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毎木曜掲載・第272回(2022/10/13)

一本のネジではなく、真の人間として

『武漢日記 封鎖下60日の魂の記録』(方方 著 河出書房新社 )評者:わたなべ・みおき

 この夏コロナに感染し10日間自宅療養した。幸い軽症だったがそれでも「隔離」はつらかった。コロナ発生当初に感じていた未知のウイルスへの恐怖と不安、自由に移動し、人と会えないことによる閉塞感を思い出すと同時に、既にこれらの感覚を忘れかけていた自分に驚きもした。

 2020年1月、日本でダイヤモンド・プリンセス号でのコロナ感染が報じられていた頃、「発生源」とされる中国武漢で世界初のロックダウン(都市封鎖)が行われた。その後感染は瞬く間に世界中に拡大し日々の暮らしが一変してしまったわけだが、あれから3年近く経つ今、このまま元の生活に戻るだけでよいのか、振り返る意味でも当時のブログ『武漢日記』を読み返す意義はあるだろう。

 武漢に60年以上暮らし、武漢人としての誇りを持っている作家、方方(ファンファン)によって発信されたブログは、封鎖された都市の中で何が起きているのか、作家として記録するために始められたものだったが、コロナに関してわからないことが多かった当時、世界中の人に読まれたという。

 マスクが手に入らない焦りや、増大する死者の数、苦悩する医療現場の報道、何を信じたらよいのかわからない不安等がまざまざと思い出される。同時に、真に国民によりそうNZ首相の言葉と、使えないマスクに多額の税金が投じられる国との、彼我の差に愕然としたことも思い出した。

「ある国の文明度を測る唯一の規準は、弱者に対して国がどういう態度を取るかだ。」

 多くの書評で引用されたこの言葉に表れているように、著者は日々の暮らしの状況とあわせ、政府、役人の責任追及を繰り返し記している。

 「感染は制御できる、ヒトからヒトへの感染はない」と政府高官の会議の開催を優先し、感染対策をとるよう警告した医師の意見が抹殺された結果の感染拡大。官僚たちに「人が大切だという概念がなく、庶民の立場を考えて行動しない」ことが大きな問題だとする一方、政府高官が視察に来た際に市民から上がった批判の叫び声について、「この声がなければ高官が市民の苦しみを知ることはなかっただろう」として、責任を追及することの大切さも記している。他人と違う声を発するのは難しいが、少なくとも一人一人が偽装に加担しないことから社会は進歩する、と。

 それは、文化大革命(文革)のさなかに教育を受けた著者自身の経験からの信念なのだろう。自分は「独立した人間」ではなく、「機械が止まれば自分も止まり、機械が動けば自分も動く、一台の機械の一本のネジだった」という著者は、文革で叩き込まれた「毒素」を追い出して、自分の目で世界を見、自分の頭で問題を考えようと努力した結果、「自分が救われ、硬直し錆びついた一本のネジが、真の人間に変わった」と書いている。

 アベノマスク、Go To トラベル、給付金、アプリCOCOA等、投じられた税金の使途は妥当だったのか、効果の検証はこれからだ。批判にさらされ何度も妨害されながらも毎日ブログを更新し続けた、著者の姿勢に学ぶことは多い。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。


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