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LNJ Logo 太田昌国のコラム : 戦時体制下の軍事用語と私たち
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 ●第46回 2020年8月10日(毎月10日)

 戦時体制下の軍事用語と私たち

 「敵基地攻撃」などという言葉が公然と罷り通るようになった昨今の日本の社会状況の中にあって、思い出すことがある。いまから19年前の2001年9月11日、米国で民間航空機を乗っ取った者たちが、同国の経済・軍事の中枢施設に対して複数の自爆攻撃を仕掛けた。米国政府【ブッシュ大統領(子)の時代】はこれがアフガニスタンに活動基地を持つ集団の犯行と断定し、同国に対する一方的な爆撃を開始した。いまなお続く、いわゆる「反テロ戦争」が始まったのである。いち早くこれを支持した日本国首相・小泉純一郎の愚かさも忘れてはいけないが、米国に同調して報復戦争に一貫して協力したのは、ブレア政権(労働党!)下のイギリスだった。ブレアは戦時下であることを理由に、報道規制を検討した。

 これに対する重要な動きがメディア側からあった。公共放送局であるBBC(英国放送協会/写真)がブレア政権の機先を制して、自らガイドラインを公表したのである。

(1)敵意を煽るような報道をしない。
(2)政府の情報が信頼し得るかを常に確認する。
(3)軍事専門家に将来の軍事行動を予測させる発言をさせない。
(4)感情がこもるテロリズムという言葉は使わず「攻撃」という表現を用いる。
(5)「わが軍」ではなく「英国軍」を使う。

 ジャーナリスト労組には「戦争反対メディア労働者」という組織もできたと伝えられたが、「戦争で最初に犠牲になるのは真実だ」という教訓を弁えた一連の動きであると言える。NHK・BSの「ワールド・ニュース」で流される限りでのBBCのニュース番組はできるだけ見ているとはいえ、私はBBCのニュース報道の全体像を捉えているとは言えないから、BBCがこのガイドラインをその後の19年間いかに生かしてきたかを検証することはできない。だが、ブレアが戦争に前のめりになっていたあの時点での決断として、これは「戦争とメディア」を考える上で重要な一里塚には違いない。

 翻って、「敵基地攻撃」の文言がメディアに溢れ出ている日本の状況を振り返ってみる。

 日本政府が、陸上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」2基の導入を決定したのは、2017年12月の閣議決定においてだった。主として北朝鮮によるミサイル攻撃を想定して、秋田、山口両県への配備を決定したのだった。地元民からの抵抗に加えて、何よりも計画の杜撰さが次々と明らかになり、去る6月、河野防衛相は計画の停止を発表した。今さらだが、首相も「コスト、期間を考えれば合理的でない」と発言して、これを了承した。イージス・アショアの配備を断念した首相は、しかし、6月18日の記者会見で「敵基地攻撃能力を含む安全保障戦略の見直し」に言及して、自民党内に検討チームを設けた。

 同検討チームは、去る8月4日、「国民を守るための抑止力向上に関する提言」を政府に提出した。「敵基地攻撃能力」の表現は、さすがに批判を招いたので使われなかった。だが「イージス・アショア代替機能の確保」が謳われていることはもちろん、「相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力」を保有することの必要性を強調している。

 あれほど必要性を強調していた「イージス・アショア計画」を断念した事実の検証も行わずに、新たな「代替案」に乗り換える〈身軽さ〉は、いかにも、この政権の〈軽さ〉に見合っている。だが、皮肉が通じるような、恥を知る政権でもなければ首相でもない。徒労との思いは深いが、今回の提言、9月に示すという政府の方向性、その方向性が反映されるという2021年度予算案などへの原則的な批判を続けなければならない。ここでは、「敵基地攻撃能力」という表現への批判を回避するために、政府・与党が「自衛反撃能力」「積極的自衛能力」など代替表現を模索した挙句、今回の提言の曖昧な表現に落ち着いた経緯を心に留めておきたい。「反テロ戦争」戦時下のイギリスが直面した問題に、私たちはすでに向き合っているのだという自覚が必要だ。「敵基地攻撃」などという言葉を、当たり前の用語として流通させてはならない。そのとき、2001年にBBCが定めたガイドラインは、一定の導きの糸になることに触れておきたかった。


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