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私たちの人生を勝手に決めないでください!〜『戦後史のなかの国鉄闘争〔1987年〜2010年〕』刊行

森 健一(著者)

 2000年7月1日の国労第66回臨時大会をビデオプレスが映像で記録し、翌年ドキュメンタリー映画『人らしく生きよう−国労冬物語』がつくられた。ハイライトは、音威子府〔おといねっぷ〕闘争団・家族会の藤保美年子さんの特別発言のシーンだ(写真)。「JRに責任があるから補償をするんだろう」「私たちの人生を勝手に決めないでください」「私たちはもう解雇された時から止まっているんです」と振り絞る言葉に身震いがする。役員席にあった上村隆志・国労副委員長は「これで『四党合意』はなくなった」と思ったそうだ。彼女はジャンヌ・ダルクのような人で恨めしく思う気持ちはない、と同氏はこの春、証言した。

 1987年4月、中曽根内閣によって進められた、国鉄の分割・民営化、JR発足によって、北海道、九州の国労組合員を主に7630名が清算事業団で再就職先未定者とされ、1990年4月、1047名が事業団をも解雇された。36の国労闘争団と全動労、動労千葉の争議団が作られた。2000年5月、社民党の伊藤茂氏を窓口にして「JRに責任なし」と引き換えに闘争団に一定の和解金と雇用を得るとする「四党合意」が交わされ、国労本部は、1047名問題に幕引きを図ろうとした。これに異議を発したのが、音威子府ほか旭川地本と帯広、熊本の11闘争団と有志であった。この「闘う闘争団」が、国鉄を承継した鉄建公団を相手に損害賠償、地位保全を闘い、2005年9月、東京地裁で部分的であるが勝利判決を得る。

 これを機に36闘争団と全動労ほか「四者・四団体」の再結集があり、2010年4月、民主党政権下で、24年ぶりの政治解決を迎える。解決金は一人約2000万円、年金の回復はないが、2000年の「四党合意」よりは高い水準となった。翌年、3・11東日本大震災の後、JRへの雇用要請も断念して闘争団は解散した。

 

 なぜ、「四党合意」を押し返したのか。闘争団と家族が求めたのは、何よりも名誉の回復、これが第一だった。1982年の「ヤミ・カラ・ポカ」の反国労キャンペーンにメディアが乗り、北海道や九州、「自分の村や町で『お父さんはやっぱり正しかったんだ』ということを証明しない限り、家族はたまったもんじゃない。」(二瓶久勝)。面をあげて、生きていけない、との闘争団員と家族の無念さ、清算事業団で受けた、悔しさからである。

 私事になるが、私もマンモス、ワンマン私学の一高校教員として、さきの藤保発言に背中を押されて、組織隠ぺいを許さず、内部告発(公益通報)を重ねた。結果、60歳以降の再雇用を拒まれ、裁判闘争となり、福岡高裁宮崎支部にて逆転、勝利的和解となった。62歳で鹿児島を去り、2000年の「四党合意」から20年目に合わせ、国鉄闘争をこの本にまとめた。

 原稿を出す直前、3月、さきの上村氏から「四党合意」の内部ペーパーと2005年の「第二の『四党合意』」に関わる、井手正敬・JR西日本相談役らとの交渉メモの閲覧ができた。2002年に「四党合意」の破たんを見、国鉄闘争の再構築を提唱した、小澤勝彦氏は「交渉の真実なくして、団結なし」と述べる。本書は、24年もの国鉄闘争を「四党合意」を進めた側と拒んだ側の双方に取材した構成になっている。(2020年7月刊・頒布価格6000円/送料込み)

→*申込み先 kmori@po.synapse.ne.jp(森)


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