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LNJ Logo 太田昌国のコラム : ウクライナ報道を大事にしつつ、視野をさらに広く、深く……
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 ●第66回 2022年4月10日(毎月10日)

 ウクライナ報道を大事にしつつ、視野をさらに広く、深く……

 各紙に週一回掲載される短歌と俳句の欄には、時事詠・社会詠が多い。この間は、ロシア軍のウクライナ侵攻に関わる作品が多くを占める。だが、目を覆うばかりの悲劇に溢れているいま、その報道に基づいて歌をつくるのは、私のような素人目で見ても、難しい。多くの歌は、遠くで起きている悲劇を、歴史や自らの思念に潜らせもせずに作品化しているから、まるで「ニュース短歌」「報道短歌」の類で終わってしまう。

 そんななかにあって、4月10日付け朝日新聞の「歌壇」欄の次の歌に注目した。

 思い出す他国をせめて祝った国祝賀提灯八十年前 (西宮市)中村満子

 私は実体験はしていないが、歴史写真集や映画で何度も見ている、日本軍が南京を「陥落」させ、シンガポールを「陥落」させると、それを祝って、日本各地で行われた提灯行列の姿を。かっぽう着を着た女性たちの姿が多く、小さな子どもも手を引かれて参加していた映像を。この歌を第一掲歌に選んだ歌人・永田和宏は「かつての日本は、国民は?と、常に自らを顧みつつ他国を見ることの大切さ」と評している。*写真=南京陥落を祝う行列

 それ自体は大事なことである、ウクライナ現地の今を伝える大量の報道に接しながら、私が同時に考えていたことを、この歌は端的に言い表してくれた。歌がいうように、「八十年前」のこの国にも、いかなる批判も許されない絶対的な存在としての「プーチン」がいた。その命令のもとでなら、他国に侵攻する「大日本帝国」の国軍がいた。地域に住んだままでいれば、善き夫であり、善き父・息子・兄・弟・叔父であったかもしれない軍人たちは、民間人も含めて他国の民衆に酷い仕打ちを繰り返した。彼らが「略奪」した彼の地の文化財は何十万点に及ぶかも知れない。それらすべての軍事作戦の「勝利」を大宣伝する報道機関だけがあった。その宣伝をまるごと信じ込んで、日の丸の旗を打ち振り、提灯を掲げて、他国侵攻の「勝利を祝って」行進する民衆が群れをなしていた。それは、短く見積もっても、1894年の日清戦争から1945年の敗戦までのほぼ半世紀もの間、この国を支配していた現実だった。いま90歳以上を迎えている人びとは、その事実を身に沁みて覚えておられよう。

 このように、他ならぬ自国の「過去の」歴史を重ね合わせて見ることで、21世紀のいま遠いウクライナで起きている出来事は、他人事としてではなく自らのなかで血肉化される。だが知るひとぞ知るように、自国の過去の歴史に関わる知識、とりわけ近隣の他国・他の国の民衆との間にどんな歴史を刻んできたかの知識を積み重ねることが、この社会では決定的に軽視されてきた。それは、戦後の歴代政権が近代日本50年の侵略戦争の歴史を反省する姿勢を欠いていたからであり、私たち民衆の側にもそれを批判し克服する態度が長いこと希薄だったからだ。21世紀に入ってからは、侵略の歴史を反省するどころか逆に美化する政治が横行するようになり、それは一定の社会層によって支えられる現実が露出している。今回のロシア軍のウクライナ侵攻は、この趨勢を勢いづける作用をしか果たさないだろう。

 私は昨年末から都内の或る市民講座で5回連続の講演会を開いている。主催者との協議を重ねた結果、問題を「コロナの時代の、植民地主義再考」と定めた。各項目は「アフガニスタンなんか、植民地にしちまえ――対テロ戦争の20年」「世界を揺るがすブラック・ライヴズ・マター――BLM運動の歴史的な射程」「百年の記憶をどう継承するか――関東大震災と朝鮮人虐殺」「戦地で感染症蔓延のために力を尽くした医学者たち――731部隊」「先住民族はいかにつくられたか――植民地主義の原点へ」である。

 この講座では、前回と次回の間の1ヶ月間に起った「世界における植民地主義克服の動き」に必ず触れるようにしている。「侵略戦争の捉え返し」の動きも、当然のことながら視野にある。すると、ウクライナ報道の洪水の真っ只中にあっても、その動きは世界各地で地道に続けられていることがわかる。過去の虐殺の謝罪、略奪文化財や先住民の人骨の返還、過去の植民地支配の反省、先住民族に対する強制的な同化政策への謝罪――人間の社会は日々動き、変化(変革)が起こっていることが実感できる。そのなかにあって、日本がどこに位置しているかもはっきりと見えてくる。

 ウクライナ報道を大事に読み解きつつ、視野をさらに広く、深く――そう心がけたいと改めて思う。


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