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セウォル号とソングキョン、そして「自力救済」の悲劇[記者コラム]悲劇をもうひとつの搾取の機会にする人々に対抗して「一緒に暮らそう」
ハ・グムチョル記者 2014.04.29 10:46
隣国の日本は経済力に比べ、社会安全網が不十分なことで有名だ。 それでしばしば日本を「すべり台社会」と呼ぶ。 一度経済的な失敗をすれば、二度と再起できない程に滑り落ち、社会の底辺まで落ちるということだ。 では韓国はどうか? 先日の松坡三母娘自殺事件に接し、多くの人が韓国を「断崖社会」と呼んだ。 一度落伍すれば転落し、それで終わりだというわけだ。 すべり台よりはるかに残酷だ。
▲沈没したセウォル号[出処:JTBC画面キャプチャー] 偶然か必然かは分からないが、韓国社会が本当に「断崖社会」だという事実を象徴的に示す事件がセウォル号惨事だ。 セウォル号は断崖のように、本当に90度に傾いて水中に沈んだ。 海上警察は初期の救助者集計さえ何度も誤りを出して不明者の家族を混乱に陥れ、バージ船、ヘリコプターなどの国家的資源を投入しても、何もできず時間ばかり浪費して初期対応に失敗した。 その間、海上警察は清海鎮海運と契約を結んだ潜水業者が事実上、海を掌握することを放置して、不明者の家族から事実上、救助を諦めたのではないかと怨まれた。 結局、百数十人の高校生がわけも分からないまま、海の中に「落ちて」命を失い、若い命が失われた。 この事件に接した人々に最も衝撃を与える事実は、学生たちが「船室で待機しろ」という船長の案内放送を「信じた」ことで死んだということだ。 またその後の救助過程でも「共通の規則」とされるものがすべて崩れた。 信頼できる「共通の規則」が崩れるということは、一種の心理的災難を抱かせる。 これはまさに「規則、そしてそれを作った国家を信じれば死ぬ」という、教訓ならぬ教訓を国民に刻みつける。 規則と国家を信じないのなら、信じられるのは「自分自身」しかない。 つまり「自力救済だけが生きる道」という結論になる。 私たちを恐怖に震えさせる災害の恐怖を自力救済で克服するということは、結局、金で解決するということだ。 規則と国家システムが信頼できるぐらいうまく作動していれば、あえて国民は金を払わなくても自分の安全が保証される。 しかし今、その信頼がこわれてしまった。 自分と家族の安全のためには、金をかけて民間保険に加入しなければならず、家の前にCCTVを付けなければならない。 あるいはこれは大災害の前で資本権力が望む事だったのかもしれない。 セウォル号事件が起きるとすぐ、マスコミ各社がいっせいに遺族が受け取る死亡保険金を計算して詳細に案内したのも無駄ではなかったのだろう。 彼らはおそらく、こんなメッセージを伝えたかっただろう。 「公的システムを信じるな。自分を助けられるのは自分しかいない。だからあらかじめ保険に加入しておけ。」 だからセウォル号惨事の恐ろしさは思ったよりも長く続くだろう。 崩壊した公的システムが大々的な革新により、人々の信頼を回復できなければ、人々はそれぞれが孤立した「安全の聖体」に自らを閉じこもり、不安に基づいてかたまったある人は、他者に対する憎しみを基礎とする「鍵がかけられた社会(gated society)」を形成するようになる。 「社会」と呼ぶのも難しいこの「鍵がかけられた社会」は、信頼ではなく憎しみを基礎に形成されるので、それ以前よりもはるかに強い進入障壁が作られる。 一人では危険に対処する能力が足りず、そのためさらに危険に露出しやすい人々は徹底して排除される。 そしてこうした欠乏を相殺できる金もなければ完璧に「幽霊」扱いされる。
▲活動補助サービスを受けられず火災により家で死んだソン・グキョン(障害3級)氏を追慕する行列. 先日、活動補助サービスも受けられず一人でいて火災で死んだ重症障害者のソン・グキョン氏(53)は、この時代の代表的な「幽霊」だ。 彼は一人では日常生活が難しい程の重症障害者だったが、「障害3級」だという理由で活動補助サービスを申請する資格もなかった。 施設で27年間暮らしていたため、金もバックもなかった。 それでも社会の公的システムは、彼のためには作動しなかった。 彼は結局、火炎が赤々と燃える「断崖」に追いやられ、「自力救済」の力がなくて死ななければならなかった。 あるいは資本権力は「これでも国家か?」という国民の絶叫を微笑まじりで見ているのかもしれない。 歴史的に資本権力は、災難と恐怖をさらに多くの搾取のための機会として成長してきたので、こんな考えも根拠のない憶測ではないだろう。 今後、災難は無力で貧しい人々だけを「選んで殺す」方式で近づいてくるだろう。 だからソン・グキョン氏の死は、セウォル号惨事以後、われわれが出会うことになる悲劇的な社会像の「すでに到来した未来」だ。 われわれは、貴い命の死の前に哀悼しつつ、これをしっかり直視しなければならない。 そしてこの哀悼の中に「一緒に暮らそう」というスローガンを今一度胸に刻まなければならない。 「自力救済」というすでに到来した未来、すでに到来した悲劇に対抗しなければならない。 付記
ハ・グムチョル記者はビーマイナーの記者です。この記事はビーマイナーにも掲載されます。チャムセサンは筆者が直接書いた文に限り同時掲載を許容します。 翻訳/文責:安田(ゆ)
Created byStaff. Created on 2014-04-29 21:54:24 / Last modified on 2014-04-29 21:54:24 Copyright: Default 世界のニュース | 韓国のニュース | 上の階層へ | |