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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『フツーの校長、市長に直訴! ガッツせんべいの人権教育論』
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毎木曜掲載・第265回(2022/8/4)

「さあ、勝ち抜いてこい!」とは言えない

『フツーの校長、市長に直訴! ガッツせんべいの人権教育論』(久保敬 著、解放出版社、1500円) 評者:大西赤人

 筆者は爐笑い瓩鯲匹見聞きするほうで、以前から漫才・コントのコンビ「かまいたち」が好きである。ツッコミの濱家隆一は子供時代の自分について、しばしば猊亘海如∧拔もしなくて、ヤンチャ(ワルに近いニュアンス)で瓩箸いΔ茲Δ某兇衒屬辰鴇个い鮗茲襪里世、たしかに学問的知識や教養が潤沢ではないとしても、その言動は無知・無学とはほど遠く、いわゆる「地頭」の良さを折々に感じさせる。

 先頃、その濱家に関して、『朝日新聞』に「『出会えてなければ人間ゆがんでた』かまいたち濱家さんが慕う先生」「やんちゃだった僕を認めてくれた先生」「『ごめんな』」と謝ってくれた かまいたち濱家さんの人生を変えた先生」というようなタイトルの連続記事が載っていた。「教科書も持っていかへんし、手ぶらで学校行くようなやつやった」濱家少年が、5、6年生時の担任との出会いから学習に前向きになり、将来は「漫才師でめちゃめちゃ売れてる」と卒業文集に書くほどまでに変貌したというのだ。そして、その担任教師が、昨2021年、松井一郎・大阪市長らにコロナ禍における市の教育施策を批判する「提言書」を送り、大きな話題となった人物――久保敬であることを初めて知った。

 大西は昔から、絶対やりたくない――自分には出来ない――職業は医師と教師(とりわけ小中学校の教師)と考えていた。どちらも文字通り人間の運命を直接的に変える可能性があるからで、もちろんそこには良い方向に動かす場合も含まれるわけだが、間違えば人生を枉《ま》げてしまうかもしれないと思うと、恐さのほうが先立った(後年、ある人から狢臉召気鵑遼椶鯑匹鵑粘埜郢佞砲覆蹐Δ鳩茲瓩泙靴伸瓩箸いΔ佞Δ吠垢された時、晴れがましいくらいの話なのに、むしろ戦《おのの》きを感じたことを覚えている)。

 濱家が救われたと感謝する久保は、本書において自らを「ぼくは優柔不断で決断力のない人間です」(「はじめに」)と書き起こす。子供時代には「テストの偏差値に一喜一憂し、自分の価値をそこに見出し」「自分より下だと思ったら、平気で見下すような態度がとれる人間」だったと振り返る。テレビドラマ『熱中時代』の水谷豊扮するヒーロー先生に憧れて小学校教員になったものの、熱意ばかりが先走って子供の心情を推し量ることはなく、「正しいことを教えてあげているのだから、言われたことに従うのは当然なのだ」と考えていたという。そんな久保は、始めて勤務した学校で「解放教育」を知り、被差別部落や在日朝鮮人の子供たちとも触れ合う中で、「正直なありのままの一人の人間として子どもに向き合うことの大切さ」を教えられる。

 2011年の橋下徹市長誕生以来、大阪市では「教育行政基本条例」や「学校活性化条例」が制定され、教職員組合に対する弾圧が強まり、学校は生徒の評価や競争の要素ばかりが際立つ場となった。そして、コロナ禍において現場を無視した「オンライン授業」が実施される中、大阪市立木川南小学校の校長だった久保は、ついに矢も盾もたまらず「豊かな学びの文化を取り戻し、学び合う学校にするために」と題した提言を松井市長に送る。その行動は勇気ある直言として多くの賛同と支持とを受けるものの、当局にしてみれば、それは看過しがたい叛乱であった。「提言書」提出から約三ヵ月後、久保は「あなたの行為は、職務上の義務に違反するとともに、本市学校園に勤務する教育公務員としての職の信用を傷つけるものである」として、市教育長から「文書訓告」処分を受ける(その後、処分取り消しを要求中)。

 しかし、提言の内容は、機器の充当、教師の準備、生徒の習熟などが欠けたまま強行されるオンライン教育への懸念と疑問を示したものに過ぎず、それを「子どもの安心・安全に関する関係教職員らの努力を蔑《ないがし》ろにしたもの」(「訓告」から)と位置づけるなどは、単に事実の糊塗隠蔽でしかない。家庭に貸し出すWi-Fiルーターも足りない中で、どうやって全員一斉に在宅でオンライン授業を受けろというのか?

 久保は、提言の冒頭にこう記している。
「学校は、グローバル教育を支える人材という『商品』を作り出す工場と化している。そこでは、子どもたちは、テストの点によって選別される『競争』に晒《さら》される」

 これは、橋下、吉村(洋文)、松井三代の「維新」市政の中で推し進められた教育体制に向けた久保の自省的悲鳴である。ところが、この率直な言葉をも「訓告」は、「これが比喩的な表現であることを考慮しても、児童生徒を『商品』に例えていることが不適切な表現であるとともに、日々業務に励む関係教職員らの努力を蔑ろにしたもの」と本末顛倒に断ずる。

 コロナ禍が始まって二年半余。もちろん人々はそれぞれに疲弊し、様々な行き詰まりを感じているだろう。けれども、不満を十分に表すことが出来ず、総てをつかみきれないまま自分の中に抱え込まざるを得ない子供たちは、大人たち以上のストレスに苛まれながら学校生活を強いられているのではないだろうか。加えて、全国的に教員の不足が指摘されており(NHK調べで全国68の教育委員会を対象に2800人、全日本教職員組合調べで19都道府県と4つの政令市を対象に1020人)、状況はますます悪化しているかもしれない。

 久保は、「戦場のような社会に『さあ、勝ち抜いてこい!」と送り出しているぼくは、『立派に死んで来い』と教え子を戦場に送り出した戦前・戦中の教師と変わらないではないかと』と記している。武器を手にすることはなくとも、疑問を持たず、思考停止し、指示されるまま忠実に動く人間、そして斃れるまで戦う人間を作り出す場……それは学校ではなく、まさに悲惨な工場そのものであろう。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人、志水博子、志真秀弘、菊池恵介、佐々木有美、根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、わたなべ・みおき、ほかです。

*レイバーネットTV(2022.5.18)で、久保敬さんが出演している。https://youtu.be/OawOYUg9ocQ


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