本文の先頭へ
LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『アレクシエーヴィチとの対話−「小さき人々」の声を求めて』
Home 検索
 




User Guest
ログイン
情報提供
News Item hon239
Status: published
View


毎木曜掲載・第239回(2022/1/20)

アレクシエーヴィチ−その世界への招待

『アレクシエーヴィチとの対話−「小さき人々」の声を求めて』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ、鎌倉英也、徐京植、沼野恭子、岩波書店、2021年6月刊、2900円)評者:志真秀弘

 アレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』を読んだのは5年前2016年の夏だったが、その時の衝撃はいまも忘れない。同じ年の11月には二度目の来日をしたアレクシエーヴィチの話をぜひ聞こうと、〈あるくラジオ〉の仲間と東京・本郷で開かれた「対話・質疑応答の会」に出かけた。帰路たまたま見かけた彼女のやさしい様子は今でも眼に残っている。

 第2次世界大戦時、ソ連では100万人をこえる女性たちがナチスドイツとの戦いに出征した。それも看護師や医師としてではなく、多くは兵士として武器を手にした。パルチザンや非合法の抵抗運動に身を投じた女性たちも多かった。そうした従軍女性たちから戦場体験そして戦後の現実を聞き取り、女たちの戦争の真実をアレクシエーヴィチは記録した。彼女にとってのこの第一作は1983年にできあがっていた。が、原稿は「反国家的」とされ2年間はお蔵入りとなり、ペレストロイカのはじまった1985年にようやく刊行された。

 本書『アレクシエーヴィチとの対話−「小さき人々」の声を求めて』はアレクシエーヴィチの世界へのすぐれた案内となっている。彼女は、自分が関心を持ってきたのは「小さな人」と語る。権力の対極にいて、あらゆる苦難を引き受けて生きねばならない「小さき人々」。彼女はそうした人々を愛し、その声をひたすら聞いてきた。

 NHK映像ディレクターの鎌倉英也は本書の編者と言っていい。彼の1999年10月に始まる取材、多くはアレクシエーヴィチとの共同取材でもあったが、その記録が本書の中心になっている。ベラルーシの首都ミンスクにあるアレクシエーヴィチの住む集合団地の一室から取材の旅は始まる。それから足掛け2年、アフガン帰還兵の住むシベリア・ミンスク、さらに奥地の村へ、チェルノブイリ近郊30キロメートルの立ち入り禁止区域「ゾーン」へ、そしてチェチェン戦争に傷ついた若い兵士の住むサンクトペテルブルクへと鎌倉たち取材クルーとアレクシエーヴィチは旧ソ連の大地を駆け回る。そして十数年の時を経た2016年、鎌倉とアレクシエーヴィチとは福島へ向かうことになる。チェルノブイリを共に訪れたときには夢想だにしなかった旅だったと鎌倉は書いている。


*来日したアレクシエーヴィチ氏(2016年11月)

 本書の過半を構成する鎌倉のこの撮影紀行そのものがアレクシエーヴィチ文学への秀逸な招待と言えるが、同時に、彼の映像作家らしい共同作業者への心配りが印象に残る。わけてもベラルーシフィルムの撮影用レール敷き職人だったゲンナジー・レプチンスキーへの追悼の一節はわたしの心をとらえた。レール敷きの手際に優れ、撮影の土台を作ってくれたゲンナジーが2003年春に肺がんで亡くなった。鎌倉はそれを聞いて「胸を火箸で刺されたような衝撃を受けた」。チェルノブイリ事故で汚染された土に接し、手と顔を泥まみれにして働いてくれたのはゲンナジーであったからだ。鎌倉は書く。「ベラルーシで出会うことのできた美しい『小さき人』。ゲンナは、私のかけがえのないクルーとして、今もなお、台車を押すようにして私の背中を押し続けている」。

 アレクシエーヴィチと徐京植との対談、そして徐京植の手紙に触れないわけにはいかない。この対談は噛み合っているとは言えないかもしれない。にもかかわらず重要な問題が二人によって示されている。徐京植は「ロシア革命以前のロシアに戻らずに、個人が国家に対してもの申し、人々が兄弟として付き合っていくようなオルタナティブな社会はいかにして実現できるでしょうか」と問う。アレクシエーヴィチは「私が唯一わかっているのは、それが長い道のりだということです」と応えている。徐京植は、その答えは十分には自分を満足させなかったと書いている。彼の言うとおり対話はこれからも続き、さらに答えが探られることになるだろう。大切なのは読むもの自身もこの対話に加わることだ。

 最後に置かれた沼野恭子「ユートピアの声」は、アレクシエーヴィチの証言は「生き物」だとする言葉に、彼女の文学を解く手がかりをみている。さらに、巻末の鎌倉英也の関連する映像作品一覧を見ると、これらをまとめていまからみることはできないのかと切に思う。

 過酷な証言に満ちた記録文学は、こうして映像への旅、対談、文学論などに折り込まれて異化され、読み手にとってはいっそううけとめやすいものになっている。なおアレクシエーヴィチは2020年9月末、ベラルーシに留まることができず、いま二度目になる亡命生活をベルリンで送っている。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。


Created by staff01. Last modified on 2022-01-20 12:49:04 Copyright: Default

このページの先頭に戻る

レイバーネット日本 / このサイトに関する連絡は <staff@labornetjp.org> 宛にお願いします。 サイトの記事利用について