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米国労働運動 : ニューヨーク市長予備選挙、民主党候補に
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【解説】6月24日のニューヨーク市長選挙に向けた民主党の予備選挙で、33歳のウガンダ生まれのインド系移民ゾーラン・マムダニ候補が勝利を収めた。イスラム教徒で民主主義的社会主義者でもあるマムダニ候補がニューヨーク市長となる公算が高い。レイバーノーツ誌は6月27日にネットで配信している週間重要ニュースの一つとしてThe Nation誌の下の記事を転載した。一部を省略し、要約して翻訳した。 (レイバーネット国際部 山崎精一)*毎月1日前後に「レイバーノーツ」誌の最新記事を紹介します。
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ニューヨーク市長予備選挙、民主党候補に
    民主主義的社会主義者DSAが勝利

 2025年6月26日 ワリード・シャヒード(The Nation誌編集員)


*支持者に囲まれるゾーラン・マムダニ候補 (中央の髭の男性)

 ニューヨーク市の民主党はゾーラン・マムダニを市長候補に指名した。マムダニ候補のこの勝利は画期的で、歴史的なものだ。ニューヨーク市長候補として初めてイスラム教徒であり、初めての南アジア出身者であり、また、アメリカの主要都市の市長職に就く可能性のある、最初の民主主義的社会主義者だ。しかし、このような基本的な事実は、重要ではない。本当に重要なのは、彼がどのように、そしてなぜ勝利したかである。

 アンドリュー・クオモ元知事がニューヨーク市長選に立候補表明した時、民主党の既成勢力は、この 10 年間がなかったかのように振る舞おうと躍起になっていた。クオモ候補は、2010 年の選挙の時と同じような運動を展開し、同じ支援者に頼り、同じ論点を繰り返し、テレビ広告に数百万ドルを投じ、疲れ切った有権者たちが無難な候補に投票してくれることに賭けた。

 しかし、マムダニ候補はクオモ陣営には見えないものを見抜いていた。状況が大きく変化していることを認識していた。その変化は、2017年のイエメン移民の食料品店ストライキから始まった。このトランプ第一次政権の入管政策に対する抗議行動を組織したり、参加したりした人々の一部が、今回のマムダニ候補の選挙運動を支援した。また、その抗議行動によって政治意識が高まった人々や、それ以来無視され続けてきた人々も、選挙運動に加わった。イスラム系の移民コミュニティが「私たちはここに属している」と立ち上がったその瞬間の記憶は、消えることなく、より深まり、成熟していった。

 特に若い進歩派、移民、アラビア系・ムスリムコミュニティが長年民主党の周辺に追いやられてきた中で、抱き続けてきた不満と悲しみ、そして長年の組織化運動の中から、マムダニ支持のキャンペーンは育ってきた。マムダニは単にクオモに対決しただけではない。重要な時に立ち上がった人々を忘れた政治的健忘症とも対決した。

 ガザの問題ほど、その断絶を明確に示したものはなかった。過去20ヶ月間、アメリカの爆弾で数万人のパレスチナ市民が殺害される中で、民主党の指導部は行動せずに言い訳しかしなかった。民主党支持層がパレスチナ人の権利支持へとシフトする中、指導部は頑固な姿勢を崩さなかった。

 予備選でクオモは同じシナリオを繰り返し、マムダニのパレスチナ支持の立場を過激主義だと非難し、イスラエル支持の忠誠心のテストを要求した。しかしマムダニは動じずに、事実をありのままに語った。「連帯はスローガンではない。多民族民主主義は、いつも待たされている人々にとって意味のあるものでなければならない。」

 有権者はマムダニを罰せず、むしろ彼を支持した。マムダニ候補は民主党の地盤だけではなくニューヨーク市全域で勝利した。2022年の知事選や2024年の大統領選で共和党が勝った選挙区でも逆転して勝利した。いつもは連携することのない 2つのグループ、すなわち、若い進歩派と労働者階級の移民を結びつけた。

 この連合は、突然出現したものではない。10年以上にわたって築き上げられたものである。この連合は、抗議活動、請願、予備選挙とその敗北を通じて力を蓄えてきた。敗北から学ぶことで、共に勝利する方法を学んできた。

 2023年までに、社会主義者はニューヨーク州議会で過去100年間で最も多くの議席を獲得してきていた。アラブ、ムスリム、バングラデシュのコミュニティは、自らの議員を選出し、持続可能な組織を築き始めている。マムダニはこの運動の中で成長してきた。市長選に出馬した際、準備は整っていた。

 全国的に民主党が後退する中、マムダニは攻勢に出ていた。明確で現実的なメッセージを掲げて立候補した、家賃の凍結、バス代の無料化、公共のスーパーマーケット建設である。イスラエルとパレスチナに対する立場を隠さず、中心に据えた。それは尊厳、住宅問題、そして誰の声が重要かというより広い議論の一部であった。民主主義的社会主義を常識のように語った。マムダニは人々を招き入れた——それはすべての意見に同意するからではなく、より大きな物を築くためである。

 彼はまた、連帯は行動で示すものだと理解していた。ニューヨークの進歩的なユダヤ人会計監査官ブラッド・ランダーとの同盟は、単なる象徴的なものではなかった。それは戦略的なものであった。共に、ムスリムとユダヤ人が違い認めつつ権力を共有できること、真の連合は言葉だけではなく、行動を通じて築かれることを示した。

 一部の人は、クオモの失敗のせいや若年層でのティックトック人気のおかげでマムダニが勝ったと主張するかも知れない。しかし、これは単なる雰囲気の選挙戦ではなく、住宅問題、バス、食料、戦争に関する選挙戦だった。マムダニ候補は確かにコミュニケーションに巧みで時代をうまく捉えていた。しかし、彼のキャンペーンが力強かったのは、その正直さであった。単に見た目が良かっただけではなく、真実を語っていた。

 マムダニの批判者は彼を過激派と呼んでいる。1930年代のフィオレロ・ラ・グアルディアの批判者も同様だった。同時のニューヨーク・タイムズはラ・グアルディアが「社会主義的な遊び道具」である公共電力に執着していると指摘していた。今日、ラ・グアルディアは過激派ではなく、ニューヨーク市の偉大な市長の一人として記憶されている。彼の名を冠した空港も建設されている。

 マムダニの勝利が新しいもののように感じられるなら、それは事実だ。しかし、それは同時に回帰でもある。尊厳を不可侵のものとし、連帯を戦略とし、リーダーシップを多くの人々のためのツールとする政治への回帰である。慎重さに支配されてきたニューヨーク市で、有権者は大胆さを選択した。有権者は忘却ではなく記憶を選択した。市民たちは排除される感覚を、そして反撃する感覚を思い出した。そして今回は単に抗議するだけでなく、投票した。

 現在の問題は、マムダニを支持した連合が統治できるかどうかである。もしそれが可能なら、それはニューヨーク市を変えるだけではない。それはどこででも、可能なことを変えてしまうかもしれない。


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