| 報告:キボタネおとなツアー「韓国の民主化運動 日本軍「慰安婦」運動を辿る旅」 | |
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尾澤邦子 キボタネおとなツアーで「韓国の民主化運動 日本軍「慰安婦」運動を辿る旅」に行ってきました。月6日午前7時20分に成田空港に集合し、大韓航空機で韓国へ。インチョンで専用バスに乗り込み、案内していただきました。 キボタネ(希望のたね基金)は、主に若者を対象に、日本軍「慰安婦」問題についての学習会やツアーを企画していますが、今回「おとなツアー」をやるとのことで、楽しみに応募しました。足腰の弱ったおとなに親切なプログラムになっていて、特に専用バスは、とても助かりました。 まず向かったのは、民主化運動記念事業会の「民主化運動記念館」。民主化運動精神の継承事業や、民主主義発展のための様々な課題に取り組み運営されています。過去の人権蹂躙と国家暴力の現場であったソウルの「南営洞対共分室」を改修していました。外が見えない細長い窓は、不気味でした。さまざまな展示や、「調査室」という拷問が行われたところなど案内していただきました。87年パク・ジョンチョルさんが拷問で殺された部屋も見ました。大きなパネルや動画などで当時を体感することができました。パネルの前の線の上に立ってパネルにタッチすると、民衆歌謡が聴けたり、「日本語」をタッチすると説明文がすぐに日本語に変わったりして、すごいなと思いました。記念館の国際協力局長キム・チャンホさんから、韓国民主主義主要事件について時代を追って解説していただきました。 翌7日は、朝8時にバスで出発。天安の「望郷の丘」でキム・ボクトンさんやキム・ハクスンさん、ソン・シンドさんなど日本軍「慰安婦」被害者のお墓参りをしました。「望郷の丘」は、日本の植民地時代に故国を離れ、故郷を思いながら亡くなった人々のために建てられた国立墓地です。日本軍「慰安婦」被害者たちも2025年6月現在で58名が埋葬されているとのことです。 天安で韓定食を食べ、「1923歴史館」を見学しました。関東大震災の虐殺の真相究明と被害者の名誉回復のための特別法制定運動を2007年から続けてきた「1923韓日在日市民連帯」が設立。地震で殺されたのではなく、朝鮮人だから殺されたのだと話していました。差別に胸が苦しくなりました。 バスでオサンの「キム・ボクトン平和センター」に行きました。韓神(ハンシン)大学のキャンパス内に2024年11月にオープン。日本軍「慰安婦」被害者で女性人権活動家だった故キム・ボクトンさんの人生と活動を記憶し、平和と人権を打ち立てるために設立されました。大学の構内にあるというのには驚きましたが、若い人たちに日本軍「慰安婦」問題を知ってもらうのにはとてもいい場所だと思いました。 水原(スウォン)で夕食。何種類ものキムチとナムルがすぐに出てくるのは、とてもうれしい。ナベで出された煮物もとてもおいしかった。マッコリも雑穀ご飯もおいしかった! 8日午前はソウルの南山を見学。植民地期、南山には日本による支配の政治的・精神的な拠点が置かれていました。景福宮を見下ろせる所に官庁と神社を建てることで、朝鮮に対する日本の優位を示そうとしたという意味もあるとのこと。統監官邸跡やソウル日本軍「慰安婦」被害者追悼碑(キム・ハクスンさんが朝鮮・中国・フィリピンの少女たちを見つめている記念碑)などを見て歩きました。 お昼は本場のピビンパプ。これがまたすごくおいしかった! そのあと、「キム・ボクトンの希望」事務所を訪問しました。事務所のある通りには、ナビ(ちょうちょ)がたくさん飾ってありました。 9日は、オプショナルツアーで「戦争と女性の人権博物館」と「植民地歴史博物館」を見学しました。 夕方、明洞の世宗ホテル前で、整理解雇撤回・職場復帰を訴えて高空籠城しているコ・ジンスさんを激励に行きました。 10日は午前に景福宮を見学し、12時からの水曜デモに参加しました。以前は日本大使館を見つめる「平和の碑」(少女像)の横で集会を行っていましたが、右翼団体の妨害があり、少女像は柵で囲われてしまいました。近づくこともできないようになってしまいました。それでも、日本政府による謝罪と被害者の尊厳回復、だれの人権も侵害されない平和な世界をめざし、毎週水曜日、デモが開催されています。 終了後、バスで空港に直行し、日本に帰ってきました。疲れたけど、充実した旅でした。 Created by staff01. Last modified on 2025-09-17 22:55:07 Copyright: Default | |