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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『特攻と日本軍兵士ー大学生から「特殊兵器」搭乗員になった兄弟の証言と伝言』
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毎木曜掲載・第217回(2021/8/12)

「空気」が戦争の原動力だった

『特攻と日本軍兵士ー大学生から「特殊兵器」搭乗員になった兄弟の証言と伝言』(広岩近広 著、毎日新聞出版、2020年8月10日刊)評者:根岸恵子

 8月だから、戦争の本を取り上げる。「この時代だから、世に問う価値があります」と、あとがきで作者が叱咤激励されたという言葉の意味を、多くの人にも考えてもらいたくて特にこの本を選んだ。

 本書は「学徒出陣」により特攻隊員となった岩井忠正さんと岩井忠熊さん兄弟へのインタビューと彼らの講演録、またそれを補う形で様々な著作からの引用で構成されている。また、著者広岩近広さんの問いかけがこの本を構成するうえで重要な鍵となっており、それがこの本の背景にある歴史や日本の戦争を理解するうえで、それを容易にさせている。

 忠正さんは「人間魚雷『回天』」の乗組員、敗戦近くには「伏龍」の特攻隊員となった。回天は人間自らが操縦する魚雷で、漆黒で大きな筒に1.5トンという爆薬を積んで敵艦に突っ込んでいくという無謀な特攻兵器である。靖国神社の遊就館には威容を誇るように展示されているが、多くの若者が犠牲になったことを考えれば見るに堪えない。「伏龍」はもっと悲惨な攻撃作戦だ。兵器でもない。人間自ら潜水服を着て海に潜り敵艦に対して突撃するという万策に尽きた特攻作戦だ。弟の忠熊さんは特攻兵器「震洋」の乗組員となった。震洋はベニヤ板でできたボートに爆薬を積んで敵艦に突っ込んでいくというお粗末な特攻兵器である。今も千葉の館山には震洋を格納していた穴が並んでいる。特攻作戦は多くの若者の命を犠牲にしたが、軍部上層部はまるで使い捨ての駒のように彼らの命を考えていた。

 そういえば、私が最初に書いたルポルタージュは「回天」の特攻隊員についてだった。暗い海の中をたった一人で敵艦めがけて突撃、爆死する。想像すると恐怖で夜眠れなかった。当時はまだ存命していた特攻隊員も多く、話を聞きに行った。なぜ志願したのか。何のために。


*「回天」の発進試験、下の写真「伏龍」

 その答えを本書の中に見つけた。それは多くの人が語る勇ましいものではなかった。「空気」だという。この「空気」こそが、非人道的な特攻作戦まで行わざる得ない戦争を続行させた原動力であったのだと。

 「—特攻隊を志願しなければいけない、という「空気」(雰囲気)の存在」、「では『空気』とは何か」と広岩さんは問うている。そして山本七平氏の『「空気」の研究』を引用し、「それは非常に強固でほぼ絶対的な支配力を持つ『判断の基準』であり、それに抵抗する者を異端として、『抗空気罪』で社会に葬るほどの力を持つ超能力である」「天皇制とは空気の支配なのである」。日本人は意思決定を個人的な思考ではなく「空気」を読んで決めているのではないか。沈黙せざるを得ない「空気」に、誰も声高に反対意見を言わない。それによって戦争が始まっても、「あのときは、ああせざるを得なかった」というのだろう。「空気」は言葉を殺し、個人を殺し、全体主義を蔓延らせる。

 そして、日本の軍隊を押さえつけていたのは天皇制ヒエラルキーと人格を破壊するような暴力とそれを正当化する精神論だったのではないか。長年戦争について考えてきたが、常に思うのは、何のために戦争を続けていたのかという疑問だ。敗戦は目に見えていた。なのに多くの無残な死を「1億玉砕」になるまで続けようとしたのか。

 東条英機は1941年1月に「戦陣訓」を示達し、「生きて虜囚の辱を受けず」の文言は多くの部隊を玉砕へと導き、民間人でさえ自決を余儀なくされていった。この東条の非人道的な教えは不条理な精神論の上に成り立ち、「これが特攻を生み出す空気を醸成していったことにもなった」と著者は保阪正康の『「特攻」と日本人』を引用している。

 「理屈に合わない精神主義」は上官による「修正」という殴る蹴るの暴力を常態化した。徹底した上下関係にただ殴られるだけの毎日。暴力の支配する軍隊で厭世観に捕らわれた若者の姿が思い浮かぶのは私だけだろうか。

 以前、特攻は軍部が血気盛んな若者の命を利用したと何かで読んだが、岩井さん兄弟は「お国のために命を捧げる」とは思ってはいない。個を押し殺す「精神論」と「空気」によって特攻隊員になるしかなかった若者の運命がそこにあったのだ。回天の取材で知ったのは、特攻で亡くなった学徒兵の「生」への思いであった。戦死するか、特攻で死ぬか。選択肢はそれしかなかった。忠熊さんはインタビューのなかで、敗戦直後に「国に搦めとられていた」自分に気づき、これからは自分の考えを持って生きていくのだと自分に言い聞かせたという。

 岩井さん兄弟、そして著者の広岩さんは今を憂いている。権力は戦争への法整備を進め、アメリカ軍への支援を拡大し、自衛隊の島嶼での基地建設を促し、国民の監視を強化している。声をあげなければまた同じ道をたどるのだと。

 「生きたい」と切望しながら、特攻として逝った者たちの意志は「日本国憲法」として具現されたと忠熊さんは信じている。ならばその意志を継いで、9条は守らなくてはいけないと思う。そのためにも多くの人に戦争の真実を知ってもらいたい。本書はわかりやすくそれを伝えている。
 76年目の夏が来ている。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、加藤直樹、ほかです。


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