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LNJ Logo 〔週刊 本の発見〕『体育会系ー日本を蝕む病』
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毎木曜掲載・第149回(2020/3/12)

パワハラ、体罰、過労自殺をうむ背景

『体育会系ー日本を蝕む病』(サンドラ・へフェリン、光文社新書)評者:渡辺照子

 日本の大衆文化の精神的底流を構成するものがヤンキー・ファンシー・オタクだというのはもはや定説になりつつあると思っているが、ラスボス足り得るものがもうひとつあった。「体育会系」だ。本書の著者がそれを発見してくれた。

 著者(写真下)はドイツ出身で日本歴22年の日独のハーフの女性。日本を批判する際に、海外の良さを過大評価する間違いを犯さず指摘をするので、読んでいて安心感がある。

 体育会系とは、根性論、精神論で説明されるような日本に特有のメンタリティとでも言えるものだ。パワハラ、体罰、過労自殺、組体操事故など、学校、職場等で時代錯誤な現象が後を絶たないのは、絶対的な上下関係に基づく不合理な「体育会系の精神」だと本質を見抜く。学校教育によって養われたそのメンタリティがこの国の文化を形作る、というのが本書のコンセプトだ。

 体育会系の考え方の基本は「やればできる」というもの。それは、自己肯定感、自己尊重感に基づくポジティブな意識からではなく、親や学校、職場の上司という上からの強要によるのが特徴だ。そこでは、思考停止の精神主義と、環境整備、条件設定という「上の者」がすべき責務を免罪し、とにかく目下の者にひたすら自己犠牲的な「努力」を強いるだけだ。

 個性、自主性の尊重は皆無に等しい。特にブラック校則にはその傾向が強い。説明のつかない不合理な校則、例えば下着は白に限定する等、教師がいちいち生徒の下着を確認するのだろうか、セクハラの規則化ではないか。教育ではなく、管理であり、苦痛を伴う服従に慣れさせるだけの役割しか果たさない。

 それが社会人になっては、ブラック企業への「適応」の要因にもなっているとの指摘に共感する人も多い。

 著者も指摘しているように、やたらに大きな声を張り上げることが要求されるのは軍隊教育にも等しい。私も具体的に思い浮かべる光景はいくつもある。会社のモットーを叫ばせる朝礼、居酒屋甲子園での「熱狂」等々。こんな行動パターン、今や日本だけかもしれない。「日本の常識、世界の非常識」の最たるものではないだろうか。

 私は子どもの頃に父親に「おまえに足りないものだ」として「根性、忍耐、努力」の置物をあてがわれた。おかげでそれらの言葉のほとんどが大嫌いだ。受け入れがたいもの、理不尽なものをとにかく受忍する、つまりいかに我慢ができるかだけが問われるのだ。確かに我慢も必要だが、それだけでは、達成感や充実感は体験できない。日本の子どもの自己尊重感が他国と比較してひどく低いのは、この「体育会系」教育の弊害ではないだろうか。個性をつぶし、疑問や批判を封じ、とにかく服従できる人格形成が日本の教育であり、企業が求める「人材」なのだ。ブラック校則でさんざん個性をつぶされた挙げ句、企業から個性を求められるとは、割の合わない人生を強いられている。(「本当の個性とは、つぶされても残るものだ」というのは違いますから。少なくとも人格形成期の教育を担うものが、生徒の個性をつぶしながら言えるものではないです。)

 この「体育会系」は上から下へのプレッシャーなのだから、当然、ジェンダー指数を年々下げる日本では女性への影響も強い。「女性に冷た過ぎるこの社会」の章では、「『女性がラクすること』に厳しい」「ニッポンの女性は一番『眠らない』」「政治家を働かせるには女性が『頑張らない』こと」というキャッチーで溜飲が下がるような各章のフレーズが並ぶ。職務中のハイヒールの強要、メガネの禁止等、職場で男性が女性に要求する外見の美しさのおかしさも、この範疇だとすれば、モグラたたきのように出てくる女性差別の種々の現象もひとつに収斂される。

 そして「『根性論✕右より思想』は危険だ」との見解にいたっては、共感と納得のあまり自分の首がもげそうだった。

 とはいえ、私も体育会系の教育を受けてきた身である。体育会系に洗脳されている。そんな時は、各章の終わりのチェックを利用したい。例えば女性編の「旦那に家事をやらせるとヘタクソだから、つい自分で全部やってしまう」などは、鋭い設問だ。

 著者は、決して努力を否定してはいない。立場が上の者からの強要ではなく、自主的に努力することの大切さも力説している。そして、日本も多くの心ある者の取り組みで変わりつつある動向に希望を見出している。

 おびただしい社会の劣化現象や、直ちに判断が下せない問題に対して、ひとつの軸があるとブレずに済む。本書はブレずに済む論拠を示してくれた。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子、杜海樹、ほかです。


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