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毎木曜掲載・第351回(2024/6/27)

投資は未来への提案?!

『きみのお金は誰のため』(田内学著、東洋経済新報社刊、1650円)評者 : 志水博子

 巷には、「お金」の本があふれている。そのほとんどが投資に関するものだ。かつては、投資など一部の資産家か、もしくはその手の筋を生業とする人に限られていたように思う。それに、ごく普通の日本人の考え方として、お金は働いて稼ぐもの、株や相場は勤め人が手を出すものではないというのが通説ではなかったか。

 それが変わっていったのはいつ頃のことか。90年代末であったろうか、メディアでも“金融ビッグバン”だとか、“金融黒船の襲来”だとか“第三の開国”だとか盛んに言われ始め、日本も変わらなければならないという空気が濃厚になった。すなわち市場原理が働く自由な市場経済の競争に日本も巻き込まれていったわけだ。それに即して、例えば株価は上がり好景気と言われてもおよそ私たち大衆にはその感覚はなく、いわゆる実体経済と金融経済の乖離が進んでいった。政府はあの手この手で大衆を金融経済すなわち投資に誘おうとするが、もともと日本人に濃厚であった「お金」観のせいかなかなか根付かない。そこで政府が目をつけたのが教育だったのかもしれない。学習指導要領の改訂により小学校では2020年度から中学校は2021年度から、高校は2022年度から順次金融教育が義務づけられた。生涯を見通した生活における経済の管理や計画の重要性について、ライフステージや社会保障制度などと関連付けて考察することを学ぶ。まるでこれからの人生設計において資産運用は自己責任と言わんばかりだ。

 そもそも金融とは何か。そういう時にあるサイトで紹介されていたのが本書『きみのお金は誰のため』である。そこでは次のように紹介されていた。

 「私達は金融と経済の意味を誤解している。金融の本来の目的は『社会の中で何かが生み出されたり、誰かが幸せになったりすること』であり、お金儲けではない。私達が『経済』だと思っているものは『貨幣経済』にすぎず、非貨幣経済」が見落とされている。」 おお、これぞ私が探していた「お金」の本だ。そう思い、早速読んでみた。

 本書は小説仕立てになっている。ある日、中学生の優斗は学校帰りに大雨が縁で投資銀行に勤める七海とともに、ボスと呼ばれる大富豪が住んでいる不思議な屋敷を訪れる。そこで、優斗と七海はお金と社会と愛についてボスから学んでいく。

 ボスは優斗と七海にお金の奴隷にならないためにはお金の正体を理解することだと説く。そして、そのためにはお金の3つの謎を解くこととだと課題を出す。お金の3つの謎、すなわち「お金自体には価値がない」「お金で解決できる問題はない」「みんなでお金を貯めても意味がない」

 ボスはたとえ話を用いながらまるで謎解きのように2人に「お金」の別のあり方を見せていく。と同時に読者である私も「お金」の役割というか、実体を知っていくことになる。お金は単なる貨幣に過ぎず、人間を幸せに導く万能なものでも何でもないことがよくわかる。

 しかし、第4章格差の謎「退治する悪党は存在しない」あたりから、私の中に違和感が起こってきた。ボスはいう、「問題なのは、『社会が悪い』と思うことや。社会という悪の組織のせいにして、自分がその社会を作っていることを忘れていることが、いちばんタチが悪い」と。そして2人は格差を作っているのは自分たちだと気づいていく。たしかに一理あるが、そうじゃないだろうと言いたい。さらにボスはいう、「投資ってのは未来への提案なんや。こういう製品やサービスがあったら未来は良くなるんちゃうかとみんなに提案しているんや」と。たしかにそれも一理ある。しかし、どうも納得できない。

 ここで私は気づいた。私が優斗や七海に学んでほしいと思っていることは、ボスが説くことではないと。私は若い2人には、2011年9月に起こった「私たちは99%だ!ーウォール街を占拠せよ」(写真)、あの貧困・格差の是正を求める運動を受け継いで欲しいと思っていたのだった。

 となると、そこから後は納得できない思いばかりが沸々と起こってくる。最後の章における「愛する人」の話になると、これはもう市場経済の競争原理に基づく新自由主義が必然的に家族や道徳を重視する新保守主義を必要としている構図と同じではないかと。

 そして、何より、本書から導き出されることは、投資とは未来を志向するプラス価値のものということだ。すでに20万部超えのベストセラーだそうだが、本書はまさに金融教育において求められる教材という気がして、それが何だか怖い。要するに行き過ぎた資本主義に疑問を抱いている私には、その行き過ぎた資本主義を難なく肯定し得る、つまり危険な本のような気がするのだが。


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