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毎木曜掲載・第118回(2019/7/18)

いまと未来を自由に語る

『本はどのように変わっていくのか』(津野海太郎、編集グループSURE、2400円、2019年7月刊)/評者:志真秀弘

 Kindleに代表される電子本の登場、ネットに押されての雑誌の衰退などを考えると、本はどうなってゆくのか、深刻に心配する声もある。本書は、本のいまと未来を考える肩肘張らない座談会の記録。司会の黒川創(作家)、〈著者〉津野海太郎(評論家)に本を読む人、つくる人、配る人、売る人が加わって八人で本を考えようという試みだ。読んでみると面白い。出版社を起こす垣根は、意外にも低くなっているとか、同人誌は文学運動、芸術運動の後退に伴って急減したが、リトル・プレスが増えていて、DTPを駆使して、好きな本をきれいに作ろうという人はむしろ多くなっているなど、第一線の情報が紹介される。

 紙の本の世界は縮まる一方ではなさそうだが、読書の方はどうだろうか。津野海太郎は書物史をたどると、話し言葉から書き言葉への革命、グーテンベルグに始まる印刷革命、そして第三の革命=電子本の出現となるが、振り返ってみて紙の本は無くならないし、「電子の本」も現れた以上続いていく。二つは「複雑な形で共存していく」だろう。読書についても、本を読む人はいなくならないし、なりようがない。一人黙って本を読む習慣も続く。それがかれのさしあたりの「結論」。その上で電子本の歴史が詳細に語られる。日本でいち早く電子本を試みた当事者だけに、この話も興味深い。詳しくは本書をどうぞ。

 共感した議論を紹介する。小学校から大学まで教養を目指して階段をのぼるような教養主義的読書が崩壊してしまったのは当然だけれど、ネットで代わりができるだろうか。ある程度の本を読むと世界が開けるし、差別するのは嫌なことといった人格も備わる。ネットの世界にその力があればいいが、むしろ逆で人格を貶めるような言語空間が広がっている。どうすればいいのか? 

 津野は、三人の読み手=書き手を紹介する。『子どもたちの階級闘争』のブレイディみかこ、『絶望読書』の頭木弘樹、『世界でただ一つの読書』の三宮麻由子。ブレイディはパンクロックが好きで渡英し、トラック運転手の夫と息子と三人で、ブライトンで無料託児所の保育士をして暮らしている。そんな時友人達ーみんなワーキングクラスーはEU離脱に賛成する。ブレイディは彼らがトランプを支持したアメリカの右派と同じとは思えない。そこでイギリス労働者階級の歴史を勉強するためにたくさん本を読み「1945年のスピリット」をみいだし、勉強の過程をふくめ本をかく。(『労働者階級の反乱—地べたから見た英国EU離脱』)。頭木は20歳の時に難病にかかり医者に見放され、13年に渡る闘病生活を送る。はじめは本なんて読めないが、読めるようになってもポジティブな本はだめで、ドストエフスキーとか、太宰治とか。そうしているうちにゲーテや森鴎外など希望の本も読めるようになる。かれの本はその読書の記録。三宮は目が見えない。それで、点字で読む、人に読んでもらう、最近だとパソコンで音声変換されたものをきくといった方法で三宮は本を読む。その読みが独特で、彼女は漱石の『坊ちゃん』を読むとたとえば船が近づく音が聞こえてくるという。音の世界が広がるのだ。この三人はインテリでもエリートでもない。それぞれ特徴はあってもいわばふつうの人。共通するのは生きるために本を読んでいること。津野はそれを〈勉強〉といおうと提案している。賛成。とにかくこの本は、本がこれからも広い世界に連れて行ってくれることを語っていて楽しい。

 ところで『世界』8月号は「出版の未来構想」を特集、なかで「本をとおして人はつながるー読書会という幸福」を向井和美(翻訳家・司書)が書いている。彼女は『プリズン・ブック・クラブーコリンズ・ベイ刑務所読書会の1年』(アン・ウォームズリー著)の訳者。読書会は本と切り離せない大切なものとの体験が書かれた魅力的なエッセイ、一読を。

*本書は、アマゾンを含め書店では買えないので、希望の方は「SURE」のサイトで確認して申し込んでください。こちら

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、根岸恵子ほかです。


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