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韓国:人民革命党と今の龍山は同じ
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「34年前の人民革命党と今の龍山は同じ」

9日夕方、人民革命党民主烈士34周期追慕祭

アン・ポヨン記者/ 2009年04月10日17時49分

イ・スビョンなど8人の人民革命党再建委事件烈士らが刑場の露と消えて34年。

人民革命党の烈士を賛える4.9統一平和財団(理事長ムン・ジョンヒョン神父)が 4月9日午後6時、ソウル市鍾路区曹渓寺近くの韓国仏教歴史文化記念館で「人民 革命党民主烈士34周期追慕祭」を開いた。昨年設立された財団理事長ムン・ジョ ンヒョン神父は挨拶の言葉で「1975年の今日4月9日、龍山惨事がオーバーラッ プする。龍山でも人民革命党のように櫓をたてて一日後に犠牲になった。この 頃はまさに人民革命党の時と全く同じだという気がする」と話した。ムン神父 は挨拶の言葉を終えた後、追慕客約200人の前で繰り返し「申し訳ない」と話し た後、龍山殺人鎮圧犠牲者のための追慕ミサのために離れた。

▲ペク・キワン先生が烈士の遺影の前に献花している。/アン・ポヨン記者

われわれは人民革命党再建委8人の烈士の死を「法殺」と呼ぶ。「司法殺人」の 略語だ。法院の死刑判決から18時間後の死刑執行は、戦時下の即決処刑を彷彿 とさせた。

イ・ブヨン前議員は追悼辞で「亡くなった方々の無念が残らないよう、残され た者は責任を果たすべきではないだろうか。もう一度先輩、同志に慰労を差し 上げ、みんなで追慕しよう」と話した。

ペク・キワン統一問題研究所長も「李明博が高い席に座っているこの世はまっ 暗な森の中よりもさらに暗い暗黒の中」とし「人民革命党民主解放烈士に従い、 私たちも走って行くべきではないか」と声を高めた。

▲イ・サモン氏の故人らの魂を賛える追慕の踊り。/アン・ポヨン記者

▲イ・ブヨン前議員の追悼辞。/アン・ポヨン記者

オ・ジョンニョル韓国進歩連帯常任顧問、ノ・ジュンソン四月革命会常任議長、 イ・ギュジェ祖国統一汎民族連合南側本部議長など各界から約200人が参加した。 この日の行事ではイ・サモン氏が故人の冥福を祈る追慕の踊りの公演もあった。

34年前の1975年4月9日、イ・スビョン烈士など8人が一日で刑場のつゆと消えた。 その後、イ・ジェムン先生がひどい拷問で監獄で亡くなった。1982年刑執行停 止で後の人は全員解放されたが、その後イ・ジェヒョン先生などが亡くなり、 現在はチョン・チャンイル先生など16人の事件当事者だけが残っている。

人民革命党事件は、1974年4月3日に朴正煕維新独裁政権に対して全国の大学生 が総決起した民青学連事件の背後として23人を指定、国家紊乱と大統領緊急措 置違反などの疑いで拘束起訴した。彼らのうちイ・スビョン、ソ・ドウォン、 ハ・ジェワン、キム・ヨンウォン、ソン・サンジン、ド・エジョン、イ・スビョ ン、ウ・ホンソン、ヨ・ジョンナム氏の8人に死刑、15人に無期から懲役15年の 重刑が宣告された事件だ。特に死刑が宣告された8人は、翌年の75年4月9日、大 法院の確定判決から18時間後に死刑が執行され、司法殺人事件と呼ばれる。ス イス国際法学者協会は「司法思想暗黒の日」と酷評した。死刑になった8人はも ちろん、無期などの懲役刑を宣告された生存者9人は再審を申請して、昨年無罪 判決を受けた。

原文(チャムセサン)

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翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2009-04-13 03:35:53 / Last modified on 2009-04-13 03:35:55 Copyright: Default

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