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毎木曜掲載・第307回(2023/7/20)

亡霊と探る歴史の真実―強靭な知性と柔らかな感性の生み出す力

『オサヒト覚え書き 関東大震災篇』(石川逸子、一葉社、2023年7月刊、2000円)評者:志真秀弘

 小池東京都知事は9月1日に行われる関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式への追悼文送付を断った。2017年のことだ。前年までは歴代都知事にならって送付していたものを、この年3月、自民党議員に対する議会答弁で、今後は「適切に判断する」とした。その結果がこれだった。なんという増上慢だろうか。

 本書は冒頭で日本社会のありようを示すこの象徴的事実をまず紹介する。そのうえで関東大震災時の朝鮮人虐殺事件は、日本帝国主義の植民地支配の問題を避けて通れないと同時に「朝鮮人民の解放闘争との関連なしには正しい歴史的位置づけはできない」(『関東大震災』姜徳相)との言葉を引き、3・1独立運動とは何であったかの追究に第1章を当てている。第2章は「関東大震災時の朝鮮人虐殺を追って」、第3章は「関東大震災時の中国人虐殺を追って」、そして最終章第4章は「関東大震災時の亀戸事件ほかを追って」となる。

 ところで本書のタイトル『オサヒト覚え書き』のオサヒトとは誰か。明治天皇の父・孝明天皇である。

 『オサヒト覚え書き』はシリーズになっていて第一作は「亡霊が語る明治維新の影」、第二作は「追跡篇 台湾・朝鮮・琉球へと」であり、本書は第三作にあたる。第一作「七、亡霊になるまで」の章に詳しい。オサヒトは、薩摩、長州と公家も絡んでいた倒幕派と、時の幕府政権との暗闘の渦中で毒殺されている、企ての中心にいたのは岩倉具視・大久保利通だったとの推論がその章で展開されている。歴史の見方はいろいろあるといった日和見的・好事家的関心にそれは発しているのではない。近代から今に続く日本の侵略主義の淵源を作者は探りあてようとしている。侵略を再びさせてはならないし、してはならない。そのためにである。

 オサヒトの亡霊と語り手である作者が同行二人となって歩む。オサヒトの背後に「霧のように立つ少女」がいて、時に詩を朗読し、これに聞き入る「女の子」と「男の子」もいるから同行五人というべきか。この五人が作中に登場する構成はシリーズに共通していて、それが帯に「ドキュメンタリー・ノベル」とうたわれているゆえんだろう。

 史実の向こうにある真実が、詩人である作者の磨き抜かれた言葉によって浮かび出る。なぜこれほどの残虐行為がなされたのか。もしその所業だけが投げ出されているなら、読者にとってなぜかと考えることにはなかなかつながらない。作者の強靭な知性と柔らかな感性が感動を生み、さらに思考を促す。

 本書には詩人・李潤玉(韓国現代文化オウリム研究所所長)の詩をはじめ有名無名を問わず何篇もの詩が紹介される。槇村浩の「関東パルチザンの歌」「生ける銃架―満州駐屯軍兵卒」もある。それだけではない。1973年、葛飾区「奥戸中学校文芸部の生徒たちが田原房子先生の指導のもとに聞き書き」し、劇にして文化祭で発表した「ドキュメント地震と人間―奥戸編」が収録されている。それはこう結ばれている。「―私たちは同じことをくりかえさないだろうかと。私たちは取材しながら、本当にこのことが怖かったのです。今も、私たちは、考え続けています。」それは、中学校教員であった作者によってこそ掘り起こせた記録だろう。

 本書の最後に、著者・石川逸子の詩「訪問」が置かれている。2023年2月19日、埼玉県寄居・浄土宗正樹院に具學永(グハギョン)さんの墓参に著者が訪れた時の詩だ。具さんは寄居警察内で隣村から押し寄せた用土村自警団の面々に62ヶ所も刺され息絶えた。飴売りの具さんと親しかった「鍼師 宮澤菊次郎さん」が中心になり墓碑が建てられた。詩の一節を以下に引く。

「年令も 言葉も違う あなたと 目の見えない菊次郎さんが/結んだ友情は 国の権力よりも強く 深く/だが百年たっても/政府が指示し 軍隊が 自警団が行った 朝鮮人・中国人ほかへの/《戦争》にも見まがう 大虐殺を/この国は なお 知らぬふりしたままです」

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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