トランプ政権は何をしているのか？

児玉繁信〈全労協全国一般福山ユニオンたんぽぽ・執行委員〉

１）トランプは何に突き動かされているのか？

米連邦政府は巨大な赤字を続けてきた。歴代政権は財政を整えようとしないで、特に金
融資本を減税し、軍事費の慢性的な過剰支出を続けてきた。米議会はどのようなレベルで
も支出削減を受け入れてこなかった。

米連邦政府債務は現在、36兆ドルに達している。米財務省によれば「持続不可能。利払
い負担は年1兆ドル(144兆円)」（4月30日、日経）である。利払い額は、米国防予算とほ
ぼ同じ額だ。

したがって、米国の安全保障の傘に、もはや財政上の余力がないのだ。NATOや同盟国に
軍事予算の積み増しを求める所以でもある。

この30年間、米国は世界を一極支配してきた。ネオコンがその戦略を主導したが、世界
を混乱に陥れただけだった。世界中に軍事介入し、傭兵を雇い、情報機関を買収し、反政
府団体を操ってきたが、その費用たるや莫大な額に達している。ここに至り米国は方針転
換を迫られている。ネオコンを引きずり下ろし、膨大な支出を削減するために、トランプ
が登場したのである。

イーロン・マスクの政府効率化省DOGEにUSAID（ネオコンの資金源の一つ）などの連邦政
府の予算を削らせている。

トランプ政権によるウクライナ戦争の停戦提案も、これ以上戦費を投入できないからだ。
戦費の3分の2は米国が賄ってきた（残りの3分の1は欧州・日本）。トランプはウクライ
ナ戦争でロシアに敗けていると認め、これ以上戦費は出さないと決めた。欧州が代わりに
出せるわけはない。したがって、いずれウクライナ戦争は終結する。ウクライナも欧州も
最終的には従わざるを得ない。

米国で「トランプ変革」が始まった背景は、戦後80年の米国による自由経済・安全保障
システムが行き詰まってしまったことを意味する。

その結果、トランプ政権の登場によって、良いことも悪いことも起きている。良いこと
は、○ウクライナ戦争が終結しようとしていること、○ロシアとの関係を改善し駐ロシア
の大使館を再開したことで核戦争の危機を緩和したこと、○ネオコンを引きずり下ろし、
ネオコンの資金源USAIDを廃止しようとしていることだ。

悪いことは、○イスラエルの戦争に加担し続けていること、○米大学でイスラエルのガ
ザ攻撃を批判する学生を排除し言論の自由を奪っていることだ。そして○関税である。

２）関税を発動したトランプの意図

一連の関税を始めたトランプの主な目的は、米国の産業を保護し育成するためである。
製造業を米国に呼び戻したいのだろう。関税をかければ、例えば、自動車産業は米国に工
場を設置し、部品産業も米国内に移転する、雇用が増え、製造業が育成されるともくろん
だ。しかし、これは簡単には実現しない。自動車産業・部品会社は巨大な資本を投資し工
場を建設しなければならず、実現までに長い期間と巨額の投資を要する。米国で製造でき
ても、コストは高く輸出はしにくい。米市場で大きな需要がある自動車や半導体などの一
部商品なら可能性はあるが、それ以外の製品、例えば衣料品、おもちゃ・・・・などの工
場を、わざわざ米国に建設する意味はない。

中国との経済戦争という荒々しい状況となれば、米産業の保護も育成も落ち着いて実行
できない。なぜなら、中国は製造の巨人であり、米国はそうではない。移転は容易ではな
いからだ。中国はもはや工業技術、化学、その他の科学において米国に依存していない。
アップルのティム・クックCEOは「中国は単に生産の低い部分を扱っていると捉えるのは
誤解だ」と述べている。

2025年第一四半期の米国の経済成長は▲0.3％だ。トランプ政権内で中国を意識し関税を
発動したピーター・ナヴァロ米主席戦略官は、「マイナス成長は関税のせいだ」と認めて
いる。時間が経てば、トランプの狙い通りとならないことがはっきりする。

３）米中の関税戦争

トランプ政権は各国に関税をかけたが、米国債価格が下がり金融危機が起きそうになっ
たので、4月10日に急遽、中国以外の関税を90日延期した。トランプ政権が中国を標的に
していることがわかる。関税を発動すれば、中国がこれまでのように容易に頭を下げてく
るとトランプは思ったのだが、そうはならなかった。

トランプのカードは中国に対する245％の関税だけだ。それもすべての製品ではない。関
税を発動したものの、アップルなどのスマホ・PCが輸入できなくなり、4月10日には電子
製品部品の関税を大幅に引き下げた。電子機器は中国からの輸入の40％を占めている。ま
た迂回輸出を防ぐため、東南アジア諸国であるタイ36％、ベトナム46％、カンボジア49％
の関税を課した。トランプは、中国製品をブロックしようとしてASEAN諸国を中国の側に
追いやった。

米国と中国の経済戦争はすぐに決着はつかない。トランプは関税で貿易赤字を解決した
いのだが、関税で解決などしない。貿易赤字は、金融資本・富裕層の減税と無駄な戦争に
浪費された数兆ドルの支出によるものである。そもそも米国内に原因があるのに、内部か
ら修復しようとしていないのだ。2025年3月、トランプは軍事費予算1億㌦を承認した。

今のところトランプは、どの国とも合意に達していない。70ヵ国が交渉の列をなしてい
ると言っているが、米国と取引をした国はまだない。実際に90日で決めるのはほとんど不
可能だ。本当の貿易協定ではないので、実効性はない。

どの国もアメリカと中国の対立だと理解しているから、巻き込まれたくない。トランプ
政権が理解していないのは、多くの国々にとって中国との経済関係は米国と同じように、
あるいはそれ以上に重要だということだ。一方を犠牲にして、他方の側につくのはばかげ
ている。

４）米中の経済戦争に転化した

　中国は一歩も引かない姿勢で対峙してきたので、関税の争いは全面的な経済戦争に転化
した。これまで中国は、米国の関税や取引に応じてきたが、今回は厳格に報復関税をかけ
、一歩も引かない姿勢をとった。米国から輸入している大豆、牛肉はブラジルやアルゼン
チンに切り替え、米ロッキードから納入されたばかりの航空機を送り返し、ジェットエン
ジンはロシアと共同開発するとした。米航空機産業には壊滅的な打撃となった。中国にと
って、米国からしか買えない製品・原材料はほとんどない。他方、上述の通り、米国にと
ってどうしても必要な中国の工業製品がたくさんある。

その結果、米国は中国に輸出できないが、中国は米国に輸出できるという状況が生まれ
ており、トランプの意図に反して、米貿易赤字はさらに大きくなる。

金融面からみると、中国は債権者(米国債を大量に保有)であり、米国は債務者だ。通常
、債務者が債権者と争うのはあり得ないし、意味がない。

トランプの手札は尽きており、手詰まりに陥っている。

５）米中経済戦争はブロック経済をもたらす

2024年の世界経済に占めるシェアは、BRICS(9ヵ国)36.8％、対するG7は28.86％。2024年
のG7成長率1.9％に対し、BRICSの成長率は4.9％であり、その差は拡大した。IMFが公表し
た2024年購買力平価によるGDP速報値は、①中国の38.15兆ドル、②米国29.2兆ドル、③イ
ンド16.2兆ドル、④ロシア6.94兆ドル、⑤日本6.53兆ドル、⑥位ドイツ6兆ドルだった。
世界経済の核は西側ではなく、BRICSに移行したことが明らかだ。

ウクライナ戦争で西側はロシアを経済制裁したが、ロシアは石油・ガス輸出先を欧州か
ら中国・インド向けに一挙に切り替え、BRICSとの経済関係を深め、欧米から自立した経
済発展に努め、むしろ経済成長を遂げている(2023年3.6％、2024年4.1％成長)　

おそらく、中国もロシアと同じようにBRICSやグローバルサウスとの経済関係を深めるこ
とで、米関税の影響を回避しようとする。綿密な計画と準備のもと、米国の関税を拒否し、
自立的なブロック経済形成を構想し実行に移している。それで乗り切れると踏んでいる。
BRICSばかりではない。4月16日から、習近平主席がASEANを訪問し、各国と自由貿易の
原則を確認した。マレーシアのアンワル首相は中国のTPP加入への賛同を表明した。

一方、同盟国にも関税をかける米国は孤立するばかりで、対処法がない。

６）　トランプは振り上げたこぶし降ろさざるをえない

トランプはいずれ振り上げたこぶしを降ろすしかなくなる。米経済の縮小が政治的なダ
メージとなり、選挙基盤を損なうからだ。「トランプ政権は関税による景気後退リスクを
認識している。2026年中間選挙に負けるわけには行かないので、ずっと続けられる政策で
はない。その前に各国とディールするつもりだ。」（5月1日日経、河野龍太郎BNPパリバ）

それに加えて、中国との良好な関係を築く機会を台無しにした。中国はトランプのブラ
フを見抜いており、信用しなくなる。

ただし、当面は不透明な状態が続く。一定の時間がかかる。世界中の企業が設備投資を
控え、輸出が抑制され、世界経済は縮小する。米国で売るモノは米国で作り、中国で売る
モノは中国で作るというブロック経済の方向へ傾く。

　ウクライナ戦争は2025年末までに終わる可能性も出てきた。トランプは敗北しても気に
しないだろう。しかし、ウォルマートの店頭から商品が消えたら、アメリカ国民を不安に
し大騒ぎとなる。トランプ政権は関税をやめることになる。

これらのことは「基軸通貨ドルへの信認を傷つけかねない。ドルが基軸通貨だからこそ、
世界各国はドルや米国債を喜んで持ち、そのため米国は自らの所得以上の消費ができた。
これができなくなる。各国がドルを手放せば、ドルの長期金利は上がる。長く続いてき
た資産価格の上昇が崩壊し、米財政の持続可能性の問題も起きてくる。」(5月1日、日経)
ことでもある。

6月30日には米国債1,460億㌦の償還(満期)を迎える、支払うために新しい米国債を発行
する必要がある。買い手がなければ金利を上げざるを得ない。

トランプが4月10日に関税の90日間猶予に訂正したのは、米国債の金利が上昇(約0.2％急
上昇)し、小さなパニックを起こしたからだ。貿易の縮小予想から米株価が急落したので、
米株を保有するヘッジファンドが損金補填の調達するために、所有する米国債を売却し
た。そのため米国債金利が急上昇し、金融危機の前触れとなった。これに慌てたトランプ
が90日間猶予を公表した。トランプ政権の関税政策は、信用危機を恐れなければならない
脆弱な均衡の上に立っている。

トランプはFRBに金利を下げさせたい。しかし、関税でインフレとなればFRBは金利を上
げる。おそらくFRBは、インフレに注視しながらも量的緩和に戻らざるを得ないだろう。
そうして、とりあえず危機を繰り延べする。それでも、世界中でドルや米株、米国債の強
制的な売却(トリプル安)が起きる。そうすると何か小さなことでも引き金となり、市場全
体の大きな信用危機をもたらすことになる。そのようになった場合は、関税など全面撤回
だ。

2025年終わりまでにトランプ政権は深刻な問題に直面する可能性が高い。米国の景気後
退は確実なものになる。関税は撤回されるだろう。

７）日本は自立の機会だ

習近平は、4月16日ベトナム、マレーシアに行き歓迎され、自由貿易で合意した。両国と
もBRICSに加盟申請している。多くの国々は米国の関税発動に対し、中国やBRICSとの道を
歩んでいる。4月27日から石破首相はベトナム、フィリピンを訪問し「中国を排除した東
アジアでの自由貿易体制確立」を訴えたが、現実性はなく相手にされなかった。米国と一
緒にいたい国は、米国との道を進む。欧州と日本は米国に従っている。

日本は世界を見ていない。世界は今、大きく変化している、欧米の支配が後退し、世界
は多極化している。これまで日本政府は、「米国に従っていればいい」という判断基準で
行動してきた。その時代が終わろうとしている。それなのに日本政府は、今まで通りの対
応を続けており、転換できないでいる。

日本や欧米には、中国やロシアに対するヒステリーがあり、グローバルサウスに対する
軽蔑がある。世界と言えば欧米であり、世界全体が見えていない。政治家も官僚も知識人
がそうであり、更には市民団体にもそういう影響がある。かつて日本が持っていた科学技
術、工業技術におけるリードはすでに失われ、文化は危機に瀕し停滞している。そのよう
なことに無自覚である。私たちは遅れている。

ASEAN諸国やグローバルサウスがそうしているように、まず多極化した現代世界を認め、
日本は米国の影響下から徐々に離れ、関税ではなく自由貿易を主張し、中国やBRICSとの
経済関係を確実に増大させる方向に明確に転換しなければならない。今はその格好の機会
なのだ。（2025年5月3日記）