毎木曜掲載・第408回（2025/10/23）

教師はもっと怒っていい?!

『教員の「働き方改革」はなぜ進まないのか〜教育・教員の特殊性をふまえた改革提言』（高橋哲編、日本評論社）評者：志水博子

　学校が窒息状態だ。厚労省が10月24日に公表した‘25年版「自殺対策白書」によると、小学生から高校生の自殺者は529人と過去最多。不登校は、文部科学省の‘25年度調査によると、小中学で34万6,482人、11年連続で増加し続けている。一方、教員も精神的に追い込まれて休職する人が年々増えている。文部科学省の「令和5年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によると、精神疾患による教育職員の病気休職者数は7119人、こちらも3年連続で過去最多を更新。これらだけでも、学校から子どもや先生たちの呻き声が聞こえて来そうだ。もう待ったなしだ。学校は変わらなければならない。ところが、教育改革だ、働き方改革だの文科省をはじめ政府や国会から伝わってくる「改革」はおよそ頓珍漢だ。なぜ頓珍漢なのか、本書を読めば腑に落ちる。それは、はしがきに書かれている次のような問題意識が全編に確とした共通認識として響いているからであろう。

　「なぜ、学校で子どもたちの『人間としての尊さ』を打ち立てることができず、むしろその尊厳を踏みにじる教育活動が行われてしまうのか？この要因を一緒に考えたいというのが本書の趣旨です。教師個人の能力や責任を問う以前に、教師をして、どうして『人間の尊さ』を打ち立てることができなくなっているのか、その背景にある構造的問題を明らかにするとともに、その『出口』を提示することが本書の目的です。」＊写真＝編者の高橋哲さん

　改めていうが、学校は子どもの学びの場であると同時に先生の働く場でもある。こんな当たり前のことを書くのは、そのことが忘れられ、教育の問題と労働の問題が分けられてしまっているように思えるからだ。息の詰まる学校では、先生たちはまともに働くことができず苦しんでいる。そんな先生たちに教えられる子どもたちは楽しいはずがない。つまり教育の問題は教員の労働の問題抜きに解決など図られるはずもなく、また、教員の働き方如何によって子どもの学びも変わってくるということだ。

　さて、本年4月、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」を巡って国会審議が行われた。俗にいう「給特法」改正論議である。侃侃諤諤の議論の末、6月に新給特法が成立した。しかし、そのことをどれだけの市民が知っているだろうか。いや市民以前に当事者といえる公立学校の教員ですら実は知らない人が結構いるように思う。ここにこの問題の深刻さが窺える。

　本書は4部構成。第Ⅰ部［教員の「働き方改革」はなぜ進まないのか］では、主務教諭の導入をはじめ改正給特法すなわち新給特法の問題が具に書かれている。これが教員の待遇改善にならないどころか、新たな教員管理構造につながることがわかる。そして何より当事者不在の政策決定が問題であることが伝わってくる。

　第Ⅱ部［何が改革を阻んでいるのか］では、教員数が増えないのなぜか？教育にお金が回らないのはなぜか？現場の声が反映されないのはなぜか？ここでもやはり浮かび上がってくるのは当事者不在の政治主導による政策決定の問題性だ。データと共に具体に書かれている現状やプロセスは、何より私たちに声をあげることの重要性を教えてくれる。第4章では、その末尾で教育予算について次のように指摘されている。

　「教育になぜお金がまわらないのか、そこに立ちはだかっているのは、財務省の壁でも、財源がない論でもありません。お金はあります。お金があるにもかかわらず、国が学校制度整備義務を果たそうとせず、フェアではない予算獲得競争、つまり、費用対効果と称して、学力的な成果を示すことを脅迫し、国家予算における優先順位を不当に低めていることに、教育予算問題の根源があると言えるのではないでしょうか。」

　なるほど。本書に出てくる「財政民主主義」の考え方と共に改めて考えさせられた。

　第Ⅲ部［諸外国にある学ぶべきオルタナティブと日本での実現可能性］はひときわ興味深かった。地域の教育行政機関と教員組合との団体交渉によって教員の労働時間のあり方が全面的に決定されているアメリカ。中央政府による勤務時間管理システムが導入されつつも具体的な労働時間のルールが地域の教育監と教員組合との団体交渉によって決定されている韓国。州の法令によって労働時間管理のルールが決められているドイツ。国レベルでの教育省と教員組合との「全国協約」を基礎として、個々の学校で教員との労働契約が結ばれているイギリス。それらは裏を返せば、日本の教員の置かれている問題点がそのまま明らかになる。日本では教員の「働き方改革」に当事者である教員が関与しないもしくはできない構造が問題なのだ。諸外国を見れば、当事者である教員がかかわるという、その最も重要なプロセスがあって初めて「働き方」改革が功を奏すことがわかる。

　第Ⅳ部［教員の勤務時間管理法生のベストミックス］では、終章として本書の編者が、教員の「職務の特殊性」に基づく労働時間モデルへの提言を示す。これまで見て来たように、諸外国では教員の労働条件の政策決定過程に教員組合を通じて当事者が何らかの形で参加する仕組みが見られる。それが日本にはない。作って来なかった。編者はこういう、「子どもの教育を受ける権利保障を担う専門職である教師は、その専門職性を発揮するための労働条件を、本来もっと求めてよい、「deserve more!」というマインドセット(考え方の枠組み)への転換が必要」と。現職の教員の方々、諦めさせられていやしないか！結局、日本の「働き方改革」はできないのではなく、正当なプロセスを踏まずして、つまり当事者不存在ゆえ空回りしているのではないか。

　さて、最後にひとつ気になったことを書いておこう。タイトルにもあるように「教育・教員の特殊性」について異存はない。しかし、それが教員と労働者を隔てて来たことも事実だ。おそらく本書を手に取るのは教育関係者だろう。だが、それよりは教育関係以外の労働者に手に取って欲しい。そして意見が聞きたい。教員の「働き方改革」は、それが子どもの教育の問題である以上決して教員だけの問題ではない。労働者が、労働運動の中で教育・教員の特殊性を共有できるかどうか、それ抜きには教員の「働き方改革」はどこまでいっても画餅に終わるかもしれない。