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News Item 0519kaido
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検察庁法改正反対運動の中間総括

       海渡雄一(弁護士)


*5月15日国会前で抗議する人

画期的な採決の見送り

 昨日18日、安倍首相は二階幹事長と話し合い、検察庁法改正法案の本国会における採決を見送ることを公表しました。 この原稿は19日に書いています。 すでに、多くの報道がなされていますので、経過は簡単にして、これまでの運動の中間的な総括とこれからの課題についてまとめてみたいと思います。

ことの発端は黒川検事長の定年延長の閣議決定だった

 やはりことの発端は1月31日の黒川検事長の定年延長閣議決定でした。一月に法務省は黒川氏の定年を踏まえ、林真琴氏を東京高検検事長に据える人事案を官邸に持参しました。菅官房長官はこれを突き返したといいます。黒川氏を検事総長にするには稲田検事総長が退任するしかありませんが、稲田氏は筋の通らない退任を拒み、対応に窮した法務省は、国公法による定年延長を求める閣議請議を行ったのです。 私は、このことが明らかになった直後から、この問題の重要性をフェイスブックとツイッターで発信を始めました。

検察官に国公法の定年延長の適用はないことは確立した政府解釈

 もともと、国家公務員法の定年制度は、他の法律に別段の定めのある場合を除き適用できると定められ、この「別段の定め」が検察庁法22条です。国家公務員に定年制が導入された1986年には準司法官である検察官には国公法の定年制度を適用しないとの人事院見解が示されています。 当初準備が進められていた国家公務員法改正案でも、検察官は65歳に定年年齢が引き上げられ、役職定年制も盛り込まれることになっていましたが、この人事院見解をもとに、一般公務員に認められている定年延長や役職定年の例外措置は適用しないことが明記されていました。この法案では黒川検事長の定年延長の措置と矛盾するため、法務省は、解釈変更後の政府見解に基づいて、法案を大幅に書き換え、定年延長や役職定年の例外措置が書き込まれ、検察官の準司法官としての地位は法案説明から消えてしまったのです。

「これでは検察がダメにされてしまう」立ち上がった検察OB

 つまり、すべての検察官は、63歳の段階でひらに戻るか、内閣に取り立ててもらって、役職を続け、さらに定年延長されるかの2つのルートに分けられることになります。こんなことになれば、政界の腐敗、大企業の企業犯罪などを、検察の手で立件し、司法の手で裁くことは著しく困難となることは、松尾元検事総長や、熊崎元特捜部長らの意見書にも指摘されています。元検察官たちは、検察はダメにされてしまうという危機感から立ち上がったのです。 最初の意見書を起案された清水勇男氏は、インターネットメディアの取材にも応じ、後輩の検事たちが自由闊達に仕事ができるようにと思いのたけを述べられました。安倍首相の勝手な解釈変更の言動を「朕は国家なり」と述べたルイ14世になぞらえたことも印象深い比喩でした。

検察人事不介入の原則

 実は、自民党、公明党は、戦後ながく司法と検察の独立を尊重し、法務省から稟議された次期検事総長の人事案をそのまま認め、これに介入することを自制してきました。 松尾元検事総長らの意見書においても、このことは次のように確認されています。 「注意すべきは、この規定は内閣の裁量で次長検事および検事長の定年延長が可能とする内容であり、前記の閣僚会議によって黒川検事長の定年延長を決定した違法な決議を後追いで容認しようとするものである。これまで政界と検察との両者間には検察官の人事に政治は介入しないという確立した慣例があり、その慣例がきちんと守られてきた。これは「検察を政治の影響から切りはなすための知恵」とされている(元検事総長伊藤栄樹著「だまされる検事」)。検察庁法は、組織の長に事故があるときまたは欠けたときに備えて臨時職務代行の制度(同法13条)を設けており、定年延長によって対応することは毫(ごう)も想定していなかったし、これからも同様であろうと思われる。 今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺(そ)ぐことを意図していると考えられる。」と述べているのです。
 法案の審議に疑問を呈する意見は、自民党の重鎮である石破氏らからも述べられ、進退の窮まった官邸は、法案採決を見送らざるを得なくなったのです。

国会議員と広汎な市民の協働が政権を追い詰めた

 今回の決定を導いたのは、二月から国会での野党の追及、日弁連をはじめとする弁護士会のゆるぎない姿勢(全国の単位会のうち長崎会を除いてすべての弁護士会が反対の意見表明を行いました)、500万を超えるツイートが発信されたSNSでの市民の声の高まり、とりわけ小泉今日子さんら著名人が発信を続けてくれたことなどの影響が大きいと思います。このツイートデモが一人の女性のたった一つのハッシュタグ #検察庁法改正案に抗議します から始まったことも画期的なことです。この体験は、市民活動の方法にも多くの示唆を与えてくれました。一般の市民の参加しやすい形態での運動が、多くの市民の心をとらえ、政治の流れを変えてしまうこともあることがわかります。

野党修正案の成立と閣議決定の撤回が急務

 今は、法案の採決が延期されているだけで、この問題そのものは解決していません。当面の課題は、 1.法案を黒川問題以前の正常な姿に戻すこと 2.黒川氏の定年延長閣議決定を撤回させること 3.そして、この定年延長の不自然な経過の全容を明らかにすること  の三つです。どれも極めて重要な課題です。 閣議決定を撤回するか、黒川氏が辞任しなければ、結局黒川検事総長が誕生してしまうのです。それは認められません。  

異例の人事の経過を明らかにさせることが安倍内閣を追い詰める決め手となる

 安倍首相は15日に黒川検事長の定年延長は法務省からの提案だと、櫻井よしこ氏が司会するインターネット番組の中で述べたといいます。確かに、最後は法務省からの閣議請議がなされたかもしれません。しかし、その前に、官邸が法務省の提示した人事案を覆していたことは冒頭で述べました。

 今年2月に、東京新聞は次のように報じていました。「<視点> 編集局次長・瀬口晴義  東京高検検事長の人事案を官邸に蹴られたらしい―。検察関係者からこんな情報を聞いたのは昨年十二月中旬だった。法務省幹部が示したのは、東京高検の黒川弘務検事長が六十三歳の定年を迎える二月八日の前に辞職し、名古屋高検の林真琴検事長が横滑りする案だ。稲田伸夫検事総長が今年四月に京都で開かれる国連の犯罪防止刑事司法会議を花道に勇退、その後を林氏が継ぐ構想が示されたとみられる。名古屋では林氏の送別会も開かれていたが官邸の拒絶によって異動は立ち消えになった。そして一月三十一日、黒川氏の定年を六カ月間延長する仰天の人事が発表された。慣例通り約二年の任期で稲田氏が勇退すれば、黒川氏が総長に就任できる。検察が官邸に押し切られたのは間違いないだろう。」

 さらに詳細に見てみると、雑誌「ファクタ」の1月号によれば稲田氏は法務事務次官だった16年夏、刑事局長の林氏を自分の後任に、官房長の黒川氏を地方の検事長へ異動させる人事案を官邸に上げたが黒川氏を事務次官にするよう強く求められ、押し切られた、官邸は1年後にも林氏を事務次官とする人事を潰し、黒川氏を留任させたと報じられています。 法務省では、これまで一度として覆されたことのなかった上級検察官人事について、安倍官邸によって数年間にわたって、ことごとく覆されてきたという隠された歴史があったのです。この問題が、大きな国政上の問題となったいま、法務省・検察庁には、この事柄に関する、すべての経過を、数年前までさかのぼって、事務次官人事、各高検検事長人事までをふくめて、つまびらかに説明する責任があると思います。
 そして、15日の安倍首相の説明に、事実を隠蔽しミスリードな部分があったときには、その政治責任を取って総理を辞任してもらう必要があるでしょう。


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