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移住労働者雇用許可制10年、奴隷許可制だった

[寄稿]差別と搾取の10年を迎えて

チョン・ヨンソプ(移住労働者運動後援会事務局長) 2014.08.14 17:49

摘発追放で始まった雇用許可制

2003年8月に雇用許可制法案(外国人労働者雇用などに関する法律)が国会を通過し、 2004年8月17日から施行された。 本来、1980年代後半から入ってき始めた移住労働者に対し、政府は何の制度もなく無関心に対応し、1994年に産業研修生制度を実施した。 産業研修生制度は、技術研修を名分として移住労働者を入れ、工場で働かせたが労働者と認めず、 送出不正、暴行、旅券差し押さえ、賃金不払い、産業災害未保障など、 多くの人権侵害を起こして「現代版奴隷制度」と呼ばれた。 1994年に経実連講堂で行われた労働災害被害移住労働者の座り込み、 1995年のネパール産業研修生の明洞聖堂鎖座り込みなど、 韓国社会に衝撃を与えた移住労働者の闘争、多くの工場で行われた闘争などを通じ、 産業研修生制度は追放されるべき反人権反労働的な制度と扱われた。 2000年代初めには、移住労働者の半分が未登録滞留者だった程、 産業研修生制度下での人権蹂躙によって事業場を離脱した労働者が多かった。 これ以上持続できない産業研修生制度に代えて(産業研修生制度は存続し、2007年に雇用許可制に統合される)政府は雇用許可制を導入し、 △労働者として認定、 △内国人と同等な待遇、 △労働関係法適用など劣悪な人権状況改善、 △未登録滞留者減少、 △3K業種への円滑な労働力供給、 △送出不正減少などを約束した。

雇用許可制は、政府間協約を基づいて移住労働者が本国政府を通じ韓国事業場に雇用されて入る制度だ。 韓国語試験を通過すれば2年間求職者リストに載せられ、 その期間に韓国の事業主が選べば契約書に署名して韓国にくるという方式だ。 3年間働くことができ、事業主が再雇用すれば1年10か月を加え、合計4年10か月働ける (2012年に誠実勤労者再入国制度ができて、4年10か月間ひとつの事業場で働いた労働者は、 事業主が再雇用すれば3か月出国してまた入国し、また4年10か月働ける)。

しかし雇用許可制法が通過して一番最初に政府が実施したのは苛酷な摘発追放だった。 2003年11月から全国的に法務部出入国管理所摘発班員が無差別的に未登録移住労働者を捕まえ始めた。 また、事業主には未登録労働者雇用への処罰を強化すると脅迫し、 その結果、多くの事業主が未登録労働者を解雇した。 こうした状況はまさに政府が意図したことだった。 つまり雇用許可制という「合法的移住労働者送出制度」を早く定着させるためには、 既に国内にいる未登録労働者を追い出さなければならないと考えたのだ。 それで街頭に追い出された移住労働者は行くところがなくなった。 絶望した多くの人々が命を投げた。 地下鉄に飛び込んだり、コンテナ寄宿舎で首を吊ったり、本国に戻る船の上から飛び降りたりした。 当時、平等労組移住支部をはじめとする移住労働者運動団体は、 全国各地で座り込み闘争に突入した。 特に明洞聖堂入り口に集まった彼らは、摘発追放中断と合法化を要求して1年以上座り込み闘争を行い労働運動活動家に成長し、 2005年に独自の労働組合であるソウル京畿仁川移住労働者労働組合(MTU)を結成することになる。 また、座り込み団は事業主だけにすべての権利をあたえる雇用許可制ではなく、 労働権を保障する労働許可制導入を要求した。 しかし結局、雇用許可制は最初から大々的な反人権的摘発追放で移住労働者の命まで奪っていき、その後も弾圧を続けたのだ。

破られた約束

政府のバラ色約束と違い、雇用許可制は移住労働者の基本権を徹底的に制限した。 第一に、最も基本的な職業選択の自由、すなわち事業場の移動は原則的に禁止され、 休業や廃業、深刻な賃金不払いや暴行などの場合にのみ例外的に認められた。 契約期間中、事業主の許可なく事業場を離脱することができず、 辞めればビザを失う。 そのため移住労働者はいくら仕事が大変で苦しくても、不当な仕打ちにあっても事業場を移動できず、泣き寝入りすることになる。 製造業、農畜産業、漁業、建設業などの産業間の移動ができない。 辞めたくても辞められないので、強制労働の性格も強い。

二番目、労働現場の差別と暴力は続き、同等な待遇は実現されなかった。 雇用許可制法には「第22条(差別禁止)使用者は外国人労働者という理由で不当に差別し、処遇してはならない」と規定されているが、現実はこれとかけ離れている。 移住労働者という理由で低賃金と長時間労働を引き受けなければならない。 夜間作業、難しい仕事、危険な仕事は移住労働者の役割だ。 韓国労働者がさらに多くの賃金を受け取り、機械一台を使う時、 移住労働者はさらに低い賃金で三台を使う事例は珍しくない。 各種の手当て、ボーナス、名節費や休暇の費用などでの差別も多い。 悪態、乱暴な言葉は日常で、労災発生率や労災死亡率も韓国人より高い。 よほどのことがなければ、船の上で働けないと言って殴り殺される事件まで発生するはずもない (2月14日、インドネシア労働者J氏が船に乗って9日で韓国人の同僚から暴行されて死亡した事件)。 特に農畜産漁業のきわめて劣悪な勤労条件と勤労基準法の一部未適用(休憩、休日条項)は深刻な状況だ。

三番目、事業主がすべての権限を持っているが移住労働者は何の権限もない。 雇用許可制法25条によれば 「1.使用者が正当な理由で勤労契約期間中に勤労契約を解約したり勤労契約が満了した後に更新を断ろうとする場合」には事業場変更が可能だ。 労働者は勤労契約を解約できない。 事業場変更許容を口実として金を要求する事業主もいる。 また事業場内で不当な事件があっても是正されず、移住労働者が勤務を拒否して宿舎に留まることがあるが、 法によれば5日以上理由なく勤労提供をしない時、勤務地離脱申告をすることになっているが、 実際に事業主が自由に離脱申告をしてビザを失うケースも多い。 この場合、離脱ではないことを明らかにしても、原状回復は相当難しい。 そして最初の3年の労働期間が終わり、さらに1年10か月働けるが、この時も事業主が再雇用をしなければ不可能だ。 このように、事業主だけに権限があるため、 移住労働者は徹底的に事業主に従属し、抗議するのも難しい。

四番目、求職方式、求職期間も制限している。 契約が解除されたりその他の理由で事業場を移動する時、 2012年7月以前は雇用センターで該当地域の求人会社リストを労働者に提供し、 労働者はリスト内から選択できた。 しかしその後、労働部は一方的に指針を変更し、事業主に求職労働者リストを渡す方法を取っている。 労働者は求職活動ができず、事業主に連絡が来るのを待たなければならないのだ。 そのため事業場の変更はさらに難しくなり、こうした指針変更自体が事業場変更制限を意図する。 期間も3か月に制限されており、この期間に求職できなければ出国しなければならない。

五番目、家族の呼び寄せも制限している。 移住労働者は4年10か月間、長ければ9年8か月間、韓国で働く。 なじんだ家族と知り合い、友人から離れて遠い国で仕事をする。 韓国社会で3K低賃金労働力が不足したために移住労働者を呼んだのだ。 ところが移住労働者は家族を一時的にも招請できない。 家族と会いたければ本国に帰らなければならないが、それも事業主の許諾がなければ自由にできない。 そのため電話をしたりスカイプのような画像通信を使って懐かしさをなだめるのが実情だ。 家庭がこわれたり子供との関係が断絶するなどの否定的な状況もたびたび発生する。

六番目、権利救済装置が不備だ。 労組や移住労働者支援団体が受ける相談内容で最も多い事例は、 賃金と退職金の問題、事業場変更の問題だ。 社長が金をくれなければ労働者は待つか、どうしてもだめなら労働部に陳情をする。 そうすると陳情をしたという理由で社長に不当な仕打ちにあう。 陳情処理は長くかかり、労働部が不払い賃金支払い命令をしても、社長は頑張る。 罰金が不払い賃金の金額よりはるかに少ないためだ。 民事訴訟までして受け取るのは、移住労働者にとっては面倒なことだ。 移住労働者はどうせ出国するので、それまで頑張れば良いという事業主もよくいる。 事業場変更の問題も同じだ。 社長の許諾なく変更できる理由である暴行などが発生しても、 これを労働者が立証しなければならず、 雇用センターでは主に事業主の話を聞くので移住労働者が団体や労組の助けなしで雇用センターを説得、圧迫することはほとんど不可能だ。

七番目、未登録滞留者が増加し続けている。 未登録滞留者の数字は雇用許可制の実施以後、むしろ増加し、2007年に22万人までなり、 李明博政権になって摘発追放を強化すると、2008から少しずつ減り、 2011年には16万7千人になったがまた増え始め、 2014年6月末現在は18万7千人だ。 雇用許可制が未登録滞留者の減少に寄与したとは言えない。 現在、未登録滞留率は11.9%だが、雇用許可制未登録滞留率は15.8%だ。 そのうち製造業は14%、建設業は24%、農畜産業は18%、漁業は34%にのぼる。 労働条件が劣悪で事業場を離脱したり、雇用期間終わった後に超過滞留したり、 事業主の離脱申告などで自分の意志とは無関係に未登録になったりもする。 また2010年以後には雇用許可制雇用期間が終わった人々の中で帰国しない割合が30%程度になり、 ますます未登録滞留者は増えるだろう。 こうした状況は、雇用許可制そのものの問題から始まる。 短い雇用期間、劣悪な労働条件と無権利状態、事業主の専横などが問題だ。

八番目、未登録滞留を口実とする不当な制度を強要している。 政府は未登録滞留者数の減少を最大の政策目標の一つに置きながら、いろいろな強制策を施行している。 例えば本国政府を圧迫し、出国時移住労働者が莫大な保証金を払い、後で未登録滞留をすればこれを返さないという制度を作った。 すでにベトナムでは約500万ウォンの保証金制度が施行されており、他の国々にも圧力が加えられている。 最近では雇用許可制法を改正し、出国しなければ退職保険金を支払わない制度を7月29日から施行している。 つまり移住労働者の退職金である出国満期保険金に対し、 移住労働者が出国審査台を通ってから、空港で、または本国の口座で支払うということだ。 このような制度は若干の影響を与えるが、実際には未登録滞留をして得られる利益が保証金や退職保険金より多いため、大きな意味はない。 むしろ未登録滞留者を減らすには、労働条件を大幅に改善したり雇用期間を延長しなければならない。

九番目、雇用期間が短く制限されていて、定着も禁止されている。 雇用許可制の原則は「短期循環」制度だ。 これは、4年10か月、短期で働き労働者を送りかえし、また新しい労働者を受け入れる方式を意味し、 定着、つまり労働移民を禁止するということだ。 短期循環は事実、徹底して移住目的国の利害だけを追求することで、歴史的にも成功した国はない。 とにかく人が入ってくれば、いかなる方法であれ定住化が進むからだ。 また、成年労働力を作り、必要な費用(保育、教育、福祉など)は移住労働者本国がかけるが、その補償はなく、労働力が極大になる年令(20-39歳)の労働者を短期的に搾取し、 甘い汁を吸ったら送りかえすので、アムネスティ・インターナショナル報告書の表現のように「使い捨て労働者」制度である。 アジア的な規模で作動する短期搾取循環制度と言うべきだろう。 事実、労働期間が4年10か月である理由は、5年以上合法に滞留した人は永住権を申請する資格が生じるので、これを防ぐためだ。 ところがすでに政府は企業主の熟練人員の要求に符合すべく2012年から「誠実勤労者再入国制度」を実施している。 ある事業場だけで働いた労働者たちが4年10か月後に再雇用されると、 3か月間本国に戻り、また4年10か月働けるようにする制度で、合計9年8か月働ける。 これ自体が政府の短期循環の原則がこわれていることを示し、 ほぼ10年韓国に滞留するが、永住権を申請できないのは反人権的だ。

十番目、労働三権は紙の上にしかない。 2005年に設立された移住労組は、未登録滞留者が多いという理由で労働部申告が返還され、 2007年に高等法院判決で労働部が敗れたが上告、設立申告訴訟が7年以上大法院に係留中だ。 移住労働者の労組を認めないという政治的意味としか言えない。 これまでに移住労組の組合員のほとんどは雇用許可制労働者に変わり、 委員長もそう変わったが、政府はミッシェル委員長に対しても雇用許可制ビザを剥奪して弾圧を加えた。 労組への狙い撃ち弾圧は、設立時から今まで続いているのだ。 ミッシェル委員長は本国に帰り、再入国しようとしたが入国を拒否されて追放され、 今は入国できない状態だ。 最低限の労組も認めないのが雇用許可制に代表される移住労働政策だ。

10年で終わらせろ

最近、労働部は雇用許可制10年評価討論会で、 △企業の労働力難解消による経済発展、 △賃金不払い減少など、勤労者としての権益向上、 △公共機関による送出制度の透明性と公正性の向上を成果として強調した。 雇用許可制により、韓国経済が利益をあげ、以前の産業研修生制度より少なくとも良くなったと言うが、 韓国における移住労働者の地位はある研究者の表現のように「階級以下の階級」に固着されている。 不公平な法と制度がこうした人種差別状態を再生産し続けているのだ。

こうした制度を続けなければならないだろうか? 同じ世界で生きていく人として、貧しい国の人々がここにきて、韓国人がやらない難しくて汚くて危険なことを低賃金でしながらも、 差別と蔑視に耐えることを放っておかなければならないのだろうか? すべての状況は、移住労働者雇用許可制が根本的に変わることを示す。 これ以上、韓国資本主義の維持と再生産のために必要だという理由で、 差別と搾取の雇用許可制を続けることはできない。 制度を変革しなければ、人々の意識や社会的文化、慣行も変わらない。

5年以上の十分な雇用期間、事業場移動の自由、未登録滞留者に対する赦免措置、定着機会付与、家族呼び寄せ保障、実質的な差別禁止、効果的な権利救済体制などは不可能ではない。 事実、多くの国際機構、人権機構が雇用許可制に対する改善勧告をした。 例えば国連社会権委員会は2009年に 「委員会は、移住労働者が搾取、差別および不払い賃金の対象になっていることを憂慮する。 委員会は移住労働者を労働法の保護を受ける労働者として、すでに認めた雇用許可制度をさらに検討することを勧告する。 委員会は事業場移動について規定された3か月の期間は非常に不充分だという事実に特別な注意を注ぐことを勧告する。 これは移住労働者が単に合法的な滞留資格を維持するために、劣悪な勤労条件の雇用をほとんど選択の余地なく受け入れるほかはない現在の経済状況では特にそうである。 さらに一歩進んで委員会は、当事国が移住労働者労働組合の法的な地位を認めた高等法院の判決に従うことを勧告する」とし、 「委員会は当事国が国連のすべての移住労働者とその家族の権利保護に関する国際協約の署名と批准を考慮することを推奨する」とも勧告した。

2010年10月にILOは 「委員会は正規的状況[登録労働者]であろうが、非正規的状況[未登録労働者]であろうが、結社の自由原則にしたがって、 すべての移住労働者の結社の自由と団体交渉の基本的権利を完全に保障し、保護できるように、 政府が関連の社会的パートナーと共に完全な協議の中で移住労働者の地位に関する状況を深層的に検討することと、 移住労働者が直面する問題に対する交渉による解決策を見出す手段として、 関連社会的パートナーとの対話を最優先順位に置くことをまた要請する。 委員会はこの点について進められた進展事項を継続して知らせてくれることを要請する」と勧告した。 移住労組認定と狙い撃ち弾圧中断についても、ILOは何回も勧告している。

2012年、国家人権委員会は「移住人権ガイドライン」を発行し、 移住労働者をはじめ移住の諸領域で守るべき内容を明らかにし、 2011年には△外国人労働者(勤労者)の事業場変更事由拡大、 △熟練外国人労働者(勤労者)の再雇用と安定的生活基盤構築のための手続き用意を検討、 △外国人労働者雇用事業場に対する管理監督強化、 △外国人労働者退職金と賃金支給保障のための保険制度改善および関連事項に対する多国語案内情報強化することを勧告した。

これらの勧告は実現されていない。 移住労働者の運動、移住労働者と連帯する労働運動、進歩運動の力に後押しされなければ、政府がこれを受け入れるはずがない。 この十数年間、移住労働者運動陣営は多くの闘争により権利を改善した側面も多く、 きちんと対応できずに改悪を防げなかったことも多い。 雇用許可制10年を迎える今、運動陣営は過去と違い、「雇用許可制廃止」に合意しており、最近は4大宗団、移住、人権組織も「奴隷許可制」として廃止を強く要求している。 10年で終わらせなければならないが、すぐに廃止できなくても、 われわれは絶えず移住労働者の声を表出し、行動で糾弾し、代案を要求する。 8月17日2時、民主労総教育院で「移住政策フォーラム」の主催で 「移住労働者差別と無権利の雇用許可制10年を語る」という題名の雇用許可制評価大会もその一環だ。 移住労働者運動に参加して連帯する人々がさらに増え、 移住労働者の力をさらに強めることを希望する。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2014-08-15 02:01:43 / Last modified on 2014-08-15 02:01:44 Copyright: Default

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