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新連載「フランス発・グローバルニュース」では、パリの月刊国際評論紙「ル・モンド・ディプロマティーク」の記事をもとに、ジャーナリストの土田修さんが執筆します。毎月20日掲載予定です。同誌はヨーロッパ・アフリカ問題など日本で触れることが少ない重要な情報を発信しています。お楽しみに。初回はスイスをめぐる問題です。(レイバーネット編集部)

●フランス発・グローバルニュースNO.1(2023.9.20)

中立と制裁に揺れるスイス

 スイスは「中立」を外交政策の原則としている欧州唯一の国だ。だが2022年2月に開始されたロシアのウクライナ侵攻を受け、スイス政府は初めて欧州連合(EU)の制裁パッケージの全面的導入を決定した。ロシアによる欧州の主権国家に対する前例のない軍事行動が制裁についてのスイス政府の姿勢を変更させることになったが、ロシア政府は「西側の違法な対ロシア制裁に参加したスイスをもはや中立国とはみなさない」と態度を硬化させている。スイス国内でも「中立と制裁」をめぐる議論が過熱している。ウクライナ戦争をめぐる中立的な言説も主要メディアから排除されている。

■「この戦争はスイスの戦争ではない」

 フランスの月刊紙ル・モンド・ディプロマティークは2023年6月号(日本語版7月号、クレモン圭さん翻訳)で、ジャーナリストのアンジェリーク・ムニエ=クーン氏の「スイスは中立を維持できるのか」という記事を掲載した。ウクライナ戦争が始まり、長年軍事的中立政策をとってきたスウェーデンとフィンランドが北大西洋条約機構(NATO)への加盟を申請した(フィンランドは2023年4月に加盟)。スイスは依然として中立を維持しているが、EUの対ロシア制裁には加わっている。

 スイス政府はドイツ、デンマーク、スペインといった欧州諸国が購入したスイス製の武器や軍事品をウクライナに送ることを認めていない。これに対し、スイス製弾薬の再輸出を認めるように求めているドイツのアンナレーナ・ベアボック外相(緑の党)は、2月にミュンヘンで開催された安全保障会議で「中立という選択肢はもはやない。中立であることはすなわち、侵略者の側に立つことだ」と厳しくスイスを指弾した。

 ドイツ社会民主党のショルツ政権に連立参加するベアボック氏は強硬な親米・反ロシア派として知られる。同記事によると、こうした大国の圧力によって「対外政策で開放性を重視するスイスの孤立」をもたらし、「(スイス)国内では、これまでコンセンサスが得られていたはずの中立性の問題が公に議論されるようになった」という。スイスはEUの打ち出した一連の対ロシア制裁を「逡巡の末に」全て適用したというが、中立重視派からは「政府は中立性を放棄してしまった」と批判が集中している。

 同記事によると、スイスの「永世中立」はナポレオン戦争後の1815年のウイーン会議に参加した欧州諸国によって決定され、1907年のハーグ条約で成文化された(同条約をスイスが批准したのは1910年のこと)。また、第一次大戦中にスイス国内のドイツ寄りの独語圏とフランス寄りの仏語圏に分断されたことから「中立」は「最低限の共通点」として大きな意味を持った。スイス外交文書研究所のサシャ・ザラ所長は「戦後、中立は国内対立を鎮静化するために不可欠なものとなり、ほぼ宗教的な地位を獲得した」と指摘する。

 スイス連邦工科大学チューリヒ校の安全保障に関する調査(2023年)では、スイス人の91%が「中立を保つべき」と答えている。だが、ウクライナ戦争によって反ロシア感情が急激に高まったことから「対ロシア制裁は中立と両立する」と答た人が75%に上った。今や「中立と制裁」をめぐるスイス国内の世論は二分している。国家主義政党の議員は対ロシア制裁に加わることは「事実上、一方に味方することだ」と指摘する。「唯一問うべきは、スイスの国益だ。スイスにとって、ロシアとアメリカの紛争に直接的または間接的に巻き込まれることに何の利益もない。この戦争はスイスの戦争ではない」(同記事)。

 一方、政治家からは、スイスは「中立という神話の名の下に信用を失い、安全保障を脆弱化させている」という声も出始めている。同記事によると、ジュネーブ外交クラブのレイモン・ロレンタ会長は「スイスは陣営を選ばなければならない」とし、EUやNATOとの連携強化を求めている。だが、実際にはスイスはNATOと「平和のためのパートナーシップ協定」を既に結んでおり、ウクライナ戦争を受けて合同軍事演習への参加や軍事協力の拡大などさらなる連携強化の方針を打ち出している。

■戦略・戦術的視点で分析するジャック・ボー氏

 国連平和維持活動局やNATOでの勤務経験のあるスイス人戦略アナリストのジャック・ボー氏(スイス陸軍大佐)は、中立的な立場からロシア軍とウクライナ軍の戦略・戦術分析を行っている。氏は6月のウクライナによる反転攻勢が失敗に終わったことや、「ワグネルの反乱」の真相を暴露するなど具体的な発言を続けている。日本を含め西側メディアがことごとく、「戦争研究所」などアメリカの新保守主義(ネオコン)系シンクタンクの情報や資料のみに基づいて、あたかもウクライナが前線で勝利しているような報道を繰り返しているだけに、氏の指摘はロシアを悪魔視する西側寄りのメディアや専門家からは極めて評判が悪い。仏語版のウイキペディアは氏の言説を「陰謀論と偽情報」決めつける始末だ。

 だが、氏は膨大な情報や資料に基づいて、いち早く「ワグネルの反乱」を予見していた。2023年6月、ロシア軍はバフムト市周辺に強固な防御陣地を形成し、ウクライナ軍を待ち受け、完膚なきまでに撃破した。ロシア軍の戦術は「ミートグラインダー作戦」と呼ばれ、その狙いは都市の占領ではなく、ウクライナ軍を弱体化することだった。この作戦は、ウクライナ軍に決定的な打撃を与えた。6月上旬、ドイツが供与した世界最強といわれるレオパルト戦車が次々とロシア軍の攻撃によって火の玉となる映像をパリのホテルのテレビで見た時の衝撃は忘れられない。

 ところが、ワグネルのプリゴジン氏はバフムト奪取を望み、ロシア軍に弾薬の補給を要請したが断られた(ワグネルは兵士を刑務所から集めたことから恩賞としての略奪が目的ではなかったかと筆者は推測する)。こうした戦術の違いからプリゴジン氏がロシア国防大臣に対して怒りを爆発させたとみられる(ドイツ在住グローガー理恵さんの7月11日付「ちきゅう座」論考を参照)。

 『戦争と平和の間のウクライナ』(原題は“UKRAINE ENTRE GUERRE & PAIX”、未邦訳)でボー氏は専門家や専門誌の情報に基づいて、2022年2月24日にウクライナ侵攻が始まった後、最初に核兵器の使用に言及したのは、英国のトラス前首相(当時は外相)であることを暴露している。同書によると、同日、トラス氏は「ロシアが紛争の激化を直ちにやめなければ、我々は最悪の兵器の使用を準備しなければならない」と表明、さらに同年8月には「それが人類の滅亡を意味するとしても、必要であれば核兵器のボタンを押す準備をする」とまで発言し、ロシアに対する「核威嚇」を宣言している。その言葉通り、アメリカは2023年3月11日、スペインの米軍基地に配備されていたB52型核戦略爆撃機を発進させ、サンクト・ペテルブルク方面へ向かわせるという核攻撃のシミュレーションを実施している。NATO側の「核威嚇」に対抗するため、プーチン大統領がベラルーシへの核兵器配備を表明したのは、その2週間後のことだ。

 同書でボー氏は人類滅亡に至る恐れのあるNATO側の危険な対ロシア挑発行為を告発している。ウクライナのゼレンスキー政権を使って戦争継続とロシアの弱体化を図っているのは西側(NATO)であることを、氏はスイス的「中立」の立場から喝破している。氏はローカル局のネットテレビやラジオに主演する以外、メーンストリームのメディアから排除されている。近隣諸国の圧力によってスイスの中立政策が揺るがされているように、ボー氏の中立的な言説も封殺の憂き目をみている。今後、スイスの中立政策の動向とともに、ボー氏の中立的言説の行方にも注目したい。(土田修)

*「ル・モンド・ディプロマティーク」は1954年にパリで創刊された月刊国際評論紙。欧米だけでなく、アフリカ、アラビア、中南米など世界各地の問題に関して地政学的・歴史的分析に基づく論説記事やルポルタージュを掲載。現在、23言語に翻訳され、34カ国で国際版が出版されている。日本語版(jp.mondediplo.com)は月500円から購読可能。
*土田修
ル・モンド・ディプロマティーク日本語版の会理事兼編集員
ジャーナリスト(元東京新聞記者)


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