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MBの感性統治を肯定しない[人権オルム]李明博の「ウォナンソリ」観覧で起きた議論と悩み
金イルスク/ 2009年02月25日13時50分
李明博1年。地球が太陽をひと回りする距離ほどに、人々は鬱憤を晴らさなけれ ばならず、キャンドル集会、路上デモ、記者会見、討論の場を飛び回り、軌道 から外れた民主主義を守るために全力をふり絞らずをえなかった。しかしその 努力の成果は見えないまま真空状態に留まり、民主主義に対する表現の自由は 破片になり、空中分解した。 政権の危機、感性の統治 だから李明博政権1年の評価で政府の政策に対する人々の信頼が高いことはなく、 今後の国政運営がうまくいくという期待も悲観的にならざるをえない。墜落す る政権は不信を克服しようとする反転シナリオを企画したのだろうか? 文化体 育観光部のユ・インチョン長官は「官営」放送に変質しているKBSに政府政策を 広報しようと「バラエティーショー」を編成、名付けて「アイディア王! 世の 中を変える(仮題)」という番組を放送する計画だった。そして李明博大統領は 突然、夫人とともに最近話題のドキュメンタリー〈ウォナンソリ〉を見に映画 館までお出ましになった。 またニューライト全国連合は自分たちの口で「左派」と言って非難した進歩指 向の市民社会団体が提案した「言論法関連社会的合意機構」の構成に参加し、 「病気にかかった言論」を少なくとも治癒するための一助となるという。特別 記者会見や対国民談話で「私はいい人だ」といつも騒いでみても、国民がびく ともしないので次の1年は感性に訴えて国政刷新をたくらむ胸算用だ。ところが 残念なことは人々が意図せず政権の「ショー」に賛同するという事件が起きた ことだ。 独立映画の成果と韓独協の危機 現在、韓国独立映画協会(以下韓独協)のホームページ掲示板には李明博大統領 夫婦が映画〈ウォナンソリ〉の観覧に韓独協中央運営委員会が参加したことを めぐり、論争が続いている。その意見の軸はこうだ。 一方では映画の人気を機会として、李明博政権での独立映画の危機と価値を社 会に知らせ、危険になっている独立映画の国家財政支援を安定させるなど、組 織の成果や実利のためには李明博大統領と握手をしてもいいという意見だ。他 方では、独立映画のアイデンティティと運動の原則を守るには、悪行を犯した 李明博大統領との握手という戦術的なジェスチャーも容認できず、そのような 組織次元の政治的な動きをする前に、組織の内部でもっと慎重な議論があって しかるべきだったという意見だ。 もちろん、実利を求めようと主張する人たちが独立映画の運動原則を否定した わけではないだろう。しかし私が会った数人の監督と活動家は、組織の成果を あげるという、あるいはあげなければならないという焦りから行われた韓独協 の政治的な動きに失望したあげく、深い背信と虚脱感で苦しんだ。今、韓独協 の組織内外で、独立映画のアイデンティティや運動の原則に言及されており、 真摯な論議の場が必要だ。 個人的に答を求めたいのは、独立映画がどんな理由で「成果」や「実利」を最 優先に崇めているかのという点だ。昨年7月、映画振興委員会のカン・ハンソプ 委員長は、「ホームランを打つホームラン打者がホームランを打つ」とし、ホー ムラン打者の次期作を積極的に支援しろというユ・インチョン長官の助言を強 調した。支援で選択と集中に固執し、「成果」を重視した。韓独協の「成果」 と何が違うのか? 映振委が期待するホームラン打者とは違って、今回の興行事例は独立ディレク ターが独立映画監督としてデビュー(代打?)し、独立映画のグラウンドで満塁ホー ムランを打った大逆転勝利の快挙だ。作品性と興行性を認められ、独立映画の 価値を全国に知らせ、独立映画への国家支援政策の修正補完まで約束された。 成果と言えば成果だ。だからこの機会に独立映画の滑走路(?)を夢見ているよう だ。しかし、まさに韓独協は内部対立で困惑している。愛情を持つ周辺の人た ちが集中する部分だ。 韓独協が映画の独立性と文化の多様性を重視すると言っても、組織の「成果」 を最優先させれば、その組織の少数意見を無視したり無視するほかはない構造 を再生産することになる。しかし組織の目的が公益のためなら、組織内の意見 の違いと対立を調整して解決することが「成果」より優先されなければならな いだろう。そうしてこそ独立映画の本当の成果になるはずだ。 李明博の調子に乗せられないようにするには 李明博1年は喪失と守護を占う激しい戦いの連続だった。その上、奪われるもの がある人々は、持っているものを取られないように昼夜、実利を問い詰めなけ ればならなかった。それも本当に苦しい戦いだっただろう。しかしもう奪われ ることがない、または何も持っていない人々は当然守るべき原則を問い詰める。 それが残された唯一のものだからだ。 今年のはじめに見せたように、李明博政権は今年はずっと感性統治を試みるか もしれない。MBのシナリオを想像してみよう。ラジオ、テレビ、ドキュメンタ リーを順に経て行ったので、春になれば柔らかいアニメーションの主人公キャ ラクターと遭遇するかもしれない。家族の季節5月にはソウル広場で対国民 「ショー」を企画する? おそらく26年ぶりにTVに戻った国民的キャラクター「赤ん坊恐竜ドリー」を攻 略するかもしれない。李明博大統領は(もしではあってもドリーに申し訳ない) 不良漫画から国民的キャラクターに浮上したドリーのイメージを自分の娘だと 強弁するかもしれない。ドリーを自分のそばに立て「私も本来は漫画が好きだっ ただが」と昔話をしながら「孤独なドリー」はずっと以前から好きだった「可 愛い私の友人」だと言って尻を振る律動をして市民に手を振る。 だから心の準備をしておこう。一緒に尻は振らないと。その調子には乗らない と。そして突然な出逢いのときのセリフを準備しよう。「2MB OUTをご存知です か?」 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2009-03-03 08:31:38 / Last modified on 2009-03-03 08:31:40 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ | |