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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕国際問題研究会編訳『ウクライナ2014〜2022』
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毎木曜掲載・第327回(2023/12/21)

ウクライナ民衆の生きた歴史

『ウクライナ2014〜2022』(国際問題研究会編訳、柘植書房新社、2023年3月)評者 : 加藤直樹

 たとえばオランダという国を最もよく知っているのはオランダ人だろうか。「イエス」でもあるし、一方で、「オランダ人だからこそオランダのことが分かっていない」という面もある。矛盾しているが、どちらも確かなことだ。だが、オランダ人自身の言葉を聞かずにオランダを理解するのが不可能なのは、間違いない。

 では、オランダという国の進むべき道を選び、それを歩むことができるのは誰だろうか。それは当然、オランダに住んでいる人びとだけだ。日本に住む私たちがどんなに聡明で、博識で、良心にあふれ、オランダ人より能力が優れていても、オランダの運命はオランダに生きる人しか選べない。その意味でも私たちは、まずオランダ人の言葉に耳を傾ける必要がある。

 だとすれば、ウクライナを知る上で第一に耳を傾けるべきは、ウクライナの人びとの言葉のはずである。特に侵略戦争については、最初に聞くべきなのは侵略されている側の言葉だと、私は考える。

 ところがウクライナについて、特に歴史的、政治的主体としてのウクライナについて、ウクライナ人自身の言葉を日本語に翻訳した本は少ない。

 そういうなかで、2014年以降にウクライナの左翼運動や知識人から発せられてきた声明、論文、インタビューを集めたこの本の貴重さは、どんなに強調してもしきれない。昨年2月の侵攻後に急いでまとめられたゆえ、誤訳もたまに見受けられるが(「正教会」が「正統派」となっていたりする)、そんなことは全く小さなことである。

 私たちがウクライナについて抱く様々な疑問への答えが、この400ページの本のなかに散りばめられている。全面侵攻までに起きた出来事の脈絡について手軽に知りたければダリア・サブロワの文章を読めばいいし、「マイダン革命」に対する左翼の評価を知りたければ、ザハール・ポポビッチ(肯定的)、ヴォロディミール・イシュチェンコ(批判的)の文章を読めばいい。ちなみにイシュチェンコですら、「ネオナチ・アメリカのクーデター」という神話については否定している。

 東部の混乱が分裂と戦争へと向かうのを食い止めようとしたクリヴィー・リフの鉱山労働組合の闘いや、女性たちをつなげようとしたニーナ・ポタルスカの実践には胸を打たれるものがある。

 本書から見えてくるのは、激動の8年間にウクライナ左翼の人びとが続けた切実な模索と実践である。オリガルヒ支配、民族主義、ロシアの介入、ドンバス問題…彼らは当事者として、全力でその意味を思考し、抜き差しならない具体的現実の一つひとつに、具体的選択をもって「投企」(アンガージュマン)してきた。

 特に私の心に強い印象を残したのは、タラス・ビロウスの「キエフからの手紙」である。加えて、この本には収録されていないハンナ・ぺレコーダの「ドンバスに生まれ育って」だ。そこには、彼らの背景にある家族史が語られていた。ソビエト体制とその崩壊がつくる軋みのなかに、苦しみに満ちた彼らの家族の歴史もあった。そのことが、哀切な思いとともに記されている。それが、ウクライナ民衆の生きた歴史なのだ。

 今、彼らは二人とも侵略への抵抗に「投企」している。ビロウスは領土防衛隊(軍の後方支援部隊)に入隊し、ぺレコーダは西側諸国の運動のなかでウクライナ支援を訴えている。二人ともまだ20代、30代前半といったところだ。ウクライナで左翼運動を担う人たちは、圧倒的に若い。

 昨年、ある日本人のフランス文学者が、抵抗戦争を支持するウクライナの人びとを「愚かだ」と書いていた。なるほど、日米安保のもとで平和憲法を誇る日本の人びとはもっと「聡明」なのかもしれない。だが、ウクライナの人びとを「愚かだ」と切り捨てるこの文学者の意見には、やはり同意できない。彼らもまた、私たちと同程度に聡明であり、人間らしく生きられる世界を求めている。そして今、日本では想像もできない過酷な状況を当事者として生きている。

 特にウクライナの左翼の若者たちが、自らの苦境の中でも世界に目を向けていることに驚く。その表れの一つが、11月初に発表された「パレスチナの人びとへの連帯を表明するウクライナからの書簡」である(https://note.com/uarentaibokin/n/nb25bbfae7abd)。

 彼らの選択の一つひとつに賛成しなくてもいい。しかし彼らは侵略を受けている当事国民衆であり、そのなかで苦闘する私たちの仲間である。その言葉を、敬意をもって受け止めてほしいと思う。

→購入先 柘植書房新社・4000円+税 https://tsugeshobo.com/modules/books/index.php?lid=151


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