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毎木曜掲載・第212回(2021/7/8)

警官による抑圧と暴力と殺人

『逃亡者の社会学—アメリカの都市に生きる黒人たち』(アリス・ゴッフマン、亜紀書房)評者:根岸恵子

 昨年5月25日に、米国ミネソタ州ミネアポリスでアフリカ系アメリカ人のジョージ・フロイドさんが、「息ができない」と白人警察官に押さえつけられて亡くなってから1年が経つ。コロナ禍にもかかわらず、世界中のいたるところでBlack Lives Matterの旗が翻り、人種差別に抗議するデモに多くの人が集まった。日本でも多くの若者がこのデモに参加し、TVには日本で暮らすアフリカ系の若者の現実が映し出された。日本にもアフリカ系の人々への偏見はある。それは確かだし、是正されなければならない。しかし、日本の差別とアメリカのBLM運動を同じ目線で捉えることは不可能だ。なぜなら、日本では毎日のように黒人は殺されない。黒人を監視するヘリコプターが上空を旋回することもないし、微罪のために武装したSWATの特殊部隊がドアをけ破って逮捕しに来たりしない。BLMはアメリカで生まれ、自国の膿を出すためにはじめられたアメリカの運動以外の何物でもない。アメリカ黒人の立場がいかに特異なものであるか。BLMはそれを顕在化させるうえでも大事な運動であるに違いない。

 本書『逃亡者の社会学』は、BLM運動が起こる前の2000年初頭から8年間に渡って黒人下層コミュニティで社会学的フィールドワークを行ったアリス・ゴッフマンの民族誌である。アリスは裕福な白人中流家庭に育ち、ペンシルベニア大学在学中にフィラデルフィアの最も危険な地域に移り住んだ。そこに暮らす黒人のコミュニティを観察し論文を書くために。しかし彼女は次第にその社会に馴染み研究対象は友人となり、このコミュニティの一員となっていく。それを批判する多くの学者がいることは確かだ。しかし、真の理解を得たいと思うならば、彼らの感情を共有できなければ難しい。でなければ、上っ面な学術論に始終し、真実を論じることはできないだろう。

 アメリカの黒人コミュニティでは始終警察官がうろつき、子供の時に所持品検査のために屈辱的な思いをさせられる。10代で拘置所や更生施設に送られ、後の人生は出たり入ったり、そのために警察から逃げるという逃亡者としての運命を余儀なくされる。警察の暴力は一方的で高圧的だ。多くの者が警察によって命を失うが、警察が罰せられることはない。アリスが暮らした6年から8年の間に、彼女の周囲でどれくらいの死があったのか。そしてなぜそれは黒人だけに繰り返されるのか。

 アメリカの収監者数は1970年以降増え続けている。90年以降はそれが顕著だ。ここには書かれていないが、刑務所の民営化と「監獄ビジネス」との深い関係があるのだと思う。現代に作り出された新たな「奴隷制」については、いずれ深く掘り下げたいと考えている。

 そうでも考えなければ、この異様な黒人に対する警官の介入を理解することはできない。小学生の少女が教師に向かって暴言を吐いただけで逮捕状が出る国などありえない。警官による抑圧と暴力と殺人(罪に問われることはない)、それ以外に心理的に人々追い込みや人々を分断させることを、警察と司法が行っている原因をアリスは突き詰めてはいないが、2013年にBLMの運動が起こる素地はこうして綿々とたまりにたまっていたことはうかがえる。

 2012年にフロリダでトレイボン・マーティンという少年が、自警団を名乗るジョージ・ジマーマンに射殺された。トレイボンは弟にお菓子を買い、携帯で友人を励ましていただけだった。翌年、SNS上で#BlackLivesMatterというハッシュタグが拡散され、BLM運動が始まった。殺人者ジーマンは罪に問われることはなく、この理不尽な死に対して、声をあげたのがアリシア・ガーサ、パトリース・カーンなどBLM運動の創設者だ。以降彼女たちは警察による黒人の理不尽な死が起こるたびに声をあげてきた。

 今年1月にアリシア・ガーサの書いた『世界を動かす変革の力―ブラック・ライブズ・マター 共同代表からのメッセージ』(明石書店)の書評を書いたが、最近パトリース・カーンの書いた『ブラック・ライブス・回想録 —テロリストと呼ばれて―』(青土社)を読んだ。残念なことにパトリースは寄付金で豪邸を購入したことが公となり、BLMに将来がないと代表を辞任してしまった。そのパトリースは本の中で自身の生い立ちや育った環境について書いているが、その状況が本書『逃亡者の社会学』でアリスが経験した内容と全く瓜二つのように共通していた。パトリースの育ったカリフォルニア州ロサンゼルスと遠く離れたアリスのペンシルベニア州フィラデルフィア。私はこの状況にアメリカという国の悪意を感じている。

 さて、アリシアとパトリースの本を読んだうえで本書を読み、アリスの経験によって私は黒人の状況を客観的にとらえることができた。同調したと言ってもアリスは白人だったので、彼女の目を通してみた黒人コミュニティはアリスの主観によって描かれた側面もある。

 彼女の本は「彼女が殺人という犯罪に関与する可能性について」言及されたことや学術書としては調査の曖昧さなどをあげられ、専門家からは批判されている。しかし、彼女の伝える真実にこそ価値があり、何よりも読者に感動を与えるという点で読み物としては最高な作品に仕上がっていると思う。

 私はBLMを公民権運動の延長線上に考えるのはどうかと思うようになった。キング牧師やマルコムXのように命を犠牲にして闘った多くの黒人活動家の先人たちが勝ち取ってきたものは多いからだ。今はまた新たな闘いを開始すべき時なのだと思う。それはやはり連帯と変革を促すものとして。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志水博子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子、黒鉄好、ほかです。


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