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フランス文芸映画の傑作「幻滅」を見る
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フランス文芸映画の傑作「幻滅」を見る

牧子嘉丸

 物語は田舎町の印刷工として働きながら、いつかパリで一流詩人としての活躍を夢見ている主人公リュシアンとこの青年の才能を見抜いてパトロンになる美貌の貴婦人ルイーズとの出会いではじまる。やがて二人は恋に落ち、パリをめざして駆け落ちする。

 しかし、待ち受けていたのは厳しく苛酷な現実だった。詩人として暮らしていけるはずもなく、リシュアンは日々の糧をえるために文才を活かしてメディアの世界に入るが、やがてジャーナリズムの悪徳に染まっていく。田舎貴族のルイーズもまたパリの社交界に仲間入りするために、平民のリシュアンを切り捨てざるを得ない。 リシュアンはメディアの汚濁にまみれた享楽と虚無のなかで詩人の志を忘れ、ルイーズは虚飾の貴族生活のなかで真の愛を見失う。

 さて、ふたりの運命はいかに。それは映画をみてのお楽しみであるが、この作品の見どころをいくつか挙げておきたい。

 まず、映画として非常に面白いこと。何の予備知識もなく、時代背景を知らなくても十分世界に入り込んで楽しめる。むしろ、リシュアンの飛び込んだマス・メデイアの世界が、200年前のこととは思えず、現代のフェイク・ニュース(情報捜査・ウソの垂れ流し・匿名による中傷等)やステレス・マーケティング(誇大広告・誘導操作・霊感商法等)の横行に驚かされるだろう。

 ふたつ目は、フランス俳優陣のすばらしさ。主人公を演じたバンジャマン・ヴォワザンは、かつてのジェラール・フィリップやアラン・ドロンが一時代を築いたように、フランス映画界のスターになるのでは。美貌もさることながら、その演技力も卓越している。 ルイーズ役のセシル・ド・フランスもちょっと若き日のカトリーヌ・ドヌーブを思わせる容貌で、気品高く貴族的優雅さがあった。 なかでも私を喜ばせたのは、ジェラール・ドパルデユーが癖のある出版経営者役で出ていたことだ。詩人志望のリュシアンにむかって、「詩集なんて誰が買って読むんだ。それよりゴシップ記事でも書けよ」と言い放つ。容貌魁偉ともいうべきフランス演劇人の重鎮だが、セクハラやレイプ疑惑で揺れているそうだ。

 また映画のテンポもよく飽きさせない。パリの風俗描写も緻密に計算されている。背景の美術・装飾・調度品や貴族・平民の服飾デザインも当時のパリの雰囲気もこうだったのだろう思わせるものがある。何より、原作ではなかなか読み取れない大都市の光景・当時の民衆の風俗や習慣が視覚的に味わえるのである。

 最後に作者バルザックはマルクスがシェークスピア同様愛読した作家であることは有名である。イデオロギー的には王党派ではあったが、マルクスはそのリアリズムの手法を高く評価している。

 19世紀フランスの資本主義を分析するのに、バルザックの作品ほど有効なものはないとも断言している。

 ひそみにならえば、現代のマス・メディアの本質を暴くのに、この「幻滅―メデイア戦記」(原題)ほど最適なものはない。原作は上下二巻の大作だが、いま鬼才グザヴィエ・ジャノリ監督によって二時間あまりの映画としてその神髄を描いて世に送り出してくれたのである。

*4/14より全国で公開中


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