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毎木曜掲載・第120回(2019/8/1)

名前も経歴もすべて嘘

『ある男』(平野啓一郎 著、文藝春秋、1600円)/評者:大西赤人

 中部地方某県県庁所在地出身の知人が居る。大学入学にあたって上京以来、就職、結婚を経て東京生活のほうが遥かに長くなっているにもかかわらず、郷土への愛着は変わらず強い。言わば、自らの拠って立つ基盤は、あくまでも犖こう瓩箸いΔ茲Δ粉兇犬任△襦7茲靴徳蹐討傍貶世聞佑方の人ではないものの、彼も彼の父親も長男ということで、自分の「家」に関する一定の責任感ないし使命感を持っている。随分前になるが、その知人からあくまでも笑い話的に聞かされたエピソードは、今でも忘れられない。夏休みだったかに夫婦と息子二人、一家四人で里帰りをして、彼の先祖代々☓☓家の墓参りに行った。皆で手を合わせたあと、彼は長男(中学生?)に向かって――多分神妙に――爐まえもいつかはここに入るんだぞ瓩噺譴蠅けたのだそうな。すると、すかさず横から次男(小学生?)が、爐椶は?瓩反劼佑燭箸いΔ里任△襦C凌佑何と応えたのかは覚えていないのだけれど(まあ、その場では適当にお茶を濁したのだったろうか)、その時の次男の不安ひいては疎外感を想像すると、ちょっとやるせない想いさえ浮かぶ。

 既に語の本義としては全く意味を持たない「入籍」という言葉が結婚に際して普通に用いられるように、日本においては、旧来の儒教思想や戸籍制度に基づく「家」「跡継ぎ」「嫁・婿」というような概念が今でも色濃く残っている。そこには、狭い国土だったこと、多く農耕社会だったこと、外国との行き来が限られていたことなどが手伝っているだろうし、ニワトリが先かタマゴが先かはさておき、万世一系を標榜する天皇制を信奉したことの影響もあり得よう。とにかく、一人の人間が自分は何者か、自分のルーツは何なのかを考えようとする時、少なからぬ日本人の場合、未だに代々の戸籍や家系図を辿ろうとすることはたしかであろうと思う。しかし、一方で、そのような過去のデータが極めてアテにならないことは明らかであり、有史以来、今ここに存在する自分に至るまでに代々の無数の祖先を経由したことについては疑いないものの、その一人一人がどこの何という誰であったかに関する確証など、実は皆無に等しいのだ。

 今年2月に第70回読売文学賞を受けた本書『ある男』は、「序」において、平野を想起させる1975年生まれの小説家「私」――言うまでもなく、この部分も小説であるから、「私」=平野と解釈することは本来出来ない――がバーで弁護士の城戸と称する男と出会うところから始まる。「彼は自己紹介をしたが、その名前も経歴も、実はすべて嘘」で、「私」が小説家であると知ると、本名などを明かし、はじめに嘘をついた理由は、「他人の傷を生きることで、自分自身を保っている」からだと明かす。『ある男』は、城戸に興味を持った「私」が「関係者に 改めて話を聞き」、「城戸さんが曖昧にしか語らなかったことを自ら取材し、想像を膨らませ、虚構化した」という体《てい》を採っている。そして、「私」による「たくさんの、それもかなり特異な人物たちが登場する」との予告通り、まずは宮崎県S市の里枝《りえ》という女性についての話から始まる。

 S市の文房具店の娘だった彼女は、高校卒業後に神奈川の大学に入り、それから就職し、25歳で結婚。二人の息子をもうけるが、次男が二歳で脳腫瘍のため亡くなり、それを機に夫との関係がこじれて離婚、長男を連れて実家に戻って暮らしていた(夫との離婚調停に際し、城戸が担当している)。今では里枝が切り盛りをする店に、地元の林業会社に勤める余所者《よそもの》・谷口大祐《だいすけ》がスケッチブックや絵の具を買いにやってくるようになる。そして彼は、里枝に自分の描いたたくさんの絵を見せ、それから「友達になっていただけませんか?」と求める。当初、里枝は戸惑うけれど、大祐の上手ではないが無垢な絵に心を許し、また、彼から打ち明けられた複雑な身の上話にも同情する。二人は再婚し、新たに娘にも恵まれ幸せに暮らしていたのだが、四年後、大祐は山の事故で命を落とす。生前の大祐は、群馬の親きょうだいとは一切関係を絶っていたものの、一周忌を終えた里枝は、義務的に兄・谷口恭一に連絡を試みる。駆けつけてきた恭一は、しかし、狡鎰瓩亮命燭鮓せられると、「……どなたですか?」「これは大祐じゃないですよ」とアッサリと言い放つ……。

 これだけでもかなりの爐討鵑垣垢雖瓩任呂△襪、ミステリアスな展開に惹き込まれる。里枝の依頼を受け、大祐の正体を探りはじめる城戸の前には、大祐の犖汽ノ疊涼や詐欺師・小見浦、本当の大祐などが現われ、併せて、城戸自身の「在日三世(帰化済み)」であるという出自とその意識が、妻・香織との摩擦・衝突をも含めて絡み合う。その上、東日本大震災やヘイト・スピーチ、犯罪被害者や死刑問題などの社会的背景も輻輳する。単に個々人の範囲に矮小化されることを嫌い、広く目配りを図った構成ではあるが、城戸の言説は押しなべていささか生硬であり、彼の心理が綴られはじめると、ストーリーから浮き上がってしまう嫌いもある。

 読後、最も不思議だったのは、城戸が事実上の主人公となっている小説部分で、彼を筆頭にそれぞれの登場人物が一定の着地点に達するにもかかわらず、全体としては、「序」が付されているゆえに、城戸が――谷口大祐の謎の解明後に――改めて「嘘」をつかざるを得ない人物と化していることだ(「私」は二度と登場しない)。それは、冒頭の「私」の――
「読者はまた恐らく、この序文のことが気になって、私がそもそも、バーで会っていたあの男は、本当に『城戸さん』なのだろうかとも疑問を抱くかもしれない。それは尤もだが、私自身はそうだと思っている」
――というわざわざの言及と何らか呼応しているのかとも想像されるが、平野の真の作意は、大西には判っていない。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子ほかです。


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