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毎木曜掲載・第253回(2022/5/12)

自ら破滅に向かっている人類へ

『ゴリラからの警告ー人間社会、ここがおかしい』(山極寿一 著、毎日新聞出版、2022年4月30日刊) 評者:根岸恵子

 本書は2018年に刊行され、今年4月に文庫本として新たに出版された。文庫本にするに際し、本書の校閲者として関われたことを光栄に思うとともに、この閉塞感に満ちた世界に向けてこの本を多くの人に読んでもらいたいと思った。

 本の裏表紙に「私たちはこの地球を人間の支配のもとにつくり変えたと思い込んでいた。気候変動、パンデミック、戦争、大きな危機にある人類―プラネタリー・バウンダリー(地球の限界)を迎えた中、私たちが幸福に生きるためには、何が必要なのか? 動物の一種としての人間に立ち返り、これからの共同体・国家のあり方を問う」とあるように、山極さんの問題意識は明快で、その答えをゴリラに求めていることも霊長類学者・人類学者ならではのことだろう。

 文庫本として発刊するにあたり、そのまえがきで、今の地球規模で起きている新型コロナへの脅威、ロシアのウクライナ侵攻と第3次世界大戦の危機に触れ、科学の進歩と膨大に膨らんだ世界経済などにより「神の手」を手に入れたと思い込んでいる人間の驕りについて警鐘を鳴らしている。「私たちは人類の発展の歴史を謳歌するだけでなく、人類がどこで間違ったのかを理解するために、自然と再び会話しなくてはならない時を迎えている」。

 山極寿一は、1952年に東京で生まれた。ご存じの方も多いと思うが、2014年に京都大学の総長となった。その後日本学術会議の会長を経て、現在は総合地球環境学研究所所長という日本の学術界をけん引する存在である。しかし、有名なのは、ゴリラ額の世界的権威で、ゴリラを主たる研究対象にして人類とはなんであるかを研究していることだろう。

 自身で「ゴリラの国へ留学してきた」と述べているように、アフリカの熱帯雨林にゴリラの調査で入り、ゴリラの群れの中で過ごし、ゴリラから多くのことを学んだ。そうして一頭のゴリラとなって、人間社会に戻ってきてみると、人間の動作がなんだかぎごちないものに思えてきたという。なぜゴリラのように泰然自若としていられないのか。人間同士のかかわり方もおかしい。人間はおせっかいで困っている人を助けようとするのに、なぜ寄ってたかって弱い者をいじめるのか。当たり前だと思っていた人間の暮らしも、とても不思議なものに見えてきたという。

 人間はもともとゴリラやチンパンジーと共通の先祖があったにもかかわらず、なぜ人間だけが現在のような生き方をしているのか。ゴリラの目から見て不思議と思える人間の特徴は、過去に何らかの理由と背景で変化した歴史にあるのではないか。この本はその答えを、ゴリラの目を通して、また、ゴリラ、チンパンジー、サルなどと比べながら探っていこうとしている。人間の特性というものを理解することができれば、私たち人類の将来はもっと明るいものになるかもしれない。

 実はゴリラというのは平和的な動物である。人間の暴力性についてはいつも関心を持っているが、ゴリラの世界には勝ち負けはない。ゴリラには暴力を避けるための儀式的な行動がいくつもあるという。胸を叩く動作は周囲に自分の意志を知らせる行為で、宣戦布告ではない。戦わず双方がメンツを保ち引き分けようという提案なのだという。人間は口先だけで平和を述べるが、戦争が絶えたことはない。アメリカ元大統領のバラク・オバマはノーベル平和賞の授賞式で「戦争はどのような形であれ、昔から人類と共にあった」と述べた。平和を維持するうえで武力は必要だというのである。山極さんはそれを「大きな誤解」だと批判している。「戦争につながる暴力は人間の本性」という概念は間違いであり、帰属意識を強めるために、集団間の闘いという手段が生じたのだと述べている。また、戦争は結束を促すから政治の格好の手段となる。「世界は暴力とは別の手段を採用して紛争を解決すべきだ」

 また人間は土地ではなく集団に帰属する生き物だから、土地が支配する時代を終焉し、重要なことは、その土地を誰がどう使うかだという。人間はテリトリーを持つようには進化していないことを思い出し、地球の土地を共有すべき新たなルール作りをすべきだという。

 地球上には様々な生き物が暮らし多様性を尊重し、自然を守ることが大切だ。人類はあまりに自己中心的に自然を破壊し、地球を汚している。気候変動や地震などの天災など地球からの反撃はすでに始まっている。また、ロシアのウクライナ侵攻後の成り行きを見ても、世界戦争への道筋が見え隠れし、人類は自ら破滅に向かっているのではないか。

 人類は霊長類という動物なのであり、自然に依拠しなければ生きていけないということをもう一度思い出す必要があるだろう。そんなことはもうずいぶんと前から言われているのに、なぜまだ目が覚めないのだろう。それは人類に対する「ゴリラからの警告」なのである。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。


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