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メディア公共性実践代案の糸口を捕むメディア行動ワークショップ、「社会化」としてのメディア運動の意味を拡張
ユ・ヨンジュ記者
www.yyjoo.net / 2008年04月21日8時35分
誰もが認める言葉は変化の力を持てない。威嚇にならないコンテンツは現実の 変化に役立たない。そして変化は概して見慣れないものの出現と、受け入れか ら始まる。 李明博政府の私有化の嵐がメディア分野でも吹き荒れる今、メディア運動の変 化の悩みはどの程度であろうか。だれもが認めるメディア公共性、これは今日 のメディア運動の正当性を保証するように認識される。しかし特に力を持つこ とができない。メディア公共性の皮を一枚はがせば、境遇により便利に解釈さ れたり、抽象水準に留まる用語だという事実も確認される。 4月18-19日MBC文化ドンサンで『言論私有化阻止およびメディア公共性拡大のた めの社会行動』(メディア行動)ワークショップが開かれた。何よりもメディア の公共性を理解するさまざまな考えがよく確認されたという点で肯定的に評価 される。誰もが語るメディア公共性だが、事実、今までしっかり定義する主体 はなかった。したがって今回のワークショップは幅広いメディア運動陣営が一 つの席に集まり、メディア公共性を討論する席になったという点で意味が大き い。親しみがうすくなじまない話の中にメディア公共性、その実践の具体性に 接近する糸口も伺えた。
キム・ジヒョン:公営-民営-公共メディア、規制を一元化して、振興を三元化せよ キム・ジヒョン活動家の問題提起に耳目が集まった。ミディアクトのキム・ジ ヒョン活動家はこの日のワークショップで『融合機構改編の原則に対する提案』 をブリーフィングした。数人の活動家が放送通信融合TFで蓄積してきた成果だ。 まず融合環境でのメディア公共性の価値とメディア領域の分類および概念を整 理する。 キム・ジヒョン活動家は融合機構の最高政策目標を公共的システムの整備とコ ミュニケーションの権利の保障にまとめ、4つの指向価値と5つのコミュニケー ションの権利を仮設として提示する。 4つの指向価値は、民主主義の拡張という最高の指向価値とその実現のための下 位指向価値として、普遍的接近、市民の自律的参加、多様性の原理に要約され る。5つのコミュニケーション権利では、表現の自由、知る権利、文化的権利、 プライバシー、メディア リテラシーを選んだ。キム・ジヒョン活動家が提示し たこのような仮設は、メディア公共性の価値を具体化するものとして注目され るが、既存の言論改革運動の文脈からは多少なじみがうすくて見慣れない概念 と受け入れられるべき程である。 キム・ジヒョン活動家はメディア領域分類で、公営-民営-公共メディアの3つの 基礎領域を設定する。公営-民営の伝統的な区分やネットワーク-プラットホー ム-コンテンツという水平的な規制方式、放送-私的通信-融合メディアという垂 直的な規制方式など、既存のメディア政策区分が利用者のコミュニケーション 参加および下からのコミュニケーション構造を副次的なものにしているという 限界を指摘する。しかし今、公共的指向とコミュニケーションの権利の保障と いう最上位の政策目標を各領域で新しいメディア政策のカテゴリとして想定す べきだと主張し、公営-民営-公共メディアの政策課題を提示する。 キム・ジヒョン活動家の分類によれば、公営メディア(地上波放送および公的支 援を受けるプラットホームとネットワーク、コンテンツで営利にとらわれずに 公共サービスの提供を目的とするメディア)は代議制的メディアシステムで、 民営メディアは企業所有を根幹とする商業メディア領域であり営利を優先する メディアであり、公共メディア(下からの参加、自律的コミュニケーション構造 を包括する概念であり利用者および非営利的コンテンツ生産主体およびプラッ トホームの活性化を指摘)は直接民主主義システムと定義される。公営メディ アと公共メディアが社会文化的価値を優先する領域だとすれば、民営メディア は産業的価値を優先する領域という説明だ。 キム・ジヒョン活動家は公営-民営-公共メディアに対するこのような概念設定 により、それぞれのメディアに対する振興と規制の問題に言及する。規制は一 元化して、振興は三元化しなければならないと主張する。 規制の主な機能は市場規制と資源管理規制および公共メディア領域振興のため の規制だ。振興は各領域別政策的目標と方法論により三元化しなければならな いという立場だ。特に公共メディア振興部門に対して、●社会文化的価値に相 対的な優先順位、○非営利参加的コミュニケーションシステムの活性化、●利 用者および非営利的コンテンツ生産主体の自己表現と参加を保障するネットワー ク、コンテンツおよびプラットホームの活性化、●公論の場の拡張、各種コミュ ニケーションの権利の保障などを目標にすると明らかにする。 キム・ジヒョン活動家は仮設、分類と概念、規制と振興に対する提案からメディ ア融合環境の中でのメディアの公共的性格を強調し、社会構成員による下から の参加を通した公共メディアの活性化を提案する。これはこれまでの公営放送 と民営放送の公共性ないし公益的側面と、言論・放送改革の課題を中心に設定 されたフレームの良質な拡張を意味する。しかし公共メディアのこうした概念 設定にもかかわらず、公営メディアの公共的性格との境界が重層的である上に、 公共メディア構築のための実践としての議題設定と実現経路が具体的でないと いう指摘が提起される。放送通信融合機構改編をめぐる規制と振興を検討する ところから来る制限された議論の限界と解説することができる。
ファン・ギュマン:情報通信運動の延長としてメディア公共性3つの議題を提示 キム・ジヒョン活動家の問題意識と比較して、進歩ネットワークセンターのファ ン・ギュマン活動家の『放送通信融合そしてメディア公共性をめぐる情報通信 運動の戦略と悩み』は公共性の議題を直接に提案していて興味深い。 ファン・ギュマン活動家はまずこの数年間、すべてのメディアと同じく、イン ターネットも急速に体制内(民族国家と新自由主義的市場秩序)に編入される過 程を経たと見る。国家の社会統制戦略でもあるが、内容的にはインターネット を含む通信資本の寡占的発展と新自由主義右派での政治権力の再編という政治、 経済的な運動過程と軌を一つにするという指摘だ。 ファン・ギュマン活動家は90年代までは1:1通信を担当する有線通信網が、KTを はじめとする公企業の独占で建設、管理されたが、インターネット通信網は民 間資本の主導でなされたという点に注目する。ここから通信網の伝統的な公共 性が有効な競争モデルと普遍的な接近という2つの議題に限定されるという点と、 コンテンツとプラットホーム市場の歪曲と失敗を制御できない点を掘り起こす。 したがって民間資本が主導する網を基盤とするIPTVと通信資本の放送市場掌握 は、資本主導のコンテンツと談論の歪曲を深めると見通した。 ファン・ギュマン活動家はこの大きな課題でメディア運動陣営がメディア行動 に集まるべき理由を力説する。ファン・ギュマン活動家は放送通信融合機構の 設立が傾向的に資本の性格の変化とこれによる通信と放送を合わせる単一な国 家の介入の枠組み(振興と審議/規制モデル)の構築を意味するが、一方では放送 の公共性と通信に発展させた参加的で共同体的な公共性の議題の制度的・文化 的な融合を意味することもできるとみる。これらの問題が現実の運動で多様な 政治勢力および階級闘争の結果に反映されるという説明だ。 キム・ジヒョン活動家が融合機構の再編をめぐって公営-民営-公共メディアの 規制と振興政策に対する問題意識を発展させたとすれば、ファン・ギュマン活 動家は資本主導の融合環境の中で現実運動の発展に照応するメディア公共性の 問題を拠論したという点でニュアンスが異なる。もちろん実践的な含意から見 れば、二つとも重要な提案と受け入れられる。 ファン・ギュマン活動家はさらに進んで共に考えるべき3つの公共性の議題を投 げ、注目される。 一つは網とプラットホームでの公共性の役割確定だ。ファン・ギュマン活動家 は、民間資本により構築された網を国家所有に転換することは不可能かもしれ ないが、民衆参加的なメディアの公共的な役割が網を所有するかどうかではな く、インターネットプロトコルの開放性に基づくことが大きいと見る。これか らIPTVなど融合メディアサービスもこうした開放性を保障すべきだと主張する。 網の中立性の保障と開放指向のプロトコルとプラットホーム標準を用意して、 融合サービスに市民社会の直接参加ができるように国家の資源を活用する必要 があると付け加える。 ファン・ギュマン活動家が提案した二つ目の公共性の議題は、資本によるコン テンツ生産と流通網の独占による談論歪曲問題の牽制、そして公共的なコンテ ンツの振興だ。これに関して知的財産権の強化がメディア資本の独占的生産シ ステムとは無関係ではないと指摘し、コンテンツ生産と流通全般にわたる公共 性確保の一環として代案ライセンスの採択とアーカイブサービスを提起する。 また、表現の自由と個人情報保護をあげる。コンテンツの審議と規制の論争に おいて、少数者の権利と表現の自由、これを通じた多様性の拡大と利用者参加 を保証することを優先すべきだと強調し、この点では現在のIPTV法と施行令の 水準が非常に弱いと指摘する。IP基盤のIPTVは、視聴者の身元をリアルタイム で確認する事実上の監視システムの機能を持っており、審議と規制強化をすべ てのメディアに拡張することに警戒しなければならない。また融合メディアサー ビスが個人情報の取得、保存の範囲に対する制限と管理責任に対する程度を高 め、強制する規制を議論しなければならないという提案だ。 課題:下からの参加と統制としてのメディア公共性、『社会化』の意味を導出せよ メディア行動のムン・ヒョソン執行委員長は、『メディア行動の展望と課題』 という発表で、李明博政府の私有化政策によるメディア環境の歪曲に警鐘を鳴 らした。 公正取引委員会の新聞告示規制緩和発表、放送通信委員会の非公開初会議、 ニューライト放送通信政策センターの設立、放送通信審議委設立法での人権侵 害の余地など、一連の事態を問題にする中で、規制緩和→資本親和→私有化→ 世論独占という悪循環の輪がメディア公共性の危機を深めると指摘した。 このように韓米FTA交渉での放送開放の脈絡の延長で、李明博政府の放送通信政 策が私有化を促進する憂慮が高まる中で、メディア公共性拡大のためのメディ ア運動の悩みと危機感も比例して大きくなる。これは今回のワークショップに 参加した60余人の参加者の面々からも確認される。ワークショップ参加者は、 言論改革運動陣営から視聴者団体、現業団体、そして独立メディア運動と情報 通信運動団体まで網羅する構成を見せる。 たとえば同席したチェ・ムンスン統合民主党比例議員は、総選挙の結果、改革 勢力が壊滅し、院内で個人的に打ち解けて話せる議員が数人に過ぎず、国会活 動中ずっと外部のメディア運動陣営との連帯に重きをおくほかはない状況だと 吐露した。 このように李明博政府のメディア私有化政策に反対するという幅広い共通の地 盤が確認される中で、これまでのメディア運動の成果と限界を評価してメディ アの公共性の代案を用意しなければならないという切迫感がメディア活動家の 結集を強いたと分析される。 ところが私有化反対は重要だが、反対そのものが代案ではないという点で、こ れまでのメディア行動の実践は防御的であり、その限界が明確だったという評 価が支配的だ。これはメディア運動陣営全体が放送・言論改革運動と韓米FTA視 聴覚メディア共対委の活動の後よりも急進的な代案用意に力を傾けることがで きないうえ、メディア行動も2月29日の業務引継ぎ委員会の放送通信言論政策が 伝えられた時点であまりにも緊急に組織されたことに起因するという指摘だ。
幸い少しずつ解決の糸口が見られる。全国メディア運動ネットワークのホギョ ン活動家は、『違いを確認して一緒にする理由と方法を探すために』を問題提 起しながら、今オルタナティブ・メディア運動がどこに注目しなければならな いのかを提示する。引用すると.. 代案社会のイメージがどうであれ、これを作る過程で『下からの参加が保証さ れる実質的で民主的な疎通方式・意志決定構造・合意方式』は必須条件であり、 これは『地域内の民主的・参加的な意志決定構造と、それによる全国的な意志 決定構造』として別に表現できるだろう。地域と現場で共同体のコミュニケー ションの権利を確保しながら、共同体および共同体構成員のエンパワーメント を目標にする。.. キム・ジヒョン活動家は、放送と通信の融合における、メディアに対する規制 と振興を提起し、ファン・ギュマン活動家は国家と資本主導のメディア環境で コンテンツ、プロトコル、プラットホームなどにおける参加と共同体的公共性 の確保が重要だと言及した地点が共に出会う部分だ。メディアのさまざまな構 成要素に介入、参加して統制する下からの代案課題を考える中で、地域と現場 の具体的なメディア行動が必要だという問題提起だ。 ホギョン活動家は『すぐ一緒にできること』として、●共同の政策・理論研究 と生産、●問題を中心とする共同行動、●地域を中心とする共同行動を通して、 境界を越えるなどの課題を提示する。公共メディア研究所の研究過程に参加す る問題や社会的問題に対する共同のコンテンツ生産と流通などの活動をあげる。 政治的な問題と政策的対応次元の代案が重要だが、社会構成員の下からのメディ ア参加の活性化と資本主導のメディア統制の契機を用意する持続可能な運動の 具現が重要だと読める。社会運営原理としての公共性は、人民の参加と統制を 通した日常生活の体現であり、コミュニケーションの権利を扱うメディア領域 ではさらに強調される徳目に違いない。 そうした点でメディアの公共性という議題は、より根本的な方向、つまり朝鮮、 中央、東亜日報を主な敵とみなして反対する実践や、李明博政府の私有化推進 に関するさまざまな問題に反対する行動に留まるのではなく、さらに一歩進ん でメディアの『社会化』(socialization)その地平を開くことでなければならな いという教訓だ。 討論の過程で公共メディア研究所のチョン・ギュチャン所長は哲学と談論、理 論の戦いが必要だが、実際には談論ではない掛け声が横行し、戦略のない戦術 対応だけなのが残念だと訴える。今までの哲学と理念を反省して、ここで強く 出ようという組織があまりないとし、時代が緊迫しているのに怠惰だと自分に むちを打つ。ジャーナリズムの強化とジャーナリズム的な構想を通して、何か が可能ではないかと付け加える。 翻訳/文責:安田(ゆ)
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