アリの一言:日曜日記188・「国家」のない世界を | |||||||
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大学入学の直前にベトナム戦争が終結した(1973年1月平和協定調印)。「民族解放の戦争」といわれた。入学後、学生運動で何度もデモに参加した。「われわれは再び銃を持たないぞ」という反戦シュプレヒコールは、「再び侵略の銃は持たないぞ」が正しいのだと言われた。「祖国」を守るためなら銃を持つこともある、ベトナム人民のように、と。 「侵略の武力行使」と「祖国防衛の武力行使」は根本的に違う。憲法は「防衛のための武力行使」は禁じていない。そう信じてきた。かつて社会党が主張した「非武装中立」は非現実的空論だと教えられてきた。 しかし、果たしてそうだろうか。 ウクライナのゼレンスキー大統領は8日、イギリス議会でオンライン演説し、「どんな犠牲を払っても、われわれの土地を守るために最後まで戦う」と述べて絶賛された。ジョンソン首相は「西側の民主主義国家を結束させる内容だ」と称賛し「英政府はウクライナへの武器供給を推進する」(10日付東京新聞)とエールを送った。 侵略者は常に武力で「国益」の拡大を図る。それに対し、侵略された側が「祖国」を守るために武力で「徹底抗戦」すれば、戦争は長期化し犠牲は膨らむ。 「国家」という人類の制度は、もうとっくに耐用年数を超えているのではないか。 戦争だけではない。地球規模の環境破壊・異常気象、世界的な貧富の格差拡大、膨大な飢餓人口、難民の増大、外国人労働者の権利侵害、人種・民族差別、「国家」に翻弄されるアスリートたち…。世界の主要な問題はすべて「国家」という機構と、それに寄生して利益を得ている独占資本家、「政治家」によってもたらされている。 人類はもう「国家」を卒業すべきだ。 「国家」がなければ軍事力は必要ない。戦争は起こり得ない。世界を自治地域の小単位に分け、それを統括する民主的組織を創設する。 夢だが、絵空事ではない。「国家のない世界」という目標を共通認識にして、それをどうやって実現するか、世界の英知を結集すべきだ。 若松英輔氏(批評家)が「ウクライナ危機」に対する特別寄稿で、「「弱い人」の存在によってこそ、平和が守られている」と言っている(12日付琉球新報)。そして、筋ジストロフィーの詩人・岩崎航氏の次の詩を紹介している。 障がい者は戦争のない 平和の中でのみ 生きていける 「世界市民」と「国家」は相容れない。「国家」のない世界でこそ誰もが「世界市民」になれる。 大国の国家主義による「世界秩序」という古い殻を破り、「国家」のない世界をつくろう。そしてみんなで「世界市民」になろう。それが人類の危機を救う道だ。 Created by sasaki. Last modified on 2022-03-13 08:31:30 Copyright: Default |