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ナミルダンの英霊を包みこんだ横断幕の絵惨事から1か月、言葉にできない怒りの現場
ユ・ヨンジュ記者
www.yyjoo.net / 2009年02月20日22時02分
殺人鎮圧1か月。惨事の現場には冷たい風が吹き付けていた。2月の観測では最 悪の黄砂だという。午後2時頃、黒い横断幕が広げられた。各界の代表が一列に 並んだ。いつもの記者会見と違うのだろうか。刺々しい声はかくせなかった。
ムン・ジョンヒョン神父は「長い間見ていたが、社会的弱者が煙突に上がって、 漢江鉄橋に上がって、クレーン鉄塔のようなところ、大秋里の学校の屋根に上 がった」とし、櫓から降りられない故人たちを賛えた。 イ・ドグ進歩新党共同代表は「今日、金寿煥枢機卿の葬儀ミサで韓昇洙総理が 代読した李明博大統領の追悼発言は『互いに愛せ』だった」とし「大統領が自 ら降りなければ引き下ろさなければならない」と声を高めた。 故イ・サンニム氏の遺族チョン・ヨンシン氏は最後まで戦うという意志を表明した。 チョン・ヨンシン氏は「すでに1か月だが、その間ご飯を食べ、話をし、寝たと いう事実もあきれる」と話し始めた。チョン・ヨンシン氏は「中に人がいると いう叫び、黒い煙と熱い火、屋上で叫んだ隣人たちが涙を流した姿が生々しい。 亡くなった五人の名誉を回復し、拘束された方々が釈放されるまで、最後まで 戦う」と話した。 チョン・ヨンシン氏は順天郷病院の4階で他の遺族と共にずっと1か月を過ごし た。疲れない人がいるだろうか。だが龍山惨事の遺族と全撤連などの当事者た ちが、氾国民対策委の活動に信頼を送るなど、最初に要求した四つの要求事項 を貫徹するまで戦うという意志と雰囲気だけは変わり無いように見える。 パク・レグン氾国民対策委共同状況室長は警察の汎国民追慕大会源泉封鎖方針 を糾弾して、「21日の第5次汎国民大会をまた封鎖すれば、追慕大会に固執せ ず、多くの市民と共に直ちに追慕デモ行進に突入する」と述べた。
記者会見の間、ナミルダンビル周辺で文化芸術家50余人と市民が文化行動を 行った。 参加者たちはクレーンでナミルダンビル正面と側面に二つの横断幕を掲げた。 横断幕は廃虚になったナミルダンビルの痛みを包むように位置した。龍山4地域 組合がかけた『接近禁止』の札はとても異質な感じを与えた。まだ何も明らか にも解決もしていない。龍山惨事から1か月が過ぎ去ったが。 シン・ユア文化活動家は「文化活動家が、廃虚になったナミルダンビルをこれ 以上放置しないということで意見を集約し、出入できる1階の空間を掃除して、 まず遺影を迎えることにした」と話した。続いて「掃除が終われば、その空間 に種も撒いて人がまた住めるように計画する」と話した。 シン・ユア文化活動家は「一部はスクワット(空間の公共性、空いた空間占有運 動)をして、惨事の現場ではあるが、また住んで生活と人生を分けあう姿を復元 する」と文化行動の趣旨を述べた。 スクワット.. なぜ建物が世襲されるのか
話をしている間に1階のナミルダンの店がきれいに空になった。焼け残ったゴミ で、われたガラスの破片を一つも残さずに片づけた。焼香所が飾られた。1か月 の間、歩道のテントに置かれていた故人の遺影、移したことで少しは安らかに 見える。
惨事から1か月、現場には怒りと苦痛、くやしさとため息、今回だけは退かない という闘争の意志などがごちゃごちゃに交差していた。絶望を打ち破って立上 がろうとする遺族、住民、活動家と市民は、約束したかのように言葉を慎みな がら、言葉では言い表せない表情でナミルダンビルを抱いていた。 龍山殺人鎮圧1月、大統領は遺族の前に謝罪して全面再調査しろ! 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2009-03-03 08:17:05 / Last modified on 2009-03-03 08:17:09 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ | |