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毎木曜掲載・第279回(2022/12/1)

歴史の風化に楔を打つ

『連赤に問う』(上毛新聞社 著、上毛新聞社、1500円)評者:大西赤人

 1969(昭和44)年は、1960年代の終り瓩箸い思い入れが手伝っているかもしれないが、現代史における大きな節目としてしばしば採り上げられる年である。世界では南ベトナム共和国臨時革命政府の樹立、ニクソン米国大統領の就任、ド・ゴール仏国大統領の辞任、アポロ11号による人類初の有人月面着陸、ウッドストック・フェスティバルの開催などが、国内では、連続射殺事件の犯人・永山則夫逮捕、東名高速道路の全区間開通、10.21国際反戦デー闘争、佐藤首相訪米阻止闘争、日米共同声明(1972年の沖縄返還合意)発表など、たしかに様々に重要な出来事が記録された一年だった。そして、日本において人々の記憶に強く刻まれたものは、同年1月18日に起きた東大安田講堂の封鎖解除であったろう。

 この頃、大西は中学二年生(14歳)だったのだが、メディアを通じて社会や政治に関心はあったし、学校の社会クラブでは、「大学紛争を考える」と題して他愛ないイベントを開いたりもしていた(各学年から奇特な生徒が集まり、至極真面目に話し合った)。とはいえ、今から思えば僅かな年齢差だったにせよ、「大学生」は遠い存在であり、安田講堂も遥か彼方の出来事だった。心情的には、立て籠もる学生たちに与《くみ》する想いは確実だったため、難攻不落のごとく報じられていた猴弸畢瓩本気の機動隊によって解放されてしまう光景には、一種の失望を感じていたように思う(本事件の影響でこの年の東大入試は中止となり、当時、判官贔屓で東大野球部を熱心に応援していた筆者は、新一年生部員皆無の状況に大いに気を揉んだものだ)。

 それに較べて、ほぼ丸三年後の1972(昭和47)年2月に発生した「あさま山荘事件」の際の自分は、どのような気持ちで経緯を見ていたのだったろうか? 最高視聴率89.7%を記録したというテレビ実況中継を大西も追っていたし、ここでもまた、民間人を人質とした連合赤軍のやり方に賛同はせずとも、圧倒的な警察の力――それを象徴する鉄球――に立ち向かう姿に対して、なにがしかの感情移入をしていたことは確かだった。その後、山岳ベース(リンチ殺人)事件が明らかになって行くにつれてさえ、彼らのあまりにも狭小で硬直した主義主張に暗澹たる想いには駆られたものの、やはり総てを否定することは出来なかったように思う。

 本書『連赤に問う』は、二つの事件の舞台となった群馬県の地方紙『上毛新聞』が50年=半世紀(!)の時間を経て、2021年11月から2022年5月まで紙上に連載した約45編の――当事者、周辺の人々など様々な関係者に対する――取材記事、インタビュー記事等をまとめ直した一冊である。取材を担った記者であり、事件から「10年余り後に生まれた」という五十嵐啓介は、「あとがき」で次のように記す。

「発生から50年たち、連合赤軍事件は風化が著しい。果たして、戦後史のどこかに位置付けるべきものなのか。そうであるなら、どう捉えれば良いのか。本書の基となった上毛新聞の連載『連赤に問う』は、こうした視点を出発点にしている」

 そして五十嵐は、こうも書く。
「連合赤軍事件を肯定的に受け止めることは、未来永劫ない。一方で当事者たちに、顕在化した戦後社会のひずみに対する義憤のような思いがあったのもまた、事実だろう」

 五十嵐を非難する意図はないのだが、このような事案に関しては、まず批判(否定)を前提とし、その上で留保的に一定の理解をも示すというような迂遠な言い回しが採られがちである。猖塾呂呂い韻覆き甅狄融Δ靴狼されない瓠宗修修譴蕕量紳蠅呂劼箸泙瑳明のごとく提示されるし、口にすることも容易だが、では、その理路は個々人の内面でどこまで突き詰められているのだろう? 暴力とその極致たる殺人とを理由に連合赤軍を否定する人々は、その延長線上において、暴力を象徴する一切の戦争行為をも否定し得るのか? 侵略攻撃を受けても、自衛権を棄てて非暴力を貫き得るのか?

 連合赤軍事件は、思想の問題というよりは、少数の人間が物理的・精神的な閉鎖空間において極限状況に至った結果のようにも思われる(心理学者・ジンバルドーによる「スタンフォード監獄実験」なども想起される)。しかしそれは、明治以来、今に至るも培われてきた日本の根強い反共的土壌と見事に合致し、結果、本書においても現在の日本に関して「社会主義側の完全敗北」「社会主義が崩壊した今日」「左翼政治は怖い」「左翼が思考停止に陥った」などの表現が並ぶこととなっている(もう十年以上前になろうか、『朝まで生テレビ!』の常連だったいかにもリベラル派・革新派代表格の評論家が、何かの拍子に攻撃を交わすべく苦笑しながら猜未縫椒は左翼じゃないですよ瓩頒譴い人融劼飽∩海箸気擦蕕譴慎憶がある)。日本の左翼と位置づけられる人々の多くが、連合赤軍について十分明確な評価――昔ながらの言葉を使えば総括――を実行していないことも否めないだろう。

 本書は、「連合赤軍事件は風化が著しい」とする時代に向けて、楔を打とうとするような一冊である。この件に留まらず、歴史の風化とはしばしば用いられる言葉だが、実は、過去に起きた出来事そのものが風化すること――消えて行くことなどはない。風化するとすればそれは、出来事の正確な記憶と教訓とである。多数の人物が登場する連載記事を集約しているためにやや散漫に感じられる部分もあったものの、非常に意欲的な一冊となっている。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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