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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕小沢信男『捨身なひと』
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毎木曜掲載・第196回(2021/3/18)

チャーミングなひと、さようなら。

『捨身なひと』(小沢信男、筑摩書房、2013年12月刊、1900円)他 評者:志真秀弘

 本欄の第3回、ちょうど4年前の2017年3月15日、私は小沢信男さんの『俳句世がたり』(岩波新書)を紹介しました。

 その小沢さんが、つい半月前、3月3日夜半に亡くなられた。1927年東京銀座生まれ、享年93歳。『みすず』連載の「賛々語々」も120回の3月号が最後になりました。最後の回は、木村蕪城の「受験児の横たへおける松葉杖」を紹介。試験監督の教師が受験に挑む少年の「杖に目を留め、無言で応援のこころでしょう」とあたたかく書き添え、あわせて英語を習いパソコンも持たされる小学生たちと教員の昨今の繁忙を憂えています。そういえば昨年4月号では、竹久夢二の「先生ハ骨ト皮ニテ作ルナリ」の川柳をまず置いて、コロナ除けの「一斉休校」は、共働きの親たちの狼狽など「どこ吹く風」の知性も人情もない仕打ちと両断にして、さらに先生がたのいまの激務は、「平成の組合潰し」に原因すると。変わらずめぐる春のもとで、働き生活する人々の「いま」をしっかりみていた小沢さんです。小沢さんの書いたものはみな柔らかいけれど辛辣で、恥じらいを忘れず、でも芯が通っていて、笑いがあり、読むと虜になる。*写真=小沢信男さん(2016年10月)

 私は、神楽坂読書会に故木下昌明さんの紹介で加えてもらい、爾来5年間ご一緒することができました。木下さん、ありがとう。小沢、木下は新日本文学会(1945―2005)以来の同志。といっても議論になると互いに譲らず、今でも思い出すのは宮崎駿監督の『風立ちぬ』の評価をめぐって、主宰の竹内栄美子さんも交えて大論戦になったこと。それぞれ一歩もひかず、恒例の二次会まで議論は持ち越され、楽しかった。民主的な芸術運動の拠点だった新日本文学会育ちの小沢・木下です。対等・平等な討論を好み、それこそ骨の髄まで民主主義者でした。『捨身なひと』で大西巨人を「先輩に媚びず後輩に威張らず、浴衣だろうが背広だろうが、どこか剣客のごとき起居の人でした」と小沢さんは評していますが、「剣客の如き」を別にすれば小沢さんにもピタリです。

 「ちょっとしゃべっていいかい」と言ってからの発言は、全部録音しておけば良かったと、今更ながら後悔の念が募る語り芸でもありました。「いつも二回読んでくるよ」、最初は大事なところに青線、疑問なところに赤線を引いて前の日に青線のところを読み返す。「すぐ忘れますから、ハッハッハ」。

 小沢さんは、90歳になって立て続けに三冊の本を出されました。16年暮れに『俳句世がたり』、二月に『私のつづりかたー銀座育ちのいま・むかし』、三月に『ぼくの東京全集』と。読書会でそれぞれ取り上げましたが、小沢さんはやっぱりシャイで三冊目の時は「毎回ぼくのじゃわるいよ」と辞退され、では、ということで『暗い時代の人々』(森まゆみ)とあわせての討論になりました。とにかく卒寿を迎えて三冊はそれだけでも記録になりますが、どの本のときにも小沢さんは「この本は共同制作だよ」と強調しました。編集者、装丁者だけでなく、製本、印刷などに関わったひとたち、みんな含めての共同制作。作品は作家の私有物ではない。それは近代に固有の考えであり、変えなくちゃというのが年来の主張でした。

 小説『遠い城』(菅原克己)をめぐっての第5回げんげ忌(1995.4.9)講演で小沢さんはこう語ります。「人生は浅ましい勝ち抜き戦なんかではない。負けても負けても自分に正直であることにへこたれない。菅原さんの姿、気配だねぇ。不退転の美しさと言ってもいい。永遠の詩のような。」(『捨身なひと』)

 小沢さん本人は、若い時分に詩と別れたと書いていますが、詩人の心を持ち続けていた。それに「負けても負けても」という必敗の精神こそはわれらの心映えでもあります。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子・志水博子、ほかです。


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