| 韓国:労働者の連帯.. ついにストライキ勝利 | |
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労働者の連帯.. ついにストライキ勝利レークサイド317日ストライキ 勝利の秘訣を聞く オドヨプ記者 odol@jinbo.net / 2006年09月04日14時16分 ストライキ317日目。レークサイドCCの長いストライキは8月23日に暫定合意案 を作り、28日の調印式で終わった。多くの記憶があふれる。
用役警備の無慈悲な暴力、見る人々が号泣した断髪式、警察の正門封鎖を突破 してゴルフ場進入に成功、破かれたテント座込み場、薬品で失明の危機に置か れた連帯闘争支援のオリオン電気労働者、そして委員長拘束後に職務代行を引 き受け、ストライキを指導したチャンボグム事務長の目。 317日の記憶 今すべてのことは笑って迎えられる。もちろん胸に刻まれたしこりが消えるの にはさらに多くの時間が必要だろう。 8月28日に労使合意書調印式を終わらせたという携帯電話携帯メールを受け取 り、しばらく連絡をしなかった。当然、家でこれまでの疲労を休めているだろ うと思った。もちろん予想ははずれた。チャンボグム事務長とのインタビュー 時間を取ることも大変だった。休むことなく他の事業場の支援に通っていた。 「忙しく歩き回っています。ストライキ勝利がわれわれ組合員の力だけではあ りません。地域、業種を離れて、支援してくれた労働者がいけなれば不可能だっ たでしょう」とし、「9月11日の業務復帰前までに他の闘争事業場の支援に行っ ている」と近況を話す。 今回の労使合意案を見ると残念な部分がある。317日、殴られて、拘束されて、 野宿をして、飢えながら得たものがせいぜいこれなのかという言葉も出るかも しれない。だがレークサイドCCの労働組合が守られただけでも大きな意味があ る。 労組認定が大きな成果 「労組を認められたことが最も大きな成果です。また317日間闘い、23人の組 合員に1人の落伍者もなく業務に復帰したことよりうれしいことはありません」。 とても平凡な要求で、とても長い間労働組合は戦った。5月にチャンボグム事 務長は民衆言論チャムセサンとのインタビューで、「とても残念です。われわ れは何かすごい改善をしてくれと言っているのではありません。あちこち顔色 をうかがわず気楽に働ける職場がほしかったのです。雇用安定が私たちの要求 です」といった。 レークサイドCCは、法廷にまで行った兄弟間の経営権争いで、職員の雇用が不 安になる。どちらかの側につくことを強要される。電算室に勤めるキムドヨン 氏が現社長の命令を破って、前社長側に立ったという理由で解雇される。
「兄弟双方が動員した外注が社長室はもちろん、経理、総務、電算室事務室の 前に陣を敷いて、互いに殴り合いをして大騒ぎでした。まじめに仕事さえすれ ばいいわけではありませんでした。あちこち顔色を見て肩身の狭い生活をしな ければならず、職員が犠牲になって不当解雇されました」。 当然の要求がストライキを呼ぶ 8月2日、雇用の保証は労働者の団結だと考えた職員は労働組合を作る。だが、 会社が労働組合に与えたのは不信だけだった。労働組合は交渉を要求するが、 経営陣はさまざまな口実をつけて交渉を遅らせた。組合事務室まで作らせず、 労組を無視する。11回の交渉では労使を認めて問題を解決する方向に行かず、 不信を育てた。 2005年10月16日、労働組合はストライキに入る。そして317日が過ぎた。スト ライキの内容は、労働組合を認めて雇用安定を保証しろという内容だ。ゆっく りとした気持ちでまじめに働きたいという要求が、317日のストライキを率い た闘士にした。 レークサイドCCのストライキ勝利の力は連帯闘争にある。チャンボグム事務長 は、7月10日の正門進撃闘争を忘れられない。「静かな谷間にあるレークサイ ドに多くの労働者が駆け付けました。自分のことのように『必ずけりをつける』 と駆け付けてくれました。今回終わらせなければ帰らないと言って駆け付けて くれました。目に薬品をかけられ、失明の危機をむかえながら、多くの連帯労 働者が用役警備に殴られながら戦ってくれました。駆け付けてくれた労働者の 顔は、一生忘れられません」。 317日、連帯の力がなければすでに退いていたという。疲れてつらい時、何の 条件もなく駆け付けてくれた労働者の顔に力を得て戦うことができたという。 労働者の連帯がストライキを勝利させ、人を変えて世の中を変える力だという ことを悟った。 労働者を悟った連帯 「組合を作ってストライキをするまでは、私は労働者とも思わずに暮してきま した。初めて労働組合を作った時も、われわれの事業場問題以外は見えません でした。317日間戦い、私が労働者だということを悟りました。業務復帰より もさらに大切なものを得たのです」。
キムチを漬け、コメを持ってきて、組合員より前に立って殴られながら戦う労 働者を見て、大切なことを得ることができて幸せだというチャンボグム事務長 の喉が震える。 「1年前に戻ります。組合が認められ、全員が業務に復帰したので。これから が労働組合活動の始まりでしょう。仕事もまじめにやって、組合活動もまじめ にやります。きちんとやらなければならないという負担感が大きいです」。 着実に連帯支援に行く 組合員たちは、業務復帰まで闘争事業場の支援とともに、これまでのストライ キ闘争を評価する時間をかけている。忘れられない内容は、業務復帰後も、 できる限り最大限連帯支援をするということだ。 「業務に復帰しても闘争する事業場があれば、どこにでも駆け付けて連帯する でしょう」。 インタビューを終えた後、7月12日の明け方が浮び上がる。豪雨の日、東亜日 報前の地下道に立っていたチャンボグム事務長の顔。長期闘争事業場東亜日報 一民美術館屋上占拠にレークサイドではチャンボグム事務長だけが参加した。 委員長職務代行でありながら、拘束を甘受して連帯闘争に参加した心が理解で きた。 労使合意書 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2006-09-05 06:53:59 / Last modified on 2006-09-05 06:53:59 Copyright: Default このフォルダのファイル一覧 | 上の階層へ | |