本文の先頭へ
LNJ Logo パリの窓から : 巨大社会運動の再来「年金改革」反対から専制的政権に対する反抗へ(2)
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item 0327pari
Status: published
View



 第85回・2023年3月27日掲載

巨大社会運動の再来:「年金改革」反対から専制的政権に対する反抗へ(2)


*3月7日の記録的大規模デモ。60歳退職を求める美術学校の生徒たち

 フランスでは今年の1月中旬以来、政府提案の年金改革法案に対して巨大な反対運動が2ヶ月以上続いている。満期退職年齢を62歳から64歳に遅らせるこの法案は、政府の言に反して財政的に必要がないこと、赤字を埋める方法は大企業の法外な利潤や超富裕層への課税などいくらでもあること、きつい重労働に従事する低所得層や女性ほど不利になることなどが、研究者や専門家、左派連合NUPESの議員などによって次々と明らかにされた。高い失業率と正規雇用の減少、高齢者の再就職の困難など現実を知る市民の多くは、これが不必要、不公平、残酷な改革だと理解し、改革への反対は8割にいたる。

 全ての労組が呼びかける統一デモは既に9回繰り返されたが、その都度全国各地で大勢の市民が路上に出る。エネルギーや交通機関など主要部門のストも行われている。それでもマクロン政権は反対の声を全く意に介さず、議会では数々の手口を使って討議期間を減らし、遂に強行採決を行った。これに対し、政体を揺るがす画期的な市民の運動が展開されている。

強行採決と市民の怒り


*強行採決後、コンコルド広場に集まった人々

 年金改革反対運動は2月の3回の大規模統一デモ、国民議会での審議打ち切りの後、3月7日から再び全労組・市民団体・左派政党の呼びかけによるストとデモが繰り広げられている。3月7日は史上最高記録の350万人(主催者発表、警察発表は128万)を動員した。その間、国民議会に続いて元老院(保守過半数)でも討議時間が足りず、法案項目をまとめた「束ね採決」など例外措置がとられて3月11日に可決された。その後の両院14人の議員からなる「ミックス委員会」の後、3月16日に元老院は可決したが、国民議会ではボルヌ首相が憲法49条3項を行使して強行採決した。

 その日の昼間から国会前に集まった労組や反対派の市民は、強行採決の知らせを聞くと、セーヌ河対岸のコンコルド広場に移動して抗議集会を開いた。市民の抗議集会・デモはその後毎日、毎夜続けられている。一部の労組は、法案が撤回されない場合は電力、製油所、港湾など主要部門のストの継続によって国を麻痺させると告知した。パリではゴミ収集員のストが続いており、路上にはゴミ箱とゴミが溢れている。強行採決以来、デモの最中にこれらのゴミ(箱)が燃やされることもあり、すると治安部隊が出動し、「黄色いベスト」運動の時と同様に度を越した不当な弾圧が行われるようになった。ケトリング(デモ参加者を狭い空間に閉じ込める)と催涙弾、棍棒などによる暴力、根拠もなく大勢(若者が多い)を逮捕して拘留する(最長48時間)など、デモ参加者に恐怖を与えようという方策である。


*「正義のない力は専制(圧制)である」パスカル

 国会では強行採決に対して超党派で内閣不信任案が提出され、3月20日にその採決があった。過半数287に9票足りず否決されたが、これほどの僅差はすなわち、マクロンの与党連合が過半数の「与党」ではない議会の状況を表している。保守・共和党の約3分の1の議員は、不信任に票を投じた。

 憲法49条3項の行使は年金改革に反対する市民の怒りを増長させたが、不信任案の僅差による否決はそれをさらに強めた。人々はその日の夜も翌日も、街に繰り出した。「労組に会おうともせず、これほど大勢の人が路上で反対を表示してもすべて無視するマクロンは、人を馬鹿にしている」と、誰もが口を揃える。「黄色いベスト」の時と同様、人々はマクロンの態度に侮蔑を感じるのだ。そして、マクロンや政府が唱える「民主主義」が嘘であることを、議会 に対するやり方においても理解した。ボルヌ首相による49条3項行使は実に11回目になるが(秋から提出された10の予算案をすべて強行採決)、当日まで大臣と与党は「49条3項を使わず普通に採決する」と言っていたのだ。ところが、過半数に必要な共和党の票が取れない、つまり否決の危険があると見たマクロンの意思で急遽、強行採決が決められた。年金改革法案の動向を追っていた多くの市民は、否決(負け)を認めず権力を濫用するマクロンの反民主的なやり方にショックを受けた。


*「49条3項は私たちだ」を掲げる父親、娘は「私の民主主義が痛い」

 不信任案否決後の3月22日、マクロンはテレビのインタビューに応じた。労組と市民が法案撤回まで反対運動(スト・デモ)を続行・強化するとの意思を示している時、大多数の国民の賛同を得られない改革にしがみつけば、路上のアピールは激化・暴力化する危険がある。また、議会でも過半数を得られない不安定な状況は、政体の危機を表している。ところがマクロンは、法案撤回も内閣改造も国会解散もしない、年金改革は必要だから正しいと自己弁護と自画自讃に終始した。全く何も変えないどころか、労組や反対野党を非難し、路上に出る市民を「秩序破壊者」と呼んで、キャピトルを襲ったトランプ支持極右分子にたとえたのだ。火に油を注ぐ挑発である。

 おまけに、「自分のおかげで、最低賃金生活者の購買力はこれまで最も上がった」というような虚言(それ言う前に、テーブルの下で自分の腕につけていた高価な腕時計を外して隠した!)を重ね、さらに低所得者への支援金RSAの改悪も口にするなど挑発を続けた。大統領は現実から離脱している点をこれまでも多くの人が指摘してきたが、市民(民衆)の要求をこれほどまでに踏みにじるマクロンの態度は病的で、常軌を逸していると感じる人も少なくない。

運動の拡大・激化と若い世代の目覚め

 翌日3月23日、統一労組の呼びかけによる9回目のデモ・ストは、3月7日の史上最高記録と同様、全国350万人、パリ80万人(主催者発表)を集める巨大デモになった。これまでよりずっと多くの若者が路上に繰り出し、彼らの若々しいエネルギーのおかげで陽気な音楽と踊り、叫びに溢れていた。

 人々のマクロンと政府に対する怒りと憎悪はさらに募ったが、ユーモアの効いたプラカードや垂れ幕、その他独創的なアイデアで、それを賢く楽しく表現している。憲法49条3項を問題にしたプラカードが目立ち、年金改革反対と共に、強行採決を濫用する反民主的政権に対する抗議が強く表される。マクロン「王」」とボルヌ首相はユーモアをこめて揶揄され、ボール紙で作ったギロチンや、「見ざる聞かざる言わざる」の「聞かざる」ぬいぐるみを掲げるなど、工夫を凝らしたアピールも目についた。気候デモの中心になる環境団体や若者たちのアクション団体は、温暖化問題と社会問題が密接に結合している点を強調してきたが、年金反対デモでも「環境破壊者たち(トータルなどエネルギー企業はじめ巨大多国籍企業)に課税せよ」という垂れ幕を持って大勢が参加、音楽に合わせて踊りも披露する。さらに、デモコースに面する建物のファサード全面に「撤回」と書かれた巨大垂れ幕を掲げて参加者の注目をひいた。


*「撤回まで(闘う)」の巨大垂れ幕

 若者たちの一部は最初からデモに参加し、一部の大学・高校では封鎖も行われたが、政府が機動隊をすぐに出動させたため、長く続かなかった。15歳〜20歳すぎの若者は、3年前からのコロナ危機によるロックダウンと数々の規制に、もっとも打撃を受けた世代だと見られている。貧困化(「心のレストラン」やフードバンクなどの食料の配給に並ぶ若者が激増)に加え、精神的にも鬱病など問題を抱える者は大学生の2割に達するという調査もある。そうした要素も、大学・高校で運動が広がらなかった背景にあるのかもしれないが、3月16日の強行採決以来、パリに限らず各地で、大勢の若者たちが路上に繰り出すようになった。マクロン与党は2月に、学食の1食を1ユーロに下げる(コロナ危機の際、しばらくこの措置がとられた)野党の法案を否決したことを、どの学生も覚えている。マクロン=ボルヌ首相による49条3項の行使は、政権(政治)に対する若者たちの幻滅と諦めを怒りに転化し、行動を起こすきっかけになったのかもしれない。

 こうして強行採決以来、大勢の若者を含む市民は、警視庁に申請済(3日要する)のデモ・集会のほかにも、自発的・自然発生的にパリのあちこちの地区で行進しながら 「マクロン、辞任!」と叫ぶようになった。黄色いベスト運動で生まれた「マクロンがいやでも、私たちは(しかと)ここにいるよ」という歌や、ラ・マルセイエーズも歌われる。この年金改革で2年多く働かされる(つまり自由に使える時間を2年間も奪われる)不当な法律を、大多数の反対を無視して反民主主義的に押しつける政権に対して、市民(民衆)が立ち上がったのだ。ラ・マルセイエーズはフランスの国歌だが大革命時に作られた歌であり、「専制政治に反抗して」という句がある。

 マクロンは反対市民を「群衆」や「猟犬の群れ」と侮蔑して呼ぶが、大革命後の王政復古の治世を倒した1830年7月革命の際、ヴィクトル・ユーゴーは「群衆だったあなた達は今、民衆(ピープル)になった」と言った。3月23日のデモの際、「49条3項は私たちだ」というプラカードを持った父親が、「私の民主主義が痛い(フランス国旗の絵を添えて)」と書かれたプラカードを持った娘と歩いていた。「正当な権利を持つのは大統領じゃなくて市民なんだ。」マクロン政権による権力の濫用のせいで、第五共和政は末期症状に達した。もっと民主的な新しい憲法を市民の討議によって制定し、第六共和政に移行する時期に来ているのだ。年金改革法を強行採決したマクロンの強権的なやり方は、欧米諸国の主要メディアでも批判的に報道されているが、イギリスの経済紙フィナンシャル・タイムズはなんと、議会にもっと権力を与えて「専制」を避ける第六共和政への移行を示唆する記事を載せた。

 一方で、世界各地からフランス市民の反対運動に対する支援メッセージが労組や服従しないフランスLFIに届き、ベルリンやアテネのフランス大使館の前では支援デモが行われた。イギリス政府は、予定していた年金改革を遅らせたようだ。

度を越した不当な弾圧


*「巨大貯水池」に反対して集まった人

 運動の広がりと共に、治安部隊による弾圧の暴力性・不当性も拡大された。路上のゴミ箱が燃やされたりとするとすぐ、治安部隊は催涙弾と棍棒、ケトリングなどの手段でデモ参加者を鎮圧する。むやみやたらに棍棒をふるったり、理由もなく催涙ガスをふりかけたりする警官もいるので、混乱する。そして、デモに参加しただけの大勢の人(特に若者)、時にはその場に居合わせただけの市民や旅行者まで不当に逮捕され、不当に拘留されるケースが続発した。それら不当な扱いを受けた人々や、それを目撃した人の証言に加え、一部の警官の暴力行為の録画、暴言の録音、逮捕された若者たちに対する警官の侮蔑的・差別的な物言いの録音(独立系ジャーナリストによる)の数々がソーシャルメディアで流れた。

 警視庁と内務省・政府は、デモ参加者の過激な暴力を告発して治安部隊の行動を正当化し、「ウルトラ左翼と極左翼」が混乱を生じさせていると語る。だが、現場を取材したジャーナリストや、警察の暴力行使の録画を見た人には、治安部隊が過度で不当な弾圧をしていることがわかる。実際、「黄色いベスト」運動弾圧の時と同様、催涙弾で指を失った女性や、片目を失った労働組合員がいる。治安部隊に暴力をふるわれたジャーナリストの証言もある。とりわけ、オートバイ部隊BRAV-Mの警官による暴力がすごく、服従しないフランスLFIの議員はこの部隊の解散を求め、国会のサイトで署名を始めた((3月27日、6万を5000を超えた)。「黄色いベスト」運動の弾圧の際もそうだったが、フランス当局の治安のやり方について、アムネスティ・インターナショナルやフランスの人権委員会だけでなく、欧州評議会の人権担当者や国連人権委員会も、市民の人権を侵害する不適切な対応だと指摘し、警告している。度を超えた不当な弾圧を認めないのは、マクロンと政府、与党連合、主要メディアのマクロンに媚をうるコメンテーターたちだけなのだ。

 さらに3月25日、フランス西部の農村部ドゥー=セーヴル県のサント・ソリーヌで行われた環境派市民のデモに対しても、法外な弾圧が行われた。昨年10月末にも同じ場所で「巨大貯水池」に反対する大きなデモがあった(7000人以上)が、今回はさらに規模が広がり、全国や他の国から3万人近く(警察発表6000人)が集まった。

 農業ビジネス(トウモロコシなど輸出用大規模農業)用の大量の水を確保するための巨大貯水池は、地下水を専有するため地域の小規模農業や飲料水を脅かし、生物多様性を破壊する。したがって、農民やエコロジストなど多くの市民の抗議運動が以前から続いているが、国は巨大貯水池建設を優遇する政策を変えない。フランスでは近年、温暖化の影響を受けた水不足が頻繁に起きて、地下水位が下がっているのに、マクロン政権は根本的な対策を全く取らないのだ。そこで、農民同盟や「大地の蜂起」、その他多くの環境・市民団体は定期的に大規模なアクションを起こすようになった。


*サント・ソリーヌでの弾圧を表紙にしたリベラシオン紙「弾圧のエスカレーション」
 何ヶ月もの準備を経て、家族連れも集まるフェスティバル的催しの一部が、貯水池予定地への抗議デモだった。県庁はデモの許可を出さず(討論会などの会場は許可)、内務大臣は3200人の憲兵隊を送った。そして、建設予定地に掘られた窪地(行政裁判所の許可は未定なのに、穴は掘られた)を反対市民から「守る」ために、4000の催涙弾や破裂弾、ゴム弾が打たれ、四輪オートバイ部隊が出動した。デモ隊側は200人の負傷者(そのうち一人はおそらくスティングボール手榴弾を受けて頭部に生死をさまよう状態、重傷40人)、憲兵隊側は47人の負傷者を数える。デモに参加した緑の党と服従しないフランスLFIの議員たちが、地面で応急手当てを受ける負傷者を守るためにヒューマンチェーンを組んだが、そこにも無差別に催涙弾・破裂弾が打ち込まれた。現場にいた人権リーグのオブザーバーによると、重傷者への救急措置の依頼を繰り返しても、憲兵隊の長が救急車の派遣を禁じたため、救助が3時間以上遅れたという。

 窪地を守るために戦争のような武装・武器で反対市民に対決するマクロン政権のもと、パリ警視庁は3月24日、中心部の広い範囲で集会を禁じる条例を発布したという。民主主義からの逸脱はどこまで迷走するのだろうか。3月28日には10回目の統一労組デモとストが予定されている。

2023年3月27日 飛幡祐規


Created by staff01. Last modified on 2023-03-27 19:45:49 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について