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毎木曜掲載・第111回(2019/5/30)

消されて行くものたちへの限りない優しさ

『彗星の孤独』(寺尾沙穂、スタンドブックス、1900円、2018年10月刊)/評者:青野長幸

 このエッセイ集は優しさに満ちている。それは孤独を包み込んでなお、余りある優しさだ。最初の一篇「残照」を読めばその優しさがどのように生まれたかがわかる。「残照」の最後は次のように書かれている。

 「誰か教えてくれないだろうか。私が見ているその残り陽はつまり、あなたがいたという証なのか。あなたと私がいた、あの温かな時間の残光なのか。それとも、去っていったあなたを思いながら私が抱く、多分な感傷の残滓なのか、ということを。」

 著者(写真下)は音楽家であり、エッセイストであり、歴史の探究者であり、民俗誌を訊ねる人である。「小さいころから話すことが苦手だった」そうだが、彼女は書くことを通して、歌うことを通して、言葉を伝播する。生来の好奇心の強さと、心に触れたことを追いかけ続ける探究心が短い文章の中にぎっしり詰まっている。読後には何十冊もの本を読み終えた感覚が残る。

 彼女の言葉には、マイノリティの叫びを心で受け止め、人の数だけ真実はあるという思いと、そのことを伝え続けるという決意が漲っている。

 書かれていることは、四つに大別できる。まず第一は、アジア・太平洋戦争のこと(パラオ、サイパン、沖縄、広島、無言館)、原発と原発労働者のこと、ホームレスの人たちのこと、関東大震災と朝鮮人虐殺のことなど。

 次に、吉原聖洋さん(佐野元春のオフィシャルライターをしていた人)、坂本久治さん(山谷の絵描きさん)、寺尾次郎さん(著者の父、シュガー・ベイブのベーシストで映画の字幕の翻訳者)、いっちゃん(植木一子・写真家)の義弟(彼も写真家を目指していた)など、もっとも身近な人たちの、社会と格闘した熾烈な人生のこと。

 それから、各地で彼女の音楽イベントをコーディネイトしてくれる人たちと、そこから拡がって行くたくさんの人たちとの出会いと語り合ったこと。その地で巡り会えた自然との触れ合いのこと。

 そして、先人たちから教えられたこと。登場する先人たちは、カラヴァッジョ、ケプラー、ブレイク、シュタイナー、寺田寅彦、芥川龍之介、宮沢賢治、金子文子、尾崎翠、上林暁、花田清輝など多様だ。ケプラーの「彗星」にまつわる話が、書名の由来となっていることもわかる。

 これらのエッセイのすべてに通底するものは、やはり、優しさである。現代社会が力づくで消し去って行こうとする力に、懸命に抗う優しさである。

*「週刊 本の発見」は毎週木曜日に掲載します。筆者は、大西赤人・渡辺照子・志真秀弘・菊池恵介・佐々木有美、ほかです。


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