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 第84回・2023年2月6日掲載

巨大社会運動の再来:「年金改革」に再び反対するフランス市民(1)


*「もっとよい暮らしを、64歳退職にノン」

 昨年6月の総選挙でマクロン大統領の与党陣営は過半数を取れなかったが(245/577議席)、以後もこれまでと同様、インフレに苦しむ低所得層や失業者など弱者には厳しく、大企業と富裕層への課税を拒否する政策を続けている。国会で151議席を得た「新民衆連合(NUPES)」は、政府案に同調する保守(62議席)と極右の「国民連合」(89議席、現在88)と異なり、最低賃金の引き上げ、必要物資の価格凍結や気候対策などの修正案を出し、深夜まで奮闘してそのいくつかを勝ち取った・・・と思いきや、エリザベート・ボルヌ首相が率いる政府は、採決を打ち切って法案を通せる憲法49条3項という反民主的な方法を実に10回も行使し、予算案を全て通過させた。公益や気候対策に貢献できたであろう修正案は、全て切り捨てられた。どの政党も過半数に至らない場合、昨年秋からのドイツのように、通例は「連立」政府が組まれるが、立法機関を無視した前代未聞の強権的なやり方がマクロン政権の特徴と言える。

再び「年金改革」

 そして昨年12月、マクロン大統領は年が明けたらすぐに年金改革を行う意思を表示した。年金改革は大統領候補時の公約であり、自分は選出されたのだから実施するという論理である。しかし、これはこじつけだ。マクロンは最後まで政策綱領を具体的に明らかにせず、決選投票まで他の候補との討論会を拒んだため、大統領選キャンペーン中に年金改革はほとんど話題にならなかった。それに決選投票では、極右のルペンを阻止するためにマクロンに投票した人が得票(有権者の38,5%)の半数近くいて、マクロンの政策に同意した層は有権者の2割程度にすぎない。棄権と白紙投票の合計は34%にいたった。


*「マクロンと奴の一味は社会的・気候的犯罪人」

 そもそも、マクロンは2017年の大統領選キャンペーンで年金改革を公約にし、前任期中の2019年夏に「年金改革高等弁務官」が提案を発表した。年金満額支給の必要年数を増やし、従来の賦課方式から積立部分を増大するポイント制へ移行させる内容に労働組合と左派政党は反発し、2019年12月から大規模な社会運動が起きた。デモが繰り返され、第二次大戦後最長の国鉄ストも行われ、反対運動はオペラ座のダンサーや弁護士会、下水清掃員など、さまざまな部門に広がった。政府は2020年2月、国民の過半数が反対する改革を憲法49条3項を使って国民議会で通したが、3月に新型コロナ危機でロックダウンが施行され、年金改革どころでなくなって法案は反古にされた。

 前回の改革では、賦課方式を支える世代間相互扶助の原則を壊し、巨額の年金を民間の投資機関に提供するのが第一の目的だった。また、国鉄職員や下水清掃員をはじめ、週末・深夜労働など厳しい労働条件の部門が歴史的に勝ち取ってきた早期退職権を持つ有利な「特別制度」を廃止して、「平等な普遍制度をつくる」と主張した。しかし、改革の理由として政府が喧伝した赤字は、「年金オリエンテーション会議」の2019年当時の想定によると2025年にGDPの0,3%から0,7%にすぎず、賦課方式を崩す改革の必要はないのだ。スト・デモが続く中、政府の虚言が次々と露呈され、反対は過半数から7割に至った。

 そこで今回は、ポイント制はあきらめて、年金満額支給の退職年齢を現在の62歳から64歳に引き上げる内容に変わった。理由は前回と同じく「赤字が爆発するから」、しかし今度は「賦課方式と将来の世代の年金を護るため」となった。今回も赤字は真っ赤な嘘で、2022年度の年金金庫は30億ユーロ(約4250億円)の黒字、「年金オリエンテーション会議」も「ほとんどのシミュレーションによると大きな赤字財政の危険はなく、長期的にはむしろ改善される見込み」と発表している。ところが政府は、最も悲観的なシミュレシーションに基づいて財政危機を大げさに語り、「平均寿命が延びたのだから労働年数の延長は当然」などと、すでに退職年齢を引き上げたヨーロッパ諸国を例にあげる。ちなみにフランスでは、第二次大戦後65歳に定められた法的退職年齢が、ミッテラン政権下の左翼改革で1983年以降60歳に引き下げられたが、サルコジ政権下2010年の改革により2011年以降は次第に引き上がる方式で、1955年生まれ以降の世代では62歳になった。


*高校生組合のプラカード(憲法49条3項をもじって「49、3歳退職」)

 満額支給の必要年数も37,5年から42年に延び、失業、出産・子育て、病気などで分担金を払えなかった時期のある人が満額で年金を得るには、現在ではプラス5年、つまり67歳を待たなければならない。つまり、多くの人が法的退職年齢より長く働かなければ、満額を支給されないのである。そして現実には、失業率が高いフランスでは高齢者の延長雇用は難しく、50歳を過ぎて失業したら職はなかなか見つからない。退職年齢2年延期(2010年改革)の実態を調査したパリ経済スクールの研究によると、33%が失業、17%が傷病、10%が無職、つまり6割の人々は働けない。しかし年金はもらえないので、失業保険や他の社会援助を必要とする人数が増えるだけということなのだ。すなわち支出は年金金庫から社会保障金庫や国庫に移され、そちらの赤字を増やす。ちなみにマクロン政権は、失業保険の支給を大幅に減らす失業保険改革も行っており、2月1日から施行された。富の再分配として機能していたフランスの種々の福祉制度は、じわじわと着実に破壊されている。

記録的な社会運動の再来

 そんな背景ゆえに、新年早々の1月10日にボルヌ首相が年金改革の内容を告知し、「バランスが取れた公平で社会的発展をもたらす」改革だと言った途端、これまでの年金改革がもたらした現実を知る全労組は大反発した。労使協調路線のCFDT(フランス民主主義労働同盟)でさえ、法的退職年齢の2年の引き上げなどとんでもない、苦痛度の高い労働者への配慮がない(マクロンは苦痛度認定要素の10項目のうち、4項目をすでに廃止している)と怒り、過去12年間実現しなかった統一デモ・ストが1月19日に行われた。世論調査によると過半数の市民が改革に反対で、当日は全国200か所のデモ、総じて200万人(警察発表112万人)を数える大規模なデモとストになった。1995年冬に起きた大社会運動(年金改革と社会保障改革への反対)に匹敵する、すごい動員である。

 昨年末から来るべき年金改革に警鐘を鳴らしていた新民衆連合(NUPES)は、当然ながらこのスト・デモに賛同し、参加した。「服従しないフランスLFI」はそれに加え、労組より前に若者団体が呼びかけた1月21日土曜のパリのデモを応援して、社会運動の拡大を狙った。巨大デモ2日後にもかかわらず、若者たちが先頭を歩いたダイナミックなパリのデモは、15万人の市民を集めた。若い世代にも、「年金のためにもっと長年働かなくてはならない」というマクロンと政府の主張が虚言であり、富裕な株主を太らせるためのものだと理解した人が多いのだ。そして、各地の大学や高校では封鎖が始まった。

 マクロンと政府は、これほど記録的な人数が路上に繰り出しても譲らない態度を示し、人々は改革の趣旨を理解していないと(いつものごとく)市民を馬鹿にした発言を繰り返した。年金制度研究の専門家などが、この改革は、早くから就業し、低賃金で大変な労働(看護士やヘルパー、清掃など)をする人々、とりわけ雇用の中断期間が多い女性に不利な内容であること、つまり低所得層に最も負担がかかる不平等な改革であることを指摘しても、「女性や低所得者に有利」だと虚言を繰り返す。市民は自分や身近な人の実体験・状況に基づいて政府の嘘を見抜き、前回の年金改革の際と同様、反対する市民の割合は日に日に高まった。

 こうして統一労組による2度目の全国スト・デモが、1月31日に行われた。デモは全国250か所に増え、中小都市も歴史的な動員を記録した。主催者発表280万人(警察127万人)、1995年の社会運動を上回る勢いである。パリ(主催者発表50万人)ではイタリー広場から2つの行程に分かれてアンヴァリッドまで、人の波が延々と続いた。マクロンと政府はそれでも強硬な態度を崩さないが、労組は早速、2月7日と11日に次の全国デモを決定。ネネルギーや公共交通機関など主要部門では、7日から48時間スト(延長の可能性あり)を決めた。政府はいつものごとく「国民の迷惑を考えない無責任な封鎖」を非難するが、世論調査では3分の2が反対運動の続行を望み、6割がストで活動が麻痺しても政府を後退させるためと理解を示している。初めは改革に好意的だった高齢者層でさえ反対が57%に増えた。

国会でも闘い開始

 さて、大多数の国民が反対という状況を受けて、主要メディアでもマクロンと政府のよいしょ報道だけでなく、年金改革についての討論が頻繁に行われるようになった。新民衆連合NUPESは年明けから、各地で市民に向けた討論会をたくさん催し、多くの市民を集めている。

 そして国会での討議が、統一労組2度目の全国スト・デモ(1月31日)に先立つ1月27日から委員会で始まった。ここで強調すべきは、マクロン政権の反民主的で卑劣なやり方である。反対を押し切るために、政府は年金改革法案を社会保険の補正予算法案として提出した。補正予算法案の場合、「緊急性」を名分に両院での全討議を50日で打ち切ることができるからだ。国民議会での討議は委員会3日間、本会議11日間のみで討議を打ち切り、元老院でも同様に短い期間の討議となる。強行採択できる憲法49条3項と同様、憲法47条1項で定められているとはいえ、この先長い年月、全市民に影響を与える改革を補正予算法案として通そうとするなど、ほとんど憲法違反なのではないだろうか。

 したがって、左派のNUPESは2万に近い修正案を提出したが(そのうち「服従しないフランスLFI」だけでも13000近く)、与党ルネッサンスでさえ約400、保守のLRも1250を作成した。11日間で全部を討議することは不可能なので、討議の「妨害」だと与党は非難したが、2020年の年金改革の際に提出された41000より少ない。それに、「服従しないフランス」は修正案に、退職年齢を60歳に引き下げ、必要年数も40年に減らす独自の年金改革(政策綱領「共同の未来」)の内容を盛り込んでいる(NUPES各党も同様)。120億ユーロ(約1700億円)もの赤字がすぐ出るという政府の仮定に対し、それなら退職年齢を遅らせずに、それを埋める別の方法を法律で制定せよと主張する。例えば、マクロンが廃止した富裕税を導入すれば35億ユーロ、マクロンが導入した企業への減税をもとに戻せば80億ユーロ調達できるのだ。また、マクロンが免除した社会保険の分担金を復活させれば、年金にあてられる分は20億ユーロ増え、男女の給与差を是正して女性の給与を引き上げれば50億ユーロ増やすことができる。高額の給与に課す分担金の率を上げることもできる。

 政府がふりかざず「赤字」は巨額にみえるが、年金金庫の現在の支出額3300億ユーロ(約4兆6800億円)に対して3,6%、フランスのGDPの0,5%以下にすぎない。折しも、NGOオックスファム・フランス支部が2022年度報告書を発表し、フランスの大企業と億万長者の富が甚だしく増えた現状が示された。マクロンの富裕層優遇政策のせいで、貧富の差が拡大したのである。2020年からコロナ危機の影響を受け、ロシアのウクライナ侵攻以降のインフレで庶民の生活は苦しくなったが、長者番付1位(LVMH会長ベルナール・アルノー)から10位までのフランスの億万長者の富は、この期間になんと1890億ユーロも増えたという(アルノーは現在、世界で1位の億万長者)。上から42人の億万長者の財産に2%課税すれば12億ユーロ国庫が潤い、年金の赤字に回せるとオックスファムは提案する。 https://www.oxfamfrance.org/rapports/nouveau-rapport-la-loi-du-plus-riche/

 ところで、極右の国民連合も年金改革に反対しているが、デモ・ストは呼びかけず参列もしない。提出した修正案は200足らずで、討議にも活発に参加しない。メディアでは反対を唱えるが、NUPESのような対抗案は作れず、「多産奨励」が唯一独自の提案だ。国民連合は国会でこれまで、左派が提案した最低賃金の引き上げや物価凍結などの社会政策に、与党・保守と同じく反対票を投じてきた。年金の赤字対策としても使える富裕層への課税にも反対している。ルペンの国民連合が「庶民の味方」でないことは、国会での彼らの言動(NUPESの議員と比べて欠席が多く、修正案や質問の提出も少なく、ほとんど働いていない印象を受ける)を見ればすぐわかるはずなのだが、主要メディアの多くが「服従しないフランス」とNUPESを敵視し、国民連合を好意的に報道してきたせいなのか、誤った印象が定着してしまったようだ。おまけに、年金改革について国民投票を求める修正案は、NUPEではなく国民連合のものが採用された。、恒例に従えば、先に提出して署名人数も多いNUPESの修正案が採用されるべきなのに、国民議会の議長(与党)がくじ引きで選ぶことを決め、国民連合の方を選んだのだ。2月6日からの本会議での討議は、その修正案から始まる。

二つの世界観

 2月7日のデモとスト(48時間、延長の可能性あり)、11日のデモには再び大勢の市民が集まるだろう。反対運動は大学や高校へ波及するかもしれない。

 前回の2019-20年の時と同様、年金改革は二つの世界観の間の闘いである。マクロンが推し進めるネオリベル経済は飽くなき利潤を追求し、他者の暮らしや公益を踏みにじる競争と我欲の社会だ。人は人間性を否定されて疲弊し、使い捨てられ、弱者は見捨てられ、環境が破壊される世界である。この非人間的なヴィジョンに抗して、人と人のつながりを回復し、相互扶助によって社会を成り立たせ、環境との調和を取り戻す「もう一つの世界」を築こうとする人々がいる。1月21日のパリのデモでのジャン=リュック・メランションのスピーチから、この世界観を引用する。

 歴史上、労働の収益率は画期的に向上し、労働時間が短縮された。もっと働く必要などないのだ。ところがマクロンたちのネオリベラリズムは、健康と教育を商品化しつつあるのと同様、労働以外の時間(と様々な活動)も全て商品化しつつある。そうさせてはならない。「自由時間」は完全に人間的な時間であるべきなのだ。それを世代間の交わりや他の人々のため、愛するため、歌や詩や絵や、何でも好きなことに使ったり、あるいは何もしないで過ごしたりして、私たちは人間的に生きたい。それに、何のために、ますますたくさんの物を生産する必要があるのか?実は、いらない無駄な物を限りなく生産しているのだが、それは馬鹿げていて環境を破壊する。そのために2年も労働年数を伸ばしたら、失業者と病人が増えて、私たちの人生の2年が奪われるだけなのだ。さらにたくさん生産するのではせなく、もっと良く生産するーーつまり生産量は減らし、働く時間も減らし、みんなが働けるようにするべきなのだ。

2023年2月6日 飛幡祐規(たかはたゆうき)


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