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LNJ Logo 構成舞台「ヒロシマというとき〜詩人・栗原貞子」を観て
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「原爆被爆者も加害者である」と明言した栗原貞子の生涯

堀切さとみ


*高橋織丸さん(左)と山内若菜さん(右)

 栗原貞子といえば、『産ましめんかな』を吉永小百合の朗読で聞いて知っている程度だった。暗がりの中で生まれた赤ん坊、どんな絶望の中にも光はある。それを伝えた詩人なのだと思っていた。

 東京・王子の「北とぴあ」で、憲法寄席「ヒロシマというとき〜詩人・栗原貞子」という構成舞台を観た。講談でのナレーション、合唱、映像、韓国舞踊などで、栗原貞子という女性が鮮やかに浮かび上がってくる。素晴らしい舞台だった。「八月の死者たちのために、言葉を鍛えよう」というリフレインがよかった。

 栗原貞子は原爆詩人で唯一「原爆被爆者も加害者である」と明言した人なのだった。日本では原爆=被害だが、アジアでは原爆=解放なのである。広島では物議を醸した。反権力の夫にひかれ、駆け落ちして結婚した貞子だったが、彼女は夫よりも「抵抗の文化」を実践した。敗戦後も、日本の侵略加担に声をあげるベ平連に参加したり、広く活動を続けていた。

 栗原貞子は今から20年前に92歳で亡くなったが、お孫さんが会場に来ていらした。また、自伝も評伝もなかった栗原貞子について、70歳を過ぎてから研究をはじめて本を出した松本滋恵さんも来場されていた。

 『産ましめんかな』は直接体験ではなく、伝え聞いたことを詩にしたそうだが、その時の赤ん坊は今も生きていて(小嶋和子さん・79歳)栗原貞子からの手紙を大切に持っているという。

 ステージを彩った山内若菜さんの絵とトーク。「一度目はあやまちでも 二度目は裏切りだ。死者たちへの誓いを忘れまい」を体現していた。栗原貞子のことを、多くの人に知ってほしい。ぜひ再演してほしいと思う。


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