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毎木曜掲載・第306回(2023/7/13)

火星の滅びから地球の将来が見えてくる

『沈黙の惑星—火星の死と 地球の明日』(ジョン・E・ブランデンバーグ/モニカ・R・パクソン、藤倉良 訳、ダイヤモンド社 2002年9月5日)評者 : 根岸恵子
 梅雨が明け、本格的に猛暑の季節がやって来た。国内外の報道では、異常高温、豪雨、洪水、渇水の報道が連日絶えない。気候変動が叫ばれてどのくらいたつのか。私たちはそれに対して、何をしてきたのだろう。

 この「沈黙の惑星」は今から20年以上も前に書かれた本だが、この20年間の間に地球を取り巻く環境の問題はどう変わったのだろうか。作者のブランデンバーグは地球の環境の変化、気候変動、温暖化に「死にゆく星」を憂いこの本を書いた。彼は本書の最終章で「地球庭園再生計画」と題して9つの提言をしている。20年の間に彼の提言は実現したのだろうか。この本は人類の未来への方向性を示唆し、生き残るための方策を新たに考えさせられる本である。ブランデンバーグは物理学者であり、ロケット科学者であり、軍事から宇宙開発と幅広く活躍している。科学者ならではの視点と彼の人間性により、本書は面白い読み物となっている

 私は以前から地球は金星のような星になるよと冗談めいて言ってきた。誰もがそれを世迷言や戯言だと取り合ってはくれなかったが、二酸化炭素の濃度は閾値を超えると指数関数的に上昇するだろう。金星は二酸化炭素の温室効果によって地表の温度が460度である。気圧は地球の90倍もある。生命は育まれない。

 火星にはかつて太平洋より広い海があった。大気は満ち、酸素も十分にあった。生命は存在していただろうとブランデンバーグは考えている。しかし火星の環境を変えたのは、知的生命体だとは言ってはいない。

 1976年にNASAのバイキングが、火星のシドニア地区で人の「顔」の形をした岩の写真を送ってきた。火星調査のパイオニアであり専門家でもあるブランデンバーグはこの「顔」に魅せられる。NASAはその後「顔」を無視するように新たなデータを公表せず、1998年にマーズ・グローバル・サーベイヤーが捉えた新たな「顔」の画像を発表した。それを見ると全く歪んだ岩の塊は人の顔の形を呈してはいない。以後「顔」は光と影のいたずらになった。しかしブランデンバーグはあきらめてはいない。確かに火星のシドニア地区には不可思議な構造物が多くみられるのだ。

 本書では火星が赤い砂の惑星となって死んだのは、小惑星の衝突だとほのめかしてはいるものの、ブランデンバーグは死んだ火星と死にゆく地球について対比するようにこの本を書いている。

 問題なのは二酸化炭素だ。サハラ砂漠はかつて緑の大地だった。今、アマゾンや東南アジアの熱帯雨林は開発が進み、雨林は伐採され、土地が荒廃し砂漠化が進んでいる。カナダの森林は木材需要のために皆伐され、植林しても根づかず砂漠化している。シベリアでは気候変動がタイガを衰退させ、永久凍土を融かし二酸化炭素の排出源となる可能性が高い。海水温の上昇は二酸化炭素の吸収を妨げている。酸素濃度は減り続け、二酸化炭素は排出量を下げたといいつつも、その濃度は右肩上がりで上昇している。

 ブランデンバーグは地球をタイタニック号になぞらえて、沈みゆく船に死にゆく地球を投影している。そして幼少のころから喘息に苦しむ少女のことを取り上げ、呼吸ができないことがどんなに苦しいのかを描写する。資本はやがて酸素を商品化するだろうと。

 ブランデンバーグの9つの提言に私はすべて賛同しているわけではない。彼は科学者だからアイディアも豊富だ。この提言のうちいくつかは実現の方向にある。例えば「核融合発電」は実用化に向け進んでいるが、コスト面や安全性にまだ問題がある。EVはすでに走っているし、自然エネルギーも実現している。宇宙開発もどんどん進んでいる。しかし彼の根本の考えである自然への帰依はともに意見は共通する。アスファルトを穿ち、河川の護岸をやめ、緑を増やし、生態系を温存する。私たちは地球を虐待するのではなく、育むべきだとブランデンバーグは述べている。

 おりしもこの書評を書きながら、INDEPENDENTの最新ニュース、「NASAの火星のローバーが多様な種類の有機分子を発見」したという記事を読んだ。火星がなぜ死んだか。もっと深く考えれば、地球の将来も見えてくるだろう。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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