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LNJ Logo フランス発・グローバルニュースNO.7(土田修)
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 2023年9月からの新連載「フランス発・グローバルニュース」では、パリの月刊国際評論紙「ル・モンド・ディプロマティーク」の記事をもとに、ジャーナリストの土田修さんが執筆します。毎月20日掲載予定です。同紙はヨーロッパ・アフリカ問題など日本で触れることが少ない重要な情報を発信しています。お楽しみに。(レイバーネット編集部)

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●フランス発・グローバルニュースNO.7(2024.3.20)

ハマス「10.7襲撃」の背景にあったもの

土田修(ル・モンド・ディプロマティーク日本語版前代表、ジャーナリスト、元東京新聞記者)

 3月中旬になって、イスラエルとイスラム組織ハマスの戦闘の休止と人質の解放をめぐる交渉が再開される見通しとなった。交渉の行方は予断を許さないが、イスラエルによるパレスチナ人に対するジェノサイドを食い止めるには「即時停戦」以外に方法はない。ハマスは2006年のパレスチナ立法評議会選挙で勝利し、翌07年からガザ地区を掌握するれっきとした政体だ。エジプトで生まれたムスリム同胞団系の社会運動・宗教運動組織で、医療・教育・相互扶助など貧困救済の地域活動を行ってきた。政治部門(政治局)とともに軍事部門(アル・カッサム旅団)を持つが、イスラエルや欧米が言うような「テロリスト」ではない。イスラエルはハマスを正式な交渉相手と認め、ハマスと交渉しなければ人質の解放はありえない。(*写真=ハマス設立25周年を祝う集会)

 そのハマスに最近二つの大きな変化があった。一つは軍事部門の強化であり、もう一つはガザ地区を拠点とする指導部がドーハを拠点とする指導部から実権を奪取していることだ。アラブ政治研究センター研究員のレイラ・スラット氏の記事「ハマス国外幹部を驚かせた10.7襲撃」(ル・モンド・ディプロマティーク2024年2月号、日本語版は同年3月号)によると、ハマスによるイスラム主義運動は、アンマン、ダマスカス、ドーハと本拠地を点々としてきた指導部が率いているものと考えられてきた。ところが、以前はガザ地区でハマスの指揮をとっていたイスマイル・ハニヤ氏が2019年にドーハへ移住したあと、アル・カッサム旅団の元司令官ヤヒヤ・シンワル氏がガザ地区で力を持つようになった。

 元々、ガザ地区やヨルダン川西岸のパレスチナ人の多くはハマスに懐疑的だった。だが、2021年に東エルサレムのシャイフ・ジャッラーフ地区の住民立ち退きに反対して立ち上がった住民をイスラエルが徹底弾圧したことから、アル・カッサム旅団はテルアビブやエルサレムなどへ数千発のロケット弾を発射し、「聖都エルサレムの守護者として自らをアピールする機会」(スラット氏)を手にした。こうして武装闘争の積極論者であるシンワル氏は軍事部門の増強を続け、2000年代に1万人程度だった戦闘員を2020年には3万人以上に増やしている。

 スラット氏はこう語る。「シンワル氏は、国外に拠点を置く指導部からガザ地区をより自立させるだけでなく、ハマスの戦闘部隊化を狙った戦略的方向転換を推進した。その目的は、イスラエルに対する攻撃を再開し、再びガザ地区をパレスチナの解放闘争全体と結びつけることだった」。昨年10月7日の越境攻撃「アル・アクサの洪水」はガザにいる幹部の決断で実行された。ドーハの幹部は一切関与しておらず、寝耳に水の出来事だった。確かにこの攻撃はイスラエルによる無差別攻撃を招き、既に3万人を越すガザ地区住民が犠牲となっているが、ハマスはパレスチナ人にイスラエルが無敵ではないことを証明し、汚職まみれで無策のパレスチナ自治政府の無力ぶりを白日のもとにさらけ出した。

 「アル・アクサの洪水」作戦はパレスチナ解放闘争を現実の課題として浮き彫りにした。「イスラエルを破滅的な侵攻に駆り立てることで、この襲撃はガザに再び脚光を浴びせ、国際社会にイスラエルによる占領の現実を思い出させた」(スラット氏)。

 陸海空と世界有数の軍隊にロケット弾と小火器で立ち向かうハマス・イスラエル戦争は、典型的な「非対称戦争」(両者の戦力が大きく異なる戦争)だ。地下トンネルを張り巡らせて神出鬼没にイスラエル兵を悩ませるアル・カッサム旅団は毛沢東のいう「民衆の海を泳ぐ魚」そのものだ。東京外国語大学名誉教授の伊勢崎賢治氏は「インサージェント(非正規組織)が最も得意とする戦略は、正規軍による民衆への第二次被害を誘導し、その国家がおかす非人道性を際立たせ、世論を味方につけることである。…イスラエル軍のガザ侵攻の成果がこれからどうなろうと、ハマスはすでに勝利している」(長周新聞2023年11月10日)と指摘している。

■イスラエル最高裁が家屋の懲罰的取り壊しを支持

 一方、ガザ地区に対するイスラエルの地上侵攻が始まった後、国連のグテレス事務総長は「ガザへの攻撃は集団的懲罰に当たる。国際人道法違反だ」と発言している。誰かが犯罪を犯した場合、その家族や近親者を処罰するという集団的懲罰は「古代や中世では当たり前のことだったが、今日では野蛮な行為とみなされるようになった」(ブノワ・ブレヴィル氏「集団的懲罰」ル・モンド・ディプロマティーク2024年3月号、日本語版は近く公開)がイスラエルによって当たり前のように行われている。

 昨年10月7日のハマスによる越境攻撃を理由に、イスラエルは爆撃と地上攻撃によって都市全体を標的にし、ガザ地区を廃墟にしてしまった。アルジャジーラなどインターネットテレビによって集団的懲罰の最たるものであるジェノサイドの映像が世界中に流された。だが、イスラエルによる集団的懲罰はハマスの越境攻撃で始まったわけではない。

 昨年2月、イスラエルが占領している東エルサレムの難民キャンプの検問所でバスに乗り込んできたイスラエル国境警察官を刺そうとした13歳の少年が取り押さえられた。その際に警備員が発砲した銃弾が警察官に命中し国境警察官は死亡した。その死因が銃弾だったにも関わらず少年は殺人容疑で逮捕された。驚くべきことにイスラエル軍は少年の両親と兄弟が暮らす家屋の取り壊しを命じた。イスラエルの人権団体がこの命令に抗議する請願書を裁判所に提出したが、8月25日、イスラエル最高裁は家屋の懲罰的取り壊しを支持する判決を言い渡した。

 こうした懲罰敵取り壊しは、実はイスラエルではパレスチナ人に対して長年実行されてきた。2005年にイスラエル軍事委員会の勧告に基づき、一停止されたが、2014年に再開され、それ以来、多くのパレスチナ人が家を失ってきた。ブレヴィル氏は古代ギリシャの民会が罪人の家族に科した「カタスカフェ」という家屋の懲罰的取り壊しに言及し、「罪人とその家族や末裔を徹底的に社会から排除する」という目的を象徴する刑罰であったと論じている。

 ところが、現代に甦った集団的懲罰はイスラエルに限ったものではない。最近、フランスでは移民が犯罪を犯すと、メディアのコメンテーターらが近親者を含め全ての外国人を罰する法律の制定を声高に叫ぶようになった。ブレヴィル氏によると、フランス共和党(LR)のヴァレリー・ペクレス氏は子供が犯罪を犯した親に家族手当の支給を停止すること、テレビの政治番組の顔となった作家で政治家のエリック・ゼムール氏は犯罪者の家族を低所得者向け公営住宅から追い出すことを求めている。

 「極右の専売特許だった集団的懲罰の考え」(ブレヴィル氏)はエマニュエル・マクロン大統領にも感染している。2023年夏、パリ郊外で移民の少年が警官に射殺された事件に対する暴力を伴う抗議行動がフランス各地で発生した直後、マクロン氏は「初犯者の家族に経済的制裁を科すようにすべきだ。それは最初の愚行に対する最低料金だ」と述べた。戦争犯罪に分類される集団的懲罰というイスラエル発の「悪魔叩き」はいまや確実に欧州に蔓延し始めているようだ。

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