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毎木曜掲載・第153回(2020/4/9)

「誰でもなれる」仕事のリアル

『交通誘導員ヨレヨレ日記』(柏耕一 発行:三五館シンシャ 発売:フォレスト出版) 評者:渡辺照子

 最近、工事現場でヘルメットをかぶり誘導灯を振る人、つまり俗称「ガードマン」さんに高齢者が目につくようになった。ずいぶんと小柄な人もいるものだなあと思っていると、私よりも年長とおぼしき女性もいる。常に屋外での業務だから夏は暑いし、冬は寒いし、当然のことながらいつも立っていないとならない。トイレはどうするのだろう、食事はどこで摂るのか、いずれにせよ、体力勝負の大変な仕事だなと考えることはあった。しかし、あまりに普通に見かける光景の中に溶け込み、景色の一部と化している職業だから、身体的なしんどさ以外にその職業について想起できるものに乏しかったことが正直なところだ。

 この本の筆者は、あと2年で後期高齢者になろうという男性。従来ならばとっくに年金受給年齢であり、悠々自適の老後を過ごす年代のはずだ。ところが、60歳以上の就業者割合が非常に高いという特徴があるらしい。警備業高齢者雇用推進ガイドラインによれば、他の産業の60歳以上の就業者割合が平均で10%程度であるのに対して、警備業では30%に達するというのだから、高齢者雇用の最たる受け皿なのは歴然だ。

 帯には「誰でもなれる」「最底辺の職業」と冠している。これは私を含めた多くの読者の持つイメージそのものだろう。読了して思うことは「誰でもなれるが、誰もが十全にできる仕事でもない」ということだ。その根拠が筆者自身の仕事ぶりと、その時々に出会った同業者のふるまいの仔細な描写により明らかになる。

 そもそもこの「ガードマン」、正式名称は「交通誘導警備員」。警備業法第2条にその根拠規定がある職務であり、第1号は施設警備員、第3号は現金等の運搬、要人などの身辺警備は第4号業務なのだそうだ。この交通誘導警備員は2017年の統計によると全警備員の4割をなす主流なのだ。業務の範囲は「警備業法」によって規定され、事故の発生の防止以外をすれば違反となる。看板やカラーコーンの設置すら本来はその責務ではないが、作業員に忖度し、やらざるを得ない場合もあるという。

 工事現場に「車両通行禁止」の看板を立てて進入しようとする車を止めて迂回させ、住民の車等は通す等の見極めが必要な「立哨」。道路の工事帯を確保するために片側を止めて誘導する「片側交互通行」。普段、何気なく目にしていた動作は全て法的根拠のあるしかるべきものなのだ。

 毎日のように現場が変わり、「同僚」もその度に変わるため、濃密な人間関係は発生しないものの、人間観察は鋭い。自分の子どもくらいの現場監督らに理不尽に怒鳴られたり、相手が目上だと態度を豹変させる同僚に慨嘆したり。ワケアリの人生を抱える「同僚」たちの生活背景を、わずかな人物の情報を頼りに分析したり、類型化したり。

 筆者の言語化の適切さに対し「筆が立つな」と思ったら、かつては編集プロダクションも設立し、編集、ライターのベテランでもあったという。その筆者がこの稼業に就いたことに、筆者自身の人生の浮き沈みの激しさと、出版業界の厳しさを見る。

 昨今、じわじわと流行っている「お仕事本」の一種でもあるが、緊迫したドラマも、カリスマ仕事師の登場も、感動を押し付ける妙なストーリーもないのが私には好ましく感じられる。筆者自身も述べているが、取材のための潜入ルポではなく、実際に仕事をしている人間が著した書き物だから、余分な気負いもなく、それゆえにリアルさが伝わる。

 昨年の7月の初版以来、同年の11月には早くも五刷だ。広く読まれていることが私はうれしい。工事現場で、作業員とは少し離れた箇所で「お足元にお気をつけ下さい」と誘導してくれる交通誘導員の方々にいくらかでも優しいまなざしを向ける人が増えることを願う。共に生活を抱える労働者なのだから。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、杜海樹、ほかです。


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