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毎木曜掲載・第181回(2020/11/26)

「同調圧力」にどう対抗できるのか

『ほんとうのリーダーのみつけかた』(梨木香歩著、岩波書店、2020年7月刊、1320円)評者:佐々木有美

 コロナ禍のいま、「同調圧力」という言葉が、あちこちから聞こえてくる。いや、コロナ禍以前から日本の「同調圧力」は、強烈だった。では、その「同調圧力」に、わたしたちはどのように対抗することができるのか。これが本書のテーマである。著者の梨木香歩が2015年に若者に向けて行った講演が本書のもとになっている。2015年といえば、いわゆる戦争法が成立した年だ。2006年には教育基本法に「愛国心」が盛り込まれ、2013年に秘密保護法が成立、日本の息苦しさは日に日に増していた。著者の危機感は、コロナ禍でさらに強まり本書の刊行につながった。

 まず、自分のことを考えてみる。恥ずかしながら「同調圧力」にたびたび屈している自分の姿がある。一人異論をとなえ、それを周囲に説得するには、相当なエネルギーがいる。そして、余計な波風を立たせたくない。この程度のことなら、同調してもかまわないだろうと相槌を打ってしまう自分。ため息が出る。

 犬の話が出てくる。犬のしあわせは、信頼できるリーダーのもとで安心してその命令に従うことらしい。著者は、人間も群れをつくって生き延びてきた動物だから、無意識にリーダーを求めている。それは決して悪いことではない。仲間はずれには誰もなりたくないという。「問題は、それが自分のほんとうに入りたい『群れ』や仲間でないのに、そういう人間の本能に急かされて、犬が上位の犬の機嫌をとろうとしてお腹を見せてひっくり返るような行動をとってしまうとき」。その時の「自己嫌悪感」に著者は注目する。

 それは、自分の中で自分を見ている目の存在だ。それが「ほんとうのリーダー」だと。「チーム自分。こんな最強の群れはない。これ以上にあなたを安定させるリーダーはいない。これは個人ということ」。いろいろな群れがあるが、それに所属する前に「個人」として存在することの大切さを著者は訴える。そして「個人」としていつづけるには、自分を客観視すること、自分をも含めて批判すること、自分自身で考える事が大事だという。ふと考える。こうした教育をわたしは受けてきただろうか。一番大切なことを教えない教育って何だろう。

 鶴見俊輔が語ったという話が出てくる。戦争中、初年兵のAさんは、スパイとされた中国人の捕虜を「銃剣で刺せ」と命令された。Aさんはその時、その場を動かなかった。Aさんは、蹴られたり銃床で突かれたりしたあげく、その晩、軍靴を口にくわえさせられ四つん這いで雪の中をはい回るように命令された。Aさんは、前の晩、「殺人現場に出る、しかし殺さない」と決心していたそうだ。越えてはいけない一線を自分で決める事。これ以上は、自分が自分でなくなってしまう一点でAさんの「リーダー」は、声を上げた。

 「君が代」不起立教員の根津公子さん(写真)の話を思い出す。2003年に東京都で起立強制が始まり、2005年の卒業式のとき、根津さんは、不起立を決意していたが、さまざま事情で立つかもしれないという思いも抱えていた。そして斉唱のその時、根津さんの頭をよぎったのは、捕虜を突けと命令された初年兵の姿だったという。校長に促されて一旦は立ち上がりかけながら、根津さんは、「突く」ことなく、不起立を最後まで続けた。「自分の頭で考えよう」と生徒に言い続け、自らもそれに忠実だった根津さんの姿である。自分の存在を脅かすような極限の同調圧力がかかったとき、わたしたちはどう行動するのか。それは日々日常の積み重ねの中からしか生まれないものだろう。

※著者の梨木香歩は、1959年生まれ。児童文学作家・小説家。作品に『西の魔女が死んだ 梨木香歩作品集』『沼地のある森を抜けて』『僕は、そして僕たちはどう生きるか』ほか、エッセイに『渡りの足跡』『水辺にて』ほか、多数。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美・根岸恵子・志水博子、ほかです。


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