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インターン教師制? これは教員の民営化だ!

[寄稿]教師を評価する校長の手下に転落

チンニャン(大邱学生人権連帯) 2014.01.15 14:19

ウ・ドンギ大邱教育監が2014学年度から全国で初めて新しいインターン教師制を施行すると発表した。三行で要約するとこうだ。

  1. 必要な教員数の2倍を任用告示で選ぶ。
  2. 任用告示で選ばれた人には正規の任用ではなく全員インターン教師の地位を付与する。
  3. 一学期以上の無給与教育寄付奉仕活動をした後に評価し、適格者だけを教員に任用する。

これは、実質的に教員の新規任用を完全非正規職化するという意味と見られる。 大邱市教育庁では、教員非適格者をふるい落とし、さらに専門性を持つ人員を 教員に採用する制度で、一学期以上のインターン過程は新規の教師が学校現場 に配置された時、試行錯誤を減らして現場への適合度を上げる効果があると 主張する。ちょっと聞くととても肯定的だ。新規任用3年間は教師の「生存期」 と呼ばれる程、教員自身にも苛酷な時期で、長い間、新規教師の現場適合度を 上げなければならないという指摘があった。だが重要なポイントが抜けている。 その負担は果たして誰が負うのか?

いつからか「甲」は「乙」に採用前に対し、すでに完全に準備されていること を要求し始めた。採用と同時に100%以上仕事ができるように、雇用される人が すべての準備をしなければならなかった。求職者は語学試験と資格証明など、 あらゆるスペックで武装して、いつでもすぐ働けると立証しなければならず、 多くの事業体を対象に同時に求職活動をする時は、それぞれに対して「連携型 人材」であることを見せなければならない。一度も貿易会社で働いたことは ないが、あらゆる情報と業務処理に通じていて、入社した月から大きな契約を 取る万全の準備ができた人。そんな人を事業主は自由に選べば良いのだ。 「甲」は何の費用も負担する必要はない。

その上、国家の重要な政策で公的サービスの教育も同じだ。教育の質的管理が 国家の責任であると国家水準教育課程に明示されているが、国家は、そして各 教育庁と教育監は、教育の質的管理についてどんな責任を取っているのか。今 も教育大の学生たちは、あらゆる資格証明や語学試験、任用予備校など私教育 で、公教育の教師として養成されている。生け花の資格証明が中高倫理教科の 教員試験で加算点になるとし、生け花資格ブームが吹いたり、全科目をすべて 勉強しなければならない教育大の学生は基本的に美術学校、ピアノ学校、英語 学校に通う。任用予備校の受講料は1か月30万ウォンを越える。そして断言する が、予備校の講義を聞かずに教員任用に備える人は1割にもならないだろう。

これは、国家と教育庁が、教員の養成課程を完全に民営化(産業化)したことを 意味することでもある。また、同時にインターン教師制の根拠に打ち出した 『新規教師の低い現場適合度』が何に基づく問題なのかがわかる。現在の教師 採用の過程は教育現場からかけ離れている。国家や教育庁が教員養成、および 採用の過程に関係することも、疎通することも、共同で発展を試みようとも しない。ただの金儲け市場。それが韓国教員の養成課程だ。

インターン教師制が教員を非正規職化し、高い競争率の試験を2次まで行わなけ ればならない現在の任用体制を実質的に3次試験に変形させ、任用準備生の対立 を極端的に深めることは、とても深刻な問題だ。また無給でインターン教師の 労働力を搾取して、教育寄付奉仕活動とは言いながら、結局評価権者である 校長の手下として、職場生活の序盤から飼いならす反労働的な政策だという点は、 ぜひともインターン教師制を阻止すべき理由を明確にしてくれる。

これに加え、インターン教師制はすでに商業化、民営化された韓国の教員養成 の責任から国家と大邱市教育庁をさらに自由にするだろう。国家の制度である 教育の質は教員が責任を取るべきなのか、国家と地方自治体が責任を取るべき なのか? ウ・ドンギ大邱教育監は、市民が払う教育税を受け取りながら、 こうして責任を放棄するとは嘆かわしい。

教員養成が完全に民営化されている米国などの事例で、教員の質はよく問題視 されたりする。韓国はどんな国家よりも教育熱が高く、教員の質に関心が高い 国家でもある。大邱の学生、大邱の市民は考えてほしい。4年中ずっと予備校で 私教育を受けることに飛び回り、任用試験を通過した後は、無報酬で学校長の 手足になって半年以上働いた後に教員に任用された教師が、より現場適合度が 高く、さらに専門的な教師になると予想できるのかを。大邱市教育庁は、教師 の採用過程を革新するために、制度改善をしっかり聞いていれば、少なくとも 市民の教育税に恥じない選択をするべきだった。必要な教員数の2倍に試験を受 けさせ、試験の費用を二倍に増やし、それで選んだ人は教員として使わず正体 不明の奉仕活動をさせて、思うままにして教員の専門性は個人が自分で向上 させるという教育庁とは。これは金は受けとっても仕事はしないという態度 というものだ。

原文(チャムセサン)

翻訳/文責:安田(ゆ)
著作物の利用は、原著作物の規定により情報共有ライセンスバージョン2:営利利用不可仮訳 )に従います。


Created byStaff. Created on 2014-01-16 12:46:48 / Last modified on 2014-01-16 12:46:48 Copyright: Default

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