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毎木曜掲載・第114回(2019/6/20)

少しでも進もうとする勇気

『親の「死体」と生きる若者たち』(山田孝明、青林堂、1400円、2019年3月刊)/評者:志真秀弘

 著者は、40代、50代のひきこもりの子を持つ家族を対象に「市民の会エスポワール」を主宰して、主に西日本で活動している。かれは当事者と膝を交えて語り、解決のために必要な行動をとる。本書は、当事者たちの肉声を交えたかれの現状報告である。

 40代以上のひきこもり者の数は60万人を越え、全体では100万人を越すとされる(今年3月内閣府発表)。高齢者(65歳以上)はすでに3500万人を越し全人口の28パーセントになっている(厚生労働省発表)。親の死体を遺棄した罪で、同居していたこどもが逮捕されたとの報道を眼にする機会が最近多い。が、それに至る過程はほとんど報じられない。

 「息子は頑張って仕事をしていました。卒業後、派遣会社からの紹介で会社は3か所かわりました。10年近く夜遅くまで仕事をしていました。ある日疲れたし少し休んでいいかと言われたので、そうしたらと言いました。それから10年経ちました。これはひきこもりでしょうか?」(父親70歳 息子42歳)。

 本書のこの言葉から、いわゆる「8050問題」(80代親と50代ひきこもり)が、いま身近な誰におきても不思議でないことがわかる。ひきこもる原因はここで言われる職場にあるだけではない。契機は学校にもある。いじめのために不登校になり、そして就業できなくなった例が本書にも多い。病気によることもある。いうまでもないが本人は自主的に閉じこもっているのではない。問題は「ひきこもらざるをえない」「そうせざるをえなかった」過程、つまり原因と背景が社会に理解されていないことだと著者は指摘する。

 たとえば、2014年度の小・中・高等学校の不登校の児童・生徒数は17万人を越し中学校では36人に1人になる。23年前は6万人で、それでも社会問題として取り上げられフリースクールはじめ多くの試みがされた。ところが、いまその3倍近い不登校者がいる。また非正規労働者は2017年に2000万人(労働者全体の37パーセント)。23年前は971万人(20パーセント)だったのがいま倍になり条件改善の兆しさえみえない。「ひきこもらざるをえない」背景が、80年代後半のバブル崩壊後の社会状況にあることは明瞭だ。

 ところがこの30年、バブル崩壊に端を発し、日本では社会福祉政策を敵視する「自己責任」論がまかり通った。学校では、管理強化にさらされた教員が子供の管理をいっそう強めてしまう。その悪循環が30年以上続いている。職場では非正規労働者はいつでもはじき出される。労働組合の弱体化もあって、学校や職場は一方的な管理・統制の場所に変えられ、適応できない人は自己責任だと言われて切り捨てられた。

 著者は「8050問題」は「家族の病理」ではなく「社会の病理」、社会的な悲劇だと見抜いている。だがそれを声高に言ってもいまは通じない。「責任を家族だけに負わせ続けていたら、さらに至る所で悲劇が起こるでしょう」と、かれが静かに語るのはそのことが痛いほどわかっているからだ。

 そのかれが「もう手遅れだと感じています」という。2015年施行の「生活困窮者自立支援法」は、40代、50代のひきこもり問題の解決には遠い。法の形骸化の危険さえある。他方で、かれはこれ以上の悲劇を防ぐことは、行政の末端にいる人びとがチームを組み「善意の社会的介入」することにより可能だと主張する。この輪に民間ボランティア団体が不可欠なことはいうまでもない。それにしても「手遅れ」とさえ感ずる問題に、なお実践的に挑む著者の勇気に打たれる。

【付記】最近の事件に関わって「ひきこもり」という言葉について議論がある。著者は本書の中で「善意の社会的介入」をバックアップする法律が必要だとして「ひきこもり緊急支援法」あるいは「ひきこもり」という言葉にこだわりがあるなら「孤立高齢者家族緊急支援法」の名で制定をと提言している。かれは言葉にこだわっている場合ではない、緊急性を優先しようという考えだろう。評者も同意見である。「ひきこもり」を自己責任とする、あるいは犯罪の可能性に結びつけるなどはもちろん論外である。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、ほかです。


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