅をすべてはき捨てて数十億台の住宅商店 複合アパートに改造する。人も改造し、商店街入居者、住居入居者そしてあま り金のない家主などの庶民をすべて清掃するようにはき捨てる。彼らが離れた 場所には他の町で暮す富裕層が投機目的で入ってきたり、上層中産層が良い住 居条件を求めて入ってくる。龍山4区域で起きたのは、龍山駅の周辺で拡大再生 産され、ソウル市内の35のニュータウンをはじめとする再開発地域で似た形で 繰り返されるだろう。 権力は本当に邪悪だ。あるいは大統領、総理、長次官、首席、警察、検察、用 役、はては軍隊まで、一糸不乱なほどひとつになって卑屈だ。権力に寄生して 暮す大韓民国の投機屋の生もまた同じだ。これらの集団権力は陰謀を計画し、 家一軒を用意して、家族と隣人と仲良く暮そうとする庶民の素朴な熱望を踏み にじり、火に焼かれた死体のように叩きつぶしてしまった。 まだ葬儀も行えない龍山には、サムスンのフォーククレーンが作業を始めてい る。損失を少しでも減らすために、あせるように急いでいる。だがそれがまさ に龍山の真実を物語ってくれる。集団権力により、真実は永遠に埋められるか も知れないが、私たちの記憶の中では永遠に生きて呼吸するだろう。 再開発問題は、制度や政策の問題に還元されない。人間の問題であり意識の問 題だ。資本と権力から自由になった時、根本的な問題が解決できる。人間と人 間の生命、これがすべての価値の中で最も貴重だということを深く認識して生 きてきたのなら、そして資本と政治権力にこうした人間への尊敬と愛が金や権 力への欲望に先んじていたとすれば、こんな惨事は起きなかったという、あま りにも素朴な考えが浮かぶ。野蛮の現場の龍山で、残酷な現場の龍山で、怨と 恨が生まれ、現世を飛び交う犠牲者の叫び声が聞こえる。あなたたちを忘れない! 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2009-05-03 18:17:32 / Last modified on 2009-05-03 18:17:34 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ | |