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キム・ギルテとスクワット(空き家居住)空き家、離れられない人々
ミリュ(人権運動サランバン)/
2010年03月18日14時11分
キム・ギルテ(釜山女子中学生殺害事件の被疑者)が再開発区域の空き家に住ん でいたという事実が明らかになり、いくつかの言論が治安が脆弱な虞犯地域に なってしまった再開発区域の問題を扱っている。意味のある試みだ。『離れら れない人々』はいつも危険を甘受して暮してきたが、誰も注目しなかった。 今そこに視線が行っている。 再開発区域の空き家 再開発区域の空き家は、今の開発制度が作り出した必然の産物だ。普通区域が 指定され、事業計画が確定するまで、大部分の入居者は自分にどんな再定着対 策が提供されるのかわからない。もちろん事業計画の申請時に、紙一枚が飛ん でくるが、それがどんな意味かを感づくのは容易ではない。そのようにして管 理処分認可の段階まで行く。 また龍山4区域に行ってみよう。2008年4月、組合は入居者に補償協議要請書を 送る。協議期間は5月2日までだ。6月13日、組合は〈住居移転費支給および移住 案内〉という文書を入居者に送る。8月までに引越せという。8月7日、組合とヒョ ナム建設は「9月1日から本格的な撤去を実施」、「8月31日までに移住をしろ」 等の内容が含まれた案内文を発送する。ある入居者は8月26日、入居者対策に対 する正確な情報を知らせてくれという書簡を区庁に送った。移住を終わらせろ という時点から5日前まで、十分な情報が提供されていなかったということだ。 もちろん、補償協議要請書を受け取って、「協議」するために組合事務室を訪 ねて行った入居者もいるだろう。しかし「協議」はない。都市および住居環境 整備法と公益事業のための土地などの取得および補償に関する法律に定められ た通り、組合が定めた『通知』があるだけだ。たとえ協議しても、先住民の再 定着が協議の目標にならない今の開発制度では、入居者が満足な対策を提起さ れることはほとんど不可能だ。 空き家と共に暮すしかない、『離れられない人々』 決心して引っ越しを準備するのにも二三か月はかかる。引越ししようと家を探 すために歩き回ってみた人は分かる。一方的な通知でしかない「協議」に2か月、 移住(事実追放)に2か月、だから離れられない人々ができるほかはない。だが同 じ期間に、ただ引っ越せというのだから、補償金をほとんど受け取ったように 言うから、戦ってもだめそうだから、何よりも、何か月も前から町を歩き回る 用役チンピラが恐いから、離れる人々がいる。彼・彼女らが離れた家が空き家 になって残る。 離れられない人々は、その空き家と共に生きていくほかはない。もしかしたら 空き家でも、まず清潔に撤去すればあまり治安問題はないかも知れない。だが それはひとまず不可能だ。人々が住んでいる家の間で所々空いている家だけを 撤去するのは難しいだけでなく、用役業者はわざわざ空き家の一部だけを撤去 する。町内の雰囲気を険悪にしなければならないから。用役業者は誰か組合所 有の家に入れないようにする『警備』のために、たいてい家の一方、壁の一部 だけを崩す。 何よりも、空き家撤去は残った人々に対する脅迫だ。物理的で心理的な抑圧で あり、住居環境を直接侵害する行為だ。それで人が暮す家だけでなく、人が暮 す町の空き家撤去は、強制退去の範囲の中で扱うべきで、防くべきことの一つ だ。大秋里で空き家撤去を防ぐために、あのように戦った理由も違わない。 空き家をたずねる人々 このようにして空き家ができる。所々つぶれ、中に入れる家もあり、まだ撤去 されていないが、いろんなゴミの集合所になり、誰も向かわない家もある。人 が暮さない古い建物は、どんどん汚くなる。そのような空間に「路上生活者」、 「非行青少年」と言論が表現する人々が出入りするようになる。そして言論は こうした雰囲気が住民の治安を威嚇するとし、貧しい町の住民を心配する。 しかし彼らは貧しい町の住民を脅す存在でしかないのか。初めから彼らが野宿 者だったり『非行』少年でないのは明らかだ。雨を避ける屋根がなく、道路で 眠りを求め、そんな空間に来るしかない条件で『路上生活者』と名付けられ、 『家』に入らず夜遅く見知らぬ町に現れるから『非行少年』というレッテルが 貼られるのだろう。彼らには家がない。なぜ頑張って働き、家を探さないのか という叱責しかない。青少年には彼・彼女らがどう感じるのかとは無関係に、 彼・彼女らは保護されるべきだと思う空間(大慨は父母が暮す『家』)に入れと いう訓戒だけだ。 もちろん犯罪の場所が必要で、犯行を目的に訪ねて行く人々もいるだろうし、 ただ身一つを横たえる所を訪ねて犯行に及ぶ人もいるだろう。だがそうして空 き家をたずねる人々をすべて予備犯罪者と見れば問題が解決するだろうか。離 れられない人々には安全の問題で離れる家もない人々-「空き家」に来る人々に は寝床の問題でもある。この二つは住居の問題という点で互いに交わる。 離れる家もない人々 社会が「貧しい町」に注目するようになったのは幸いだ。だがまたその町から 離れられない人々と、離れる家もない人々の対立的な関係だけを表わすのは危 険だ。『貧しい町』はどうして作られるのか。 開発事業区域と指定された区域が一般的な町より環境が悪いのは推察できる。 それで政府と地方自治体は住居環境を改善するとし、開発事業区域を指定する。 しかし開発はむしろ貧しい町を作り出す。貧しい町は開発の前まで貧しい町で あり続けさせるのが開発だからだ。貧しい町の問題は、ただ開発事業だけで解 決しようとする、いや正確に言えば、貧しい町を売り、資本を蓄積して空間の 価値を独占しようとする開発自体が問題である。 それでどの町内でも人々が暮しやすい町にする努力を、政府も、地方自治体も、 当然資本も、そして、私たちもしない。そのようにして家の価格が少し低い町 には貧しい人々が来るしかなく、それで住居環境の改善を試みることさえでき ず、社会保障も脆弱で、差別の視線と社会的排除の深化で、また地域の貧困が 再生産されるのだ。少しでも所得があれば、住みやすい町に引っ越そうと考え るのが当然に感じられる。自分が暮す町を住みやすく変える悩みは意欲も出ず、 しようとしても暮らしに忙しい世の中であるから。 そして所得がむしろ減ったり色々な理由で家の価格が少し低い町にもいられな い人々は、離れる家もない人々になり、別の貧しい町を訪ねて行く。貧しい町 の離れられない人々を見る視線は、離れる家もない人々に注がれなければなら ない。離れる家もない人々も、同じくびきの中にある。 開発事業制度を改善する努力は至急だ。早く、早くとだけ叫び、組合と建設資 本の金融ローンの日程に合わせて施工日程を決め、貧しい人々の家を奪う制度 を変えなければならない。住民に包括的な再定着対策を提供し、住民のほとん どと合意を終えた後に移住を始めさせるなどの方法で、少しずつ空き家ができ ることを防がなければならない。しかしこれだけでは足りない。離れる家もな い人々のスクワットに答えなければならない。治安強化だけを叫び、別の空き 家に追いやるのか、開発と貧困のくびきを破り一緒に暮らせる家で暮す権利に 挑戦するのか。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2010-04-04 09:33:42 / Last modified on 2010-04-04 09:33:43 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ | |