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美術館めぐり(第18回)「戦後80年 戦争と子どもたち」展(板橋区立美術館)
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志真斗美恵 第18回(2025.12.22)・毎月第4月曜掲載



●「戦後80年 戦争と子どもたち」展(板橋区立美術館)

戦争の中の子どもたち

 戦争と子どもたちのかかわりを描いた作品展で、今年最後の〈美術館めぐり〉を終えたい。日中戦争が始められた1937(昭和12)年から戦後1949年までに制作された子どもたちの姿を表現した作品と、絵本、教科書、少年少女向け雑誌、紙芝居、双六なども集められ、意欲的な展示会。子どもたち自身が描いた絵も展示されていた。

 1931年満洲事変がおこされ、1938年には国家総動員法が発令される。1941年に国民学校令が公布され、学童は「少国民」と呼ばれ「皇国民」に育てることが求められ、子どもも労働力として軍需工場へ動員され、学童疎開へとつきすすんでいく。

 「作戦記録画」には、子どもの姿はない。しかしその間、幼児から少年少女の姿を描いた画家たちがいた。作品からは、いかに子どもたちが戦争にまきこまれていったか、まざまざとその姿を見ることができる。日本の子どもだけでなく、魯迅の木刻運動に共鳴した李平凡の木版「家のない子どもたち」(1940)やアメリカの日本人がトラックで強制収容所へ連行される様子を描いたヘンリー杉本の「我々のバス」(1943)もあった。

 無言館(戦没画学生慰霊美術館)から、「弟たち」(太田章 制作年不詳)、「きょうだい」(中村良明1937)、「模型建艦」(石井正夫 1943)が出品されていた。かれらと同じく、浜松小源太も戦没している。彼の「世紀の系図」(1938)は、展示された作品の中で目立った。シュールレアリスムの作品で、ハーケンクロイツと日の丸が引きちぎれ風にたなびき、赤ん坊はカーキ色の軍服に包まれすやすや眠っている。赤ん坊の周りには、鳥、植物、卵、兜など、が描かれ不気味さを醸し出している。胎児もいる。小学校教諭だった浜松は、生後、そのまま戦争にまきこまれていく子どもたちの将来をみていたのだろうか? 1941年には治安維持法違反の嫌疑で、シュールレアリストの福沢一郎、瀧口修造が検挙された。この年の浜松の作品「遺児すこやか」を見ると、遠くに富士山、男児は日本刀と日の丸の旗をもっている。だが男児の顔は暗い。制作のきっかけは、遺児になった教え子が靖国神社参拝をするという事だった。浜松自身も、その4年後に戦死してしまう。

 香月泰男は、シベリア抑留の作品で名を知られている。彼は出征前、女学校教師であり、3人の子を持つ親でもあった。1942年の「水鏡」は、暗い防火水槽のような水面を男児がのぞき込んでいる図で、描かれた萎れた植物は「滅びゆくもの」、男児は「栄ゆくもの」を表しているという。私には戦争の時代を反映する暗い絵にみえた。  日本赤十字社から出品された2枚に私は衝撃を受けた。「別れの乳房」(中弘弘光1940−44頃)と「征途の別れ」(白谷登1941)は、ともに召集された看護婦(現在性別を問わない「看護師」が使われるがここでは当時の職名を用いた)を描いている。前者は日の丸の小旗と祝の文字のついたのぼり、赤十字マークの小旗で、出征する兵士らを見送っている。中央に描かれている看護婦は、立ったまま乳飲み子に自分の乳を飲ませている。足元には、3歳位の男児が赤十字と日の丸の小旗を持ち、その様子を見ている。看護婦は戦地へいくのだ。もう何十年も前の事なのに、私は、わが子に乳を飲ませられないと乳房が張って辛かったことを思い出した。後者の絵では、赤十字の腕章をつけ荷造りしている看護婦を、手に日の丸を持っている幼児が見上げている。

 兵士と同様に看護婦にも召集があった。乳飲み子や学齢前の子どもがいても容赦はなかった。「召集状」と書かれた赤紙1枚で、看護婦も戦地に送られ、従軍看護婦として最前線で死んでいった。

 戦争に巻き込まれた子ども像を見続けた後に、吉井忠「少女像」(1942)、麻生三郎「一子像」(1944)、松本俊介「リンゴ」(1944)が並んでいる。ともに子どもの顔を描いた小品である。麻生三郎は、戦後「明日はどうなるかわからぬ死に直面した時、子供を見ていると描かなければいけないということと、自分を体験のなかで凝視したためか、はっきりそこに存在させなければならぬと思い込み、そのことが切実であった」と語っている。

 「街頭にて」(楢原健三1946)の兄妹――妹はモンペに頭巾、左足は包帯に包まれ腰を下ろし脇に松葉杖、兄は素足に草履でうつろな目をしている――、版画「祖国への旅」(北岡文雄1947)の「母と子」「給食を待つ孤児」、「食事」(高山良策1947)は、戦後も苦しめられた子どもたちの存在を思い知らす。  戦争を決してしてはいけないと、痛感した展覧会だった。

 (板橋区立美術館は、2026年1月12日まで。郡山市立美術館2026年1月31〜3月22日、新潟市美術館2026年4月11日〜5月31日に巡回)


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